家族のようなもの
ヴェラ・ジラというのは悪いやつ、らしい。
話半分にしか聞いていないから細かいところは省くが、ヒューイの住んでいた村に国から役人がそのヴェラ・ジラだそうだ。役人というか、言ってしまえばその村の統治のために派遣されてきた村長とか、領主みたいな役割だ。
が、とんでもない悪党であった。
それまでの何十倍にも及ぶ税を要求し、払えないのであれば労働で肩代わりをしろと住民に迫ったそうだ。男は労役、女は娼婦同然の仕事。子どもさえ容赦なく連行していき、戻ってきた者はいないと言う。働くことのできない老人は遊び半分になぶって殺したそうだ。
もちろん、そんなやつに唯々諾々と従えるはずもなく、反乱を起こした。
農具を武器にヴェラ・ジラの屋敷を取り囲んだ。しかしヴェラ・ジラは2頭の魔物と、ひとりの凄腕の剣士を抱えているらしく、たちまち住民は痛めつけられて、見せしめのためにヒューイとメルの父親を殺した。2人の父親は村の中心人物であったとともに、反乱の首謀者であったからだそうだ。
そして連帯責任だとして、家族までもろとも処刑されそうになったところをメルとともに逃げ出したらしい。
「あの男は、悪魔だ」
諦めと憎悪とが入り交じった瞳で、吐き捨てるようにヒューイは言った。
「悪魔でも、魔物でも、人でも、悪いやつなら俺が倒す」
まるで害虫駆除なら任せろとばかりの、どこか軽そうな感じでリュカはそう言っていた。
フィリアの薬が効いたようでメルは翌日には元気になっていた。が、病み上がりだからということで安静を言いつけられ、俺と一緒にヒューイの駆っていた馬に乗った。ちっちゃい子どもはかわいいもんだ。手綱を握らせてやると無闇に引こうとするので少し困ったが。
道中でヒューイは俺達がどういう集まりなのかと尋ねてきた。
まあ、気にはなるかも知れない。目の赤い能天気食いしん坊ヒーローと、無表情クールキューティーのフィリアと、人相が悪いともっぱらの評判のガキんちょ。普通に考えればリュカが容姿的な年齢からも、リーダーっぽく見えるかも知れないが休憩も、出発も、俺の号令なのだ。
「ただの旅人……にしては、何だかチグハグな印象だな……」
「何だと思う? 当てられたら何かくれてやるよ」
面白いので意地悪だと分かりつつ、そんな質問で返す。
と、ヒューイは悩み、メルがはいはいっと手を挙げた。
「はい、メル」
何かこうして子どもを指すのが何だか懐かしい。
学校に戻りたい。立派な真人間を自称するつもりはないけど、俺、けっこうあれが合ってた仕事なんじゃないかと思っている。
「フィリアとレオンが、きょうだい!」
「ぷっ……」
「レオンとフィリアは兄妹じゃなくておや――」
「ぶっぶー、惜しいけどハズレー」
種明かしには早い。
リュカを遮ってメルの肩を軽く掴んで左右に振り動かしてやる。きゃっきゃとはしゃいでいる。馬の横を歩いているフィリアが見ていた。気がついて目を合わせるが、すっと顔を背けるように前を向いてしまう。
何か言いたいことでもあったのか? もしかして嫉妬か? 遊んでほしいなら言ってくれればいつでもフィリアなら遊びまくってやるのに。
「それが惜しいのなら……2人が親戚、とかか?」
「ぶっぶー。ヒューイもハズレー」
「おにーちゃんもハズレー!」
「正解は何なんだ? フィリアとレオンは何となく、似ている感じはあるけど……血縁じゃないってことなんだろう? まさか親子って年の差でもないし」
そのまさかなんだけどなぁ。
でも30年前から来たら体が縮んでた、なんて不思議現象すぎて説明したくもないから明かすつもりは毛頭ない。
「まあ、あれだな。……家族ってやつには違いないな。俺もフィリアもリュカも」
「えっ、俺も?」
「そんなようなもんだろ? 俺とお前は」
振り返ったリュカに驚かれたが、今さらだろう。一体、誰が何を教えてやって、毛も生えてねえころから世話を焼いて、気を揉んできたと思ってるんだか。
「よくは分からないが……家族か」
「そういうこと」
数日してぽつんと建っていた小屋に着いた。
ここからヒューイとメルの暮らしていた村までは徒歩で半日もあれば到着するらしい。命からがら村を逃げ出してきてから、ここで夜を明かしてまたすぐに発ったきりだと言っていた。
しかし、小屋は荒れていた。戸は蹴破られたかのように壊れ、少なくとも藁に横たわって眠れることはできていたとヒューイは言うのに壁は打ち抜かれたように穴だらけ、その破片が床には散らばり、鎧戸も枠ごと破壊されていた。
「ヴェラ・ジラの部下の仕業かも知れない……。俺を負いかけてきて、いなかったから腹いせに」
「凄腕剣士ってやつ?」
「いや、その他にも数人、ヴェラ・ジラは連れてきていたんだ」
「ふうん……」
それでも屋根があり、風が問答無用で吹いてくるが壁もある。
野宿よりかはマシというものなので、ここで夜明かしをして翌日に村へ行くこととなった。
近くでカモめいた鳥を見つけたので、そいつを狩ってメシにした。
むしった羽根は普段は捨てているのだが、メルが色の良い鮮やかな羽根を1本、指でくるくる回していたのを見てフィリアが何やら作業を始めていた。何してるのかは気になったが、鴨肉の串焼きの火加減を見なければならなかった。
食事が済んでから、フィリアがメルのいじっていた羽根で作ったものを見せてくれた。
「わあ、きれーっ!」
「耳飾りか?」
「メルにあげる」
「ありがとう、フィリアっ。えへへー、おにいちゃん、にあう?」
「ああ、かわいいよ」
大小の羽根を角度をつけながら合わせ、耳の形に合わせて曲げたフック状の金属棒につけたものだ。手先が器用だと関心させられる。絵を描いて、楽器もやれて、こんな飾りものまで作れるとは我が娘ながら多彩だ。将来はマルチクリエイターかな、なんて親心が鎌首をもたげたが、将来も何も実年齢は36歳だったと思い出す。
「疑問がある。ヴェラ・ジラという男を殺したとして、村はその後、どうなってしまうのか。また別の者が村へ派遣されてきて同じことを繰り返すのでは意味がない」
メルがヒューイの膝に頭を乗せて寝ついたところでフィリアがそう切り出した。
「それは……分からない。ヴェラ・ジラが特別に、クソったれなのか……それとも派遣されてくるやつが全員、そういうやつなのか……」
「……らしいけれど、リュカは考えていたの?」
「えっ? ……全然」
実は俺も……。
なんて顔はもちろんしないでおく。
「仮にここでうまくいったとしても、また同じようなのが来て、ヒューイが罪を問われたのでは仕方がないと思う。だから、明日、村についたらそこで一芝居打った方がいいと思われる」
「お芝居するの?」
いちいち話の腰を折るやつだな、リュカは。
「芝居ってえと、どんなことするんだ?」
「ヴェラ・ジラの恨みを買うのは、わたし達3人だけでいい、ということ」
「待ってくれ、メルを助けてくれた上にそんなことまで――」
「分かった、それでやる」
「お前らが好きなようにやれ」
「っ……どうしてそこまでして、あんた達は助けてくれるんだ?」
困惑したようにヒューイが俺達を見る。
どうしてもこうしても、そんなもんは決まってる。
「正義の味方だから」
「……だとさ」
「……らしい」
それ以上、ヒューイは疑問を口にしなかった。
納得はできてはいないようだが、飲み込もうとはしているようだった。
確かに意味不明だろう。自分には何の益もないはずだと言うのに正義の味方だからと言って、危険を省みないのだから。だがリュカが一言、正義の味方だから、と言ってしまえば、それこそ魔法のように相手は飲み込みがたくとも納得しようとはする。
こればかりは裏表のないリュカだからこそだろう。
リュカの言葉には裏を探ろうとするのがバカらしくなるような明快さがある。傍からすればバカらしいことを口にしたって、本気なのだろうと思わせられてしまう。
そしてリュカにはいつのころからか、大体どうにかしてしまうのだろうと思わせられる言葉の力が備わっていた。無銭飲食でとっ捕まって、顔面パンチ一発でのされて奴隷商に引き渡されていた小僧が、よくも立派になったもんだと、不意に昔のことを思い出した。




