新たな魔技
しかしこの大蛇、どデカいし、長い。
全長がどれほどかは分からないが、2つある頭から1メートルか、それより少し短いかというくらいで首が交わっている。そこから先が、まあ太い。ヘビは獲物を丸呑みにすると、元々の太さ以上に胴を太くするから直径1.5メートルとかはありそうな大樽の一飲みにできそうだ。それくらいに太い。
2つの頭が順番に、そして素早く噛みつきにかかってきた。
後ろへ跳びながら壁をぶち破って避ける。ついでにガラス戸もぶっ壊れてガラス片が落ちた。ヘビは追いすがってくる。外は暗かったが、月と星が出ている。
「ええいっ、何をモタモタしているっ! さっさとぶち殺してしまえっ!!」
ヴェラ・ジラが怒鳴った。
しかしヘビの方は舌をちろちろ出しながら俺を見てきている。開かれた口。そこにある牙はなかなか鋭い。その牙の先端から、何か透明な液体があふれていた。それが落ちるかという時に、またヘビが右の頭から噛みついてきた。左手でその頭のすぐ下を掴み取るが、左の頭がその手に噛みついてきた。驚いたことに、魔手を食い破って牙が突き刺さる。油断してたと、激痛で思い知らされる。
「痛っ――てえええなっ、ヘビ野郎!」
痛みで掴まえていた右の頭を手放してしまった。
傷口はそう深くないが、やたらに痛い。痛みのせいか、体がカアッと熱くなった。
ニゲルコルヌを短く持ち、その穂先で切り裂きにかかる。
だがヘビの動きが素早い。正直侮っていた。しょせんは田舎の暴君。大したことはないだろうと思っていたし、こちらの思う通りにことが運ばれていたからどうにもなるようなザコだと思っていた。
けど、厄介だ。
このヘビは動きが速いし、魔鎧をものともしない強靭な牙と顎の力を持っている。しかも頭が2つあり、それが波状攻撃を仕掛けてくるときた。先にくる頭の対処はできるのだが、次にくる頭が思ったようにこない。
次々とヘビは頭突きをするかのようにもたげた頭を繰り出してくる。
ニゲルコルヌで打ち払い、次の頭に備えるがそれがどこへ来るかが読み切れない。魔偽皮で対応しようとも、足なんかを噛みつきにこられると反撃がしにくい。
「はぁっ、はぁっ……クッソ……はぁ……はぁっ……」
息が上がる。
体が熱い。
ふと、さっき噛まれた左手を見ると、傷口のところからめちゃくちゃに腫れ上がっていた。皮膚の下にゴルフボールでも入れたかのような異常な膨らみ方に血の気が引く。――ヘビの毒か、と頭が瞬時に弾き出した。
この傷口もそうだが、やけに体が熱いのも、息が上がっちまうのも毒が回ってるせいかも知れない。どんな毒だ、熱毒か? 左手が砂を詰めた袋みたいな重みになって、動かしづらくもある。麻痺毒かも知れない。何にせよ、毒ってのは良くない。早くヘビを仕留めてフィリアに診てもらわねえと。
右手でニゲルコルヌを持ち直して構える。
やたらに左手が痛いし熱いし重い。腫れ上がってきて指が動かせない。
ヘビが右の頭から襲いかかってきた。磯での銛突き漁の要領で、ニゲルコルヌをヘビの頭に突き落とした。逃れられそうだったがニゲルコルヌの穂先の牙に引っかかって地面に縫いつけた。続けて左の頭が襲いかかってくる。ニゲルコルヌを手放した右手で横から掴み取り、右の頭を捉えている穂先を踏みながら引っ張った。ビィンと2つの首が伸びた。掴まえている左の頭を掴んだまま、肘を引っ掛けてさらに伸ばしつつ、指先を枝分かれているヘビの首の付け根に向けた。
魔弾をぶちこみ、ぶちりとそこが抉られる。鱗と肉が一気に抉られ、剥き出しになったところへ裂け目が生まれる。
「おぉぉぉおおおおおおおっ!」
力任せに、引きちぎった。
ヘビが苦痛に悶えるように暴れ、体をうねらせる。ぶちぶちと亀裂が広がって裂けていく。その拍子に左の頭を握りつぶしてしまった。気持ち悪い体液やら何やらが手の中で弾け散る。その時、視界の隅から何かが迫ってきた。暗がりで、明かりと言えば俺がぶち破った屋敷の壁の向こうから溢れている光のみだ。そのせいでよく見えていなかったが、尻尾だと思った。思いきり頭をひっぱたかれ、その予想外の反撃にすっ転んでしまう。
左肘をついて体を起こしかけた。
ニゲルコルヌが揺らぎ、倒れている。
右の頭が抜け出し、襲いかかってきていた。
魔鎧での防御は不可、代わりに噛ませられるものはない。右手まで噛まれたら踏みつけて仕留めるしかなくなるが、現実的ではない。
こうはできない、というビジョンだけが浮かんでいた。
人差し指と中指を揃えて立て、そこへ集中的に魔力を集める。魔弾を撃つつもりだったが、ヘビはそれより速かった。魔力を集めていた指にヘビが噛みついてきて、とっさに横へ振り切った。何かが暗がりに飛んだ。それから、変な感覚がした。手応え――いや厳密には指応えがした。中指の側面に残る、何かを斬ったような感触だった。
深く考えもせずに、両足を上げてヘビの胴体に絡ませて腹筋で起き上がる。
そうして、二本指を突き刺し、そのままヘビを切り開いた。まるでナイフのようにヘビを捌いた。ヘビの口が、上顎の先がなくなっていた。さっき斬り飛ばしたからだ。斬り飛ばせたんだ。たった2本の指で。
それでも、ヘビは残っている奥の方の上顎を大きく開いて襲いかかってきた。
小回りが利くし、何と言っても手にしたものじゃなくて自分の体だ。指をフックのように曲げながらヘビの口へ引っかけた。そうして、また先ほどのように斬る。しぶとくヘビはのたうつが、まだかけている指の先から魔弾をぶち込みまくると動かなくなった。
「っはぁー……痛え……」
しっかし、思いがけない発見をしてしまった。これは魔技だ、編み出してしまった。
俺の指が、まるでナイフだ。魔纏の要領で指に纏わせた魔力を刃にしちゃったんだな。そしたら本当に斬れちゃった。こういうのって何て言うんだっけ。目から鱗、違うな。怪我の功名も違う気がする。まあいいか。
乏しいボキャブラリーを探しつつ、考える。
ふむ。……よし、この魔技は魔鉤と名づけよう。
腫れ上がっている左手をさすってから、ニゲルコルヌを掴んで屋敷へ目を向けた。
何やらヴェラ・ジラの怒鳴り声が聞こえてくる。ぶち破った穴から中へ入ると、フィリアが巨大ネズミを踏みつぶした状態で立っていた。
「フィリアっ、野郎は?」
「逃げた」
「リュカは?」
「……あっち」
俺がぶち破ったのとは違う壁にも大穴がぶち抜かれていて、そっちをフィリアは指差していた。
「追わねえの?」
「お父さんの手」
「……見てたのか?」
「見てた」
左手を挙げるのもできなくなっていた。右手で掴んでフィリアの方へ差し出すと、顔をしかめられる。
「痛いけれど……大丈夫?」
「どれくらい痛い?」
「切開する」
「目えつむってる間に、やってくれ」
注射とか、針が刺されるところを見れない俺である。
目をぎゅっとつむると、左腕にヒモみたいのでぎちっと巻かれた感触がした。それから本当に激痛がして飛び上がりかけたがこらえる。
「魔留して」
「はい……」
目はつむったまま、魔留を使うと回復魔法をかけてくれた。
痛みが引いていくと左手の腫れも治っていた。切開された痕もない。
「……すごいな、フィリア。ありがとよ」
「どういたしまして。わたしはリュカの方を。お父さんはヴェラ・ジラを」
「分かった」
魔影を使い、屋敷から遠ざかっていく反応を察知して追いかけた。




