遅すぎた勝利
「死ぃぃっ、ねええええええええ―――――――――――っ!!」
声をかけるまでもなくレストはアイナを避けたが、光球が出現した。翼を広げて強く羽撃き、後ろへレストが弾んだ。弾んだというのもおかしいが、バックをした。だが、大幅な減速だ。
「死んでたまるかってんだ!」
またアイナが飛び出てくる。
魔弾を撃ち込む。両腕をクロスさせ、そこで魔弾を受けながらアイナは迫ってきた。レストに飛び乗ってくるのはさすがにマズすぎる。
「ありがとうな、レストっ!」
魔伸を使いながらアイナを叩き落とし、レストから飛び降りる。魔伸に使っていた魔力を変質させて、魔縛にして縛り上げながら引いた。同時にニゲルコルヌを突き出すが、寸前でアイナは足でブレーキをかけて俺の攻撃を避けきった。引かれていた勢いをつけて剣を繰り出してくる。脇腹を抉られかけたが、浅めに済む。アイナはレストを得たことによる攻撃で、確実にダメージを負っている。それで逆上している。
意図せず、当初、予定していたポジショニングとなる。
密接している。
「てめえの力、もらうぞ!」
「やめろぉぉぉっ!!」
「がなるんじゃねえっ!!」
アイナから、力を吸い上げる。
フェオドールの魔剣が痛いほどに震え出した。騒ぎ立てている。こいつはお気に入りのようだ。体の中に流れ込んでくるものは清涼で、同時にハッキリした力となって感じられる。やはり魔力とは全く異なるエネルギーだ。
めちゃくちゃに、光り出した。
その全てが破裂するが、奪い続けているエネルギーで全身を覆い込んで防ぐと焼けるような痛みはなかった。アイナの握り拳が顔面に叩きつけられて離れる。――だが、だが、もうすでに、遅い。
「もらっちまったぜ、てめえの力は――」
「返せっ、返せぇっ! それは我が神のぉぉぉっ!!」
全部とはいかないし、半分だってもらえなかっただろう。
それでも、確かに奪い取った。今は自分の中に感じられる。
アイナが剣を振るう。
フェオドールの魔剣の柄を握ると、待っていましたとばかりにいきなり炎を噴いた。
身を屈ませながら、アイナが剣を振り上げてくる。
それをフェオドールの魔剣で打ち降ろすと、炎が爆散した。今度は俺の剣が弾き飛ばされることはなかった。しっかりと刃は噛み合い、ぶつかり合った拍子に衝撃が生まれてそれにぶっ叩かれた。が、アイナも同様だ。
二撃目。
アイナは小さく跳びながら後ろ向きに体を捻って剣を振りきってくる。
何も考えずに俺は、また愚直に真上から剣を振り下ろす。アイナの剣を打ち据えて抑え込み、そのまま頭突きを食らわせる。手の中でフェオドールの魔剣がガタガタと騒ぎ散らしている。怒ってさえいる。まだだ、まだ喰わせるわけにはいかない。決定的な一撃のために、まだ使うわけにはいかない。
「ガァアアアッ!!」
頭突きを受けて僅かに仰け反っていたアイナが、仰け反っていったその奇跡をそのまま描きながら身を持ち直してきた。半歩左足を下げ半身に鳴りながら、アイナの剣の上をなぞりながら魔剣を切り上げる。アイナの肩から耳の横までに、飛び飛びの赤い線を引いた。赤い線から血が溢れて泡がぷつぷつと浮いている。その泡が弾けるより速く、アイナが加護の術を使う。直上からスコールのように光の雨が降り注いでくる。振り上げていたフェオドールの魔剣に心で命じて火を噴かせた。
輝くスコールを赤い炎が飲み込む。
ギリ、とアイナが歯を噛み締めている。
「悔しいかよ? 俺はその万倍は悔しかったね」
「貴様如きがっ、このあたしの何を知るッ!?」
魔剣を叩き落とした。
アイナの頭蓋で刃が滑って肩に落ちる。生じた炎が焼く。
俺の大事なものが全部なくなったように感じられた。
悔しくて、無念で、何もやる気が起きなくなってしまった。だが、俺のかわいいフィリアが生きていてくれた。キャスが元気に暮らしていた。リュカが30年もの孤独に耐えながら島を守ってくれていた。生きていた皆は、毎日を力強く生きていた。故郷がなくなろうとも、それを忘れずに誇りさえ持ちながら。
つくづく、一人前を気取ったって弱っちいやつなんだと自覚させられた。
すぐにくよくよして、すぐにヤケになって。でも、フィリアが生きていたというだけで、生き返ったような心地がした。そのフィリアと約束した。ちゃんと生きて帰るのだと。レストも駆けつけて助けてくれた。30年も放ったらかしにしてしまったのに、俺を背に乗せて最高の景色を見せてくれた。
「お前には、仲間なんかいやしねえっ!」
「そんなものが何になるっ!?」
持ち直したアイナの剣とぶつかり合う。
炎が爆ぜてる。火花どころではない、爆炎だ。
「家族さえ、お前は切り捨てる!」
「あたしにはそんなもの、必要がないっ! 泉さえあれば、ただそれだけで!」
アイナの蹴りを抑えつけようとしたが、力負けをした。
さっき奪い取った分が、もう尽きようとしている。だがまだ、対抗はできる。
「誰にも分かんねえところで、ひとりで勝手に笑い狂うしかできやしねえ!」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇええええええっ!」
加護の術が発動されている。背後で。
だが、気づけた時点で問題はなくなる。特訓の成果が出ている。確かに俺は戦えている。
「一緒に笑えるやつもいねえから、てめえはそうしてイカれてやがるんだ!」
「それがっ、どうしたああああああっ!?」
破裂した光を、フェオドールの魔剣で切り裂いた。
同時に術に変換されているはずの力を喰らい、魔剣がその剣身をさらに黒く染め上げる。
フェオドールの魔剣を背中まで振り上げる。
「だからお前には、二度と負けねえって話だ!!」
「ああああああああああああっ!!」
アイナが横薙ぎに剣を振るう。
魔剣を振り下ろす。アイナの剣を溶解し、叩き斬る。同時にアイナの頭から、一気に振り抜いた。さらにどす黒い炎が放射状に放たれて、目の前の全てを飲み込んでいく。
黒い炎が喰らっていく。
森を焼いて喰らう。土を抉り喰らう。泉に到達し、その清浄な澄み切った水を一気に黒く染めあげていった。泉の水面を黒い炎は急激に広がっていく。油に引火したかのような光景だった。
「ど……う、して……貴様、如き……がぁぁ……!」
身を焼かれ、切られながら、アイナはまだ動いていた。
這いつくばりながら、俺へおどろおどろしい皮膚の溶けた顔を向け、手を伸ばしてくる。
「神が大事だってんなら……次からよそ様に迷惑をかけねえ範囲でやるこったな」
フェオドールの魔剣が、カタカタと震えて嗤い悶えている。
アイナが呻き声を上げながら、それでも俺を殺そうと手を伸ばしてきている。その手を踏みにじり、魔剣を軽く振り上げる。
「ほら、神様に祈れよ。――死ぬ前にさ」
返事は待たず、魔剣をその首に突き刺した。
ごぼごぼと溺れているかのような息をしながらアイナはまだ動こうとしていた。だが、魔剣に貫かれたところから炭のようにひからびていき、その身は全身を黒く焦がしながら崩れて消えた。
「満足したか……?」
フェオドールの魔剣に語りかける。
その返事はもちろんなかったが、振動はやんでいた。
アイナを殺した。
泉も、あれではもう復活することなどできまい。
ゴーグルを外す。地面を見ていたら、そこにぽたっと何かが落ちた。空を見上げる。レストが旋回しながら降下してきていたが、雨は降ってなどいない。手の甲で目の下をこすると、雫がついた。
「クォォッ!」
「……ありがとな」
片手でレストの首の下の鱗を、その隙間をカリカリとひっかいてやる。
嬉しそうな声でまた鳴いてから、レストは顔を近づけてきて俺の顔を一舐めした。
あまりにも遅い、勝利だった。
だがまだ、やり直しは利くはずだ。これはまだ、前哨戦に過ぎない。本番は30年前に残っている。繰り返してはいけない。
「……レスト、行こう。フィリアが待ってる。フィリアも、乗せてくれるよな」
「クォォッ!」
ゴーグルをかけて、レストに跨がる。
アイナだったものから引き抜いたフェオドールの魔剣は真っ黒になっていた。ニゲルコルヌを背負う。空に飛び立つと、前は上からどれだけ眺めても見えなかった泉が丸見えになっていた。泉の神も死んだのだろう。
復讐は虚しい、なんて陳腐な台詞はあるが。
確かにこれは晴れやかではない。だが、ずっと胸に引っかかっていたものがすっと溶けて消えたような気がした。何かがあったという違和感は永劫拭えないだろうが、それでもまた痛み出すことはないのだろう。