ヴェラ・ジラの田舎屋敷
特別珍しいものでもない農村だな、というのが感想だった。
フィリアとリュカとともに村へ入る。入口付近に家が一軒。作物と家畜をどこの家も育てているようだ。冬になったら家畜をつぶしながら耐え忍ぶのだろう。
ヒューイとメルは村の近くで別れ、ことが済むまでは隠れてるようにと言いつけてある。
ヴェラ・ジラを討つことに村の人間が加担し、また村に悪党役人がやって来たら大変だということで、今回起きる事件は3人組の旅人が突発的にやったことにするのだ。全ての泥を被って、終わればさっさととんずらをこく。
「ヴェラ・ジラの館ってのは、見れば分かるって言ってたな……」
「おっきいんだっけ? どんくらいだろ?」
「せいぜい、ディオニスメリアの小領主の館くらいのはず。この村の様子では、そんなところが関の山」
「ま、そうだろうな……」
「でもヒューイは、でっかいって言ってたじゃん」
「ヒューイはこの村から出たことがなかったカッペだぞ? それに若いんだから、ヒューイの目には大豪邸かも知れねえけど実態はちょっとした屋敷ってとこなんだよ」
決してヒューイをディスるのではなく、了見の問題だ。
ふうん、とリュカは風に穂を揺らす小麦畑を眺めた。そうしながら村を歩いていくと、村民は奇異の目で俺達を見てくる。すれ違う時に、じろじろと見てくるのである。珍しいんだから仕方ないだろう。どういう集まりだかも分からない旅人なんて、そんなもんだ。
血気盛んなやつは悪態のひとつやふたつはこぼすかも知れないが、俺達は心が広い。と言うか、そのくらいはさっぱり気にならないタチだ。彼らに他意はないと分かっている。
「あっ、ちょっと立派な家」
「あれかもな、ヴェラ・ジラの館」
少し小高くなっている丘にその屋敷はあった。
クラシアの屋敷をダウングレードした程度の二階建ての家だ。が、窓に丸いガラスを埋め込んである。あれは金持ちの証明だ。ガラス窓というのは庶民の憧れであり、金持ちからはステータスである。
ちなみにどうして丸いガラスがはめ込まれているのか、というのはガラスの作り方にある。吹いて作るガラスしか作れないのだ。瓶のような形でしか作れない。だから窓にしようとすると、その底の部分だけを切り取って隙間なくびっしりと並べ、枠にはめる。よって、丸いガラスがはめこまれた窓になる。
「……しょぼい?」
「な、言ったろ?」
首を傾げたリュカに言っておく。
しょせんはこの程度だったわけだ。まあここの民家と比べれば明らかに違うが、それにしたって豪邸というほどではない。ラーゴアルダの貴族街へそっくりそのまま持っていけば、景観を損なうとご近所さんから非難囂々間違いなしである。
と、失礼なことを考えていたらその屋敷から黒いヒゲをたっぷり蓄えた男が数人を従えながら出てきた。ずんぐりむっくりの体つき。もみあげも口髭も顎髭もいっしょくたになって、顔の下半分がもじゃもじゃだ。ヒューイに聞いていたヴェラ・ジラの特徴と合致する。
なるほど、卑しい顔つきだ。それにあの情けないビール腹といい、ふんぞり返った佇まいと言い、いかにも悪そうなやつである。
「ううん? 何だ、貴様らは?」
屋敷から出てきたヴェラ・ジラには3人の男が従っていた。
その内2人は30台くらいに見えた。間違いなく部下だろうな、と思う。底意地の悪そうな目をしている。そして、もうひとりが腰に剣を吊った男だった。こちらはヴェラ・ジラを入れた4人の中でもっとも若いが20台の後半くらいに見える。まだ若さが見えるし、雰囲気があった。
「俺はリュカ。旅してるんだけど……ええと……。あー……えー……何だっけ?」
途中で振り返ってリュカが尋ねてくる。こいつは物覚えが良くねえな。
「長旅で、安心して休める場所を探していたら、立派なお宅が見えた。泊めてもらえるととても嬉しい」
フィリアが代わって言うと、ヴェラ・ジラは目を細めた。
その視線がフィリアを値踏みするように見えて、何となく気分が悪くなる。剣士以外の2人も俺達をじろじろと観察している風だった。
「……少ないけれど、お礼ができるほどのものは持っている」
不躾な眼差しを受けながらフィリアが不思議袋から、金の腕輪や、緑色の宝石を取り出すとヴェラ・ジラの目の色が変わった。口元に浮かべられた笑みが、どうも俺の神経を逆撫でする醜悪なものに見えた。
「良かろう、泊まっていくがいい……。歓待をしてやろう」
作戦の第一段階は完了した。
フィリアが考案した作戦の内容は、こうだった。
まずヴェラ・ジラに接近する。村には宿屋なんてものはないから泊めてくれと頼めば良い、と。その時に金品をちらつかせれば欲しがるだろうと推測していた。それで泊めてもらえればオーケー、泊めてもらえずとも金品をちらほちらちらほらと見せびらかしておけば闇討ちでも何でもしてくるだろうから、適当に村の近くで野宿をすれば良いという二段仕込みだ。
そして、金品に目の暗んだヴェラ・ジラはそれを奪いにくる。そこに難癖つけて、鼻っ柱を叩き折る。
そんなにうまくいくのかよ、と正直思った。
が、うまくいった。俺から言わせればそう立派ではない屋敷に招き入れ、客間を2つ寄越してくれた。男部屋と女部屋、だそうで。そして、その晩には質はともかく量だけはたくさんのメシを用意してくれた。
その時にテーブルの下で、フィリアに軽く足をつねられた。あらかじめ、言われていた。
『仕掛けてくるのであれば、夜中であると考えられる。ヘタな抵抗をされたくはないと普通は考えるし、ヴェラ・ジラは狡猾な男らしいから毒でも盛ってくるかも知れない。毒が盛られていそうなものがあったら合図をするから、食べないで』
俺にはさっぱり分からないが、毒入り料理なんてもんを出すなんて腹の立つ話だ。
村民を虐げて取り上げた作物を一人占めしている上、毒なんぞを盛って食べられなくするなんて。
「どうした、食べるがいい」
俺のもてなしを蹴るのか、とばかりにヴェラ・ジラがそう言ってきた。
食堂には俺達とヴェラ・ジラ、それに昼間、従えていた男の片方――後で知ったがヴェラ・ジラの息子だった――がテーブルについて、入口の脇へ剣士が控えている。
「……これは食べられない」
「何だと?」
静かにフィリアが答えると相手の目にはあからさまな怒りの火が灯った。
「なんなら、あなたが先に食べてほしい」
「何を言うっ! 貴様らが泊めてくれなどと言うから、こうしてもてなしてやっているのだぞ!?」
「食べられるのか、食べられないのかを先に言ってほしい。この皿のものを、まずは食べてもらいたい」
一歩も退かずにフィリアが言い、手前の皿を押しやった。
見た目だけはうまそうな何かの肉なのだが、ヴェラ・ジラの顔が赤くなっていく。
「このっ、無礼者どもめが! わしを何だと思うている!?」
「本性出たか。早えな、おい……」
「っ――キトス!! 切れっ!!」
キトスというのが剣士の名前らしい。ヴェラ・ジラに命じられ、キトスが腰の剣を引き抜いた。肉厚の頑丈そうな剣だった。俺達は丸腰だ。
「リュカ、もうこのメシは食えねえんだから怒るなよ」
そう言ってから、椅子に座ったまま足を跳ね上げてテーブルを蹴り倒した。食器もクロスも、テーブルの上の何もかもがヴェラ・ジラ親子に降りかかる。キトスはそれを飛び越えながら剣を振り下ろしてきていた。
狙いはリュカらしい。だが、丸腰だろうがリュカは強い。魔力で覆った腕でキトスの剣を受けた。キトスの目が見開かれ、薙ぎ払われる。壁に背を打ちつけはしたが、大したダメージにはなっていない。
「レヴァン、レヴォンっ! やつらを、食い殺せ!!」
スープを袖にかぶったヴェラ・ジラが起き上がって怒鳴った。不思議袋の口をフィリアがリュカに差し出した。口からはリュカの大剣の柄がにょきっと伸びている。袋の容量と明らかに不釣り合いな大剣をリュカが引き抜いた。
そこで食堂のドアが破られ、魔物が入ってきた。頭が2つあって、胴回りがヴェラ・ジラの腹と同じほどの大蛇。それに体高1メートルはあろうかという汚らしい埃色のネズミだった。尻尾だけミミズみたいなピンクかオレンジか判別のつけられない色で、毛もなくて気持ち悪い。
フィリアが自分の槍を引き抜いて、袋の口を俺に向けていた。手を突っ込むと、手に慣れた重みのニゲルコルヌが掴まえられる。一気に抜く。
「フィリア、どっちやる?」
一応、尋ねておいた。
ネズミの方は気持ち悪いが、一応は毛がある。禿げかけでみすぼらしいし汚らしいのだが。
「……どっちでも」
俺もそそられないし、フィリアもあのネズミはもふりたくはないようだ。
巨大ヘビが崩れたテーブルの上を這いながら迫ってきた。左の頭に魔弾をぶち込んでやったが、潰れない上に右の頭が噛みつこうとしてきた。危ういながらもニゲルコルヌを噛ませると、頭をひねりながら奪おうとしてきたが無理やり引っこ抜く。
「じゃ、俺はヘビで」
「分かった」
ヴェラ・ジラは憎々しげに俺達を見ている。キトスと2頭の魔物を相手に、さっぱりビビった様子もなければ落ち着き払っているのが気に喰わないのかも知れない。
まあいい。
正義の味方のお時間である。