トラベル≒トラブル
世界地図によれば。
大陸の大きさを比べると、クセリニア、アイフィゲーラ、ラサグード、ヴェッカースターム、ディオニスメリアという感じだ。どこまで測量が正確かは分からないし、これを描いたやつが自分の出身の大陸を大きく見せたくてちょろまかしたっていう線もあるが――まあ、持っている地図によればそういうことだ。
アイフィゲーラ大陸はクセリニアとラサグードの南に位置する。ヴェッカースタームからは南西側だ。
しかし、クセリニア、ヴェッカースタームとは大海に隔てられているから、なかなかこの世界の船では渡れないことだろう。それにレストに乗って飛んできて見たのだが、海のド真ん中にめちゃくちゃデカい渦潮があった。そこだけ波がうねりにうねっていて、渦を巻いていた。直径がどの程度かは分からないが、2日間は真下にずっとそれがあった。中心部は見ていないが、とんでもないサイズだった。
あれがあるせいで、海の果てを目指そうとした冒険家も辿り着けなかったのかも知れない。気づいた時にはすでにあれに飲まれてしまうだろう。落ちたら助からないだろうと思ってひやひやした。
さて、そんなアイフィゲーラは東西に長い。
地図で見てみるとヴェッカースターム大陸が一番近いかも知れないけど、ヴェッカースタームはダイアンシア・ポートの周辺以外は、大陸の沿岸部のほとんどが険しい山に囲まれていて海に出られないと聞いているから交流なんかはないだろう。となると、ラサグードの南海にある島々を渡りながら、回り込んでいかないといけなくなる。……普通にクセリニアから行くのであれば。レストがいればちょちょいのちょいだけど。
俺達が降り立ったのは、アイフィゲーラの東側にある草原だった。
目指すは、元ライゼル王国である。
「暑さ寒さは大してない感じだな」
「特別、珍しいような植物は見られない」
「おいしいもんあるのかな?」
三者三様の感想である。
俺は基本的に過ごしやすさ重視だ。居心地の良さが大事になってくる。
フィリアは目新しいものとかが好きなようで、しゃがみこんで野花を見始める。
リュカは腹をさすっている。こいつはぶれないなあ。
「んでもって……現在地がどこだか分からねえなあ……。ちょっとだけ歩いて、適当に街っぽいの見つけたら、近くで降りるか。さすがにもうケツがいてえし、ちょっくら体ほぐしながら歩こうぜ」
「賛成」
「別に俺は平気なのに……」
「……お前も昔はただのガキんちょだったのになあ……」
どんどん人離れしていってる気がする。
俺のせいなんだろうか。今じゃ死なない人間だもんなあ。
そんなわけで歩き出した。
レストもどすどす歩いてついてくる。よく晴れていた。
天気が良いと、気分も晴れやかになる。
気分的に盛り上がる歌をセレクトし、鼻歌まじりで歩いた。折角、ギターを作ったのに数回しか弾かなかったのが悔やまれる。こういう草原をフィリアと一緒にレストに乗って、ギターをぽろろんと鳴らしてお散歩とか……。はああ……。
「あっ、人だ」
「人? レスト、隠れろ、隠れろ。行け、行け」
「クォォッ」
無用なトラブルを避けるべく、慌ててレストを反対へ走らせて飛び立たせた。さて、アイフィゲーラの第一住民はいかに!
とか思ってたら何やら土ぼこりが見えた。まだけっこうな距離がある。馬だ。馬が駆けてきている。魔手を目に適用して視力を強化すれば、赤毛の馬に乗った2人と、その後方を追いかけてくる無数の騎馬。追手らしいのが盛大に土ぼこりを巻き上げている。
「とりあえず、隠れとくか。トラブルはごめんだ」
「うん」
と、俺とフィリアはさっさと脇へどこうとしたのだが、リュカは大剣を抜いていた。
「リュカ?」
「追われてるなんて普通じゃない。ひったくりだったら捕まえるし、乱暴されるために追われてるんなら助けなきゃ」
正義の味方症候群でございますか。
リュカが大剣を抜いたまま駆け出していった。
「お父さん……どうするの?」
「どうするもこうするも、ありゃリュカのびょーきだから放っておきゃいいんだよ。ま、危なそうだったら手助けくらいしてやってもいいけど、そんな心配もねえだろう。リュカだし」
馬が近づいてきて、リュカが通せんぼをするように腕を広げた。
「そこをどけっ!」
「お前は悪いやつかっ!?」
「はあっ、ち、違う!」
「じゃああいつらは!?」
「いいから、どいてくれっ!」
短いやり取り。リュカが大剣を両手で持ちながら駆けて、追われていた2人の乗る馬とすれ違った。
「お前達は悪いやつかっ!?」
また同じようなことを尋ねるのな……。
「だったらどうした、そこをどけぇぇっ!」
あ、認めた。
あららのら、リュカを相手に「悪いやつ」と言っちゃったらもう手加減されなくなるだろうな。
俺の予想は的中し、稲光が空から落ちた。
晴れてる空のどっから雷が発生したのやらと見上げたが、それらしい雷雲なんて見えやしない。だが、雷が落ちて地面が焼けこげて追手の馬がその轟音と光に嘶く。放り出された追手が剣を抜くよりも速く、リュカは1人目を蹴っ飛ばしていた。残りは4人。しかし、リュカは一切の反撃を許さずに巨大サイズのファイアボールで吹っ飛ばされて焼かれ、あるいは大瀑布さながらのウォーターフォールで地面へ叩きつけられて一瞬で蹴散らされた。
雷が落ちた拍子に、追われていたやつは馬を止めて振り返っていた。
ハタチ前後といった年頃の青年と、その腕の中にいるまだ小さい女の子だった。女の子の方は幼児らしいがほとんど動かず、男の方に身を預けたままだった。
「もう悪さするなよ。悪さをしたら、またソアが裁く」
ひとりずつ、追手の頭をぺしぺしとリュカは叩いてから戻ってくる。叩かれた箇所に雷神の紋がスタンプで押されたみたいにくっきり現れていた。
「あ、ありがとう……。助かった。俺はヒューイ」
「俺はリュカ・B・カハール」
青年――ヒューイは方々に追手が逃げていくのを呆然と見てから、我に返って馬を降りた。女の子を抱き上げたまま、片手を出してリュカと握手をする。
「何で追われてたの?」
「ああ……実は――」
「それより、その子の様子が少しおかしい気がする」
気づいたらフィリアが俺の傍から消えていて、あっちにいた。速い。俺と同じでトラブルはごめん派だと思ってたのに、終わったらすぐにリュカの近くへ――いやいやいや、まあ、うん。確かにあの子はちょっと、ぐったりしすぎてる感じがある。
「メルは何日か前からちょっと具合を悪くしてて、薬をもらいに行こうとしてたんだけど……そこでさっきの追いはぎに出会って」
「症状は?」
「熱と、あと頭痛と、寒気……。風邪だとは思うんだ」
「……それなら、手持ちの薬でどうにかなる」
フィリアは本当に天使だな。
見ず知らずの女の子のために薬を分け与えるだなんて。お父さん、感激して泣きそう。
メルというらしい女の子に、フィリアが複数種の薬草をすり潰して抽出した薬湯を飲ませた。ヒューイは19歳、メルは4歳ということだ。なかなか年の離れた兄妹である。
しばらく安静に、と指示をするフィリアの姿はエノラに似ていた。探しているわけでもないのに、フィリアにはエノラの面影ばかり見つけて寂しさが募ってしまう。
「何てお礼を言ったらいいか……。本当にありがとう、ありがとうございます」
「いいよ、別に」
「気にすることではない」
「でもよ、薬をもらいに行くってのは分かるけど……どうして一緒に連れてきたんだよ」
「……家がなくて」
「家がない?」
「ヴェラ・ジラに俺の住んでた村は奪われていって、やつらの横暴ぶりに村の皆で抵抗をしたら……」
リュカの目つきが険しいものになるのを見てしまった。
ヒューイが身の上話を終えて、力なくため息を漏らすとリュカが俺をまっすぐ見てきた。
「レオン、俺、ヴェラ・ジラってのを懲らしめる」
「……聞いちゃった以上、仕方ねえか」
旅は道連れ、世は情け。
世直し――というほど大層なものではないが、正義の味方につき合って一肌脱ぐこととなった。