俺のためにまた
『魔偽皮に頼りすぎないこと』
フィリアに注意されていたが、使っておいて良かった。
ニゲルコルヌの柄でアイナの攻撃をどうにか防ぐ。それでも、超頑丈なニゲルコルヌが弛んだ。魔纏をかけていても、尚。エノラという障害を排除して泉の神の加護を全て一身に受けているアイナがこれほどだとは思ってもいなかった。
俺やリュカの全力の動きどころではないパワーとスピード。
それに泉が近ければ近いほどに力を増すとか何とか、エノラから聞いたことがあるような気がする。泉はもう目と鼻の先。今が本当に最強状態のアイナっていうわけだ。
「ふひひひひっ……!」
アイナの蹴りまで止めることはできなかった。
それでも魔鎧の上から魔手を重ねがけし、蹴りを受けた箇所の防御は固めた。息を詰まらせながら、木をへし折りながらさらに吹き飛ばされる。距離が空いたと思ったが、気がつく。加護の力による、炸裂する光の塊が浮いていた。それが弾ける。――だがこれは、雷神の加護の方が圧倒的に速い。光から逃れるように、地面を蹴って飛び出した。
「おぉぉおおおおおっ!」
魔伸をかけながら、ニゲルコルヌを振り抜く。
木々を薙ぎ倒しながらアイナを捉える。だが、魔力で延伸されているそれを挙げた片腕で受け止めていた。微動だにしていない。加護で身体能力をどれだけ底上げしてやがるんだ。さすがに最強状態のアイナはひと味もふた味も違うらしい。尋常ではないと言える。
また、光の球が現れる。
次々と爆発していくそれをかいくぐる。これは大丈夫だ、特訓の成果が出ている。何となくではあるが、どこまであれの攻撃範囲があるかを予測できる。現れた順番を把握して、爆発までの僅かなタイムラグと照らし合わせてどこに体を収めれば免れられるかが考えるでもなく分かる。
無数の爆発音と光の中を駆け抜ける。地面が揺れている。
背中でもフェオドールの魔剣がガタガタガタガタと震えている。欲しがっている。喰い気マックスってか。でもまだ、出番じゃない。黙ってろ。
アイナが目を見開いた笑みで迫る。普通に考えたらダメだ。あの速さについて行くには相応に速くこっちも動かないとやっていられない。迫られるより早く、ニゲルコルヌを振るう。アイナの剣とかち合うが、力負けをする。
『話を聞いた限り、相手は常識外れの力を発揮してくる。
まともに得物がぶつかり合っても弾き飛ばされるのがオチ』
本当にフィリアの言う通りだ。
が、だからこそ、作戦を練ってきた甲斐がある。
『ただ1回、隙を作れば逆転の一手を打てるはず。
それまではひたすら、致命傷を避けながら相手にこう認識をさせること――』
「まるで羽虫だなァァ〜、レェェオオオンハルトォォォォォッ!!」
アイナが叫ぶ。
浮かびそうになった笑みを消す。
『――なぶって殺せる虫螻同然だと』
増長させた優越感に乗じる。
アイナは感情に先だって動く超極悪な獣同然だ。痛めつけて殺す。なぶって殺す。絶望させて殺す。そうされたし、そうしてくる。自身が圧倒的強者であることをアイナは理解している。だからこそ、それを煽って、煽りまくって、俺は無様に転がされまくる。
それが勝利へのスタートライン。
そこに辿り着くまでは致命傷を避け続ける。
危うくなったら雷神の守りが発動する。そのアイナが痺れている刹那に、魔石に封じられた転移の魔法で一気に迫って力を奪う。落差というのは良くも悪くも作用する。負けるはずがないと、完璧に思い込ませられれば不意打ちからの畳み掛けが一気に利く。
今は、凌ぐ。
アイナの剣を首の皮一枚でかろうじて避け、ポンメルで顔の横をぶっ叩かれる。
剣を持っていない方の腕がラリアットでもかますかのように、俺の吹っ飛ばされた体を強打しながら抱え込み、地面へ薙ぎ倒してくる。横へ転がりながら起き上がるが、頭を揺らされたせいでふらつく。アイナの歪な笑顔が俺を見据えている。
やっべえ、と思ったのと同時に紫電が瞬いた。
アイナを打ち抜いている。アイナの目が見開かれる。
雷神、サンキュゥゥゥ―――――――――ッ!!
魔石を握り締めた。アイナからは瞬時に消えたように思うだろう。手をアイナに向け、突き出す。加護をいただく。そうすれば、その圧倒的な力を削いで、俺の力に還元することができる。これで、形勢逆転だ。手がアイナの首の裏に触れる。その首を覆い隠している長い髪がヴェールのように揺らめいた。
ゾッとする。
ホラー女、ここに極まれり。
速い。
想定より速く、アイナは反応し、しかも動けている。
アイナの剣が俺の伸ばしていた右手を切り飛ばす。
俺の手が飛んでいる。血をこぼしながら。放物線を描いて。
「それで終わりかぁ、レェオンハルトォ――?」
刃が返される。
動き出す。
首をかっ切られる。
もうどうにもならない。
右手を失った痛みさえ、まだ追いついていないのに。
風に叩きつけられた心地がした。
刃が、迫る。
「クォォォォォォォォッ!!」
いきなり重力がかかって、足が大地を離れた。
ぶんっと放り投げられたような感覚がし、落ちるが地面ではなかった。
「クォォォッ!」
「っ……レス、ト……?」
何故か泣きそうになった。
一回り大きくなったレストが空を飛んでいる。俺を背に乗せ、森の上を飛んでいる。
「来てくれたのか……お前……?」
「クォォッ?」
風が目に沁みる。
傷口にも染みてくる。
ニゲルコルヌを口にくわえて持ち、空けた左手で致命傷を負ってしまった場合に備えていた回復魔法を込めておいた魔石を握った。魔留も忘れずに使う。フィリアが込めてくれた回復魔法は暖かく感じた。綺麗に斬り飛ばされていた右手が、傷口から生えてくる。痛みはあった。それでも、中指の先まできっちりと生えて揃う。
「お前がいりゃ、百人力だ。置いてけぼりにして、悪かったな」
「クォォォッ!!」
力強くレストが羽撃き、旋回した。
ユベールにもらっていたゴーグルをつけ、ベルトで固定する。ニゲルコルヌを持ち直す。
アイナのスピードは驚異的だ。そのパワーも計り知れない。
だが、空から迫ったらどうだ。空の壁を破り、その勢いを余すことなくぶちまけてやったら、どうだ。
「待たせたな、レスト」
「クォォォッ!」
「俺のためにまた飛んでくれるか?」
「クォォォォォォッ!!」
レストが力強く羽撃いた。
景色が変わる。空の青が、眼下の緑が、輪郭を失って色だけの尾を伸ばしていく。
片手で手綱を取り、股を締めて体を固定する。右手に持ったニゲルコルヌを脇を締めながら握り締める。
空の壁を破った、その勢いのままにレストが地面へ急降下していく。
森の中を、木々の合間をぶつかることなんてないかのようにすり抜けながら飛翔する。ゴーグルの狭まった視界の先にアイナが見えた。泉の上に線を引きながら横切って迫る。
しわの寄っている眉間へ、ニゲルコルヌを突き出す。アイナも負けじと剣を繰り出してくるが、レストはロール回転をした。僅かにニゲルコルヌの位置が変わり、アイナの剣を避けながらニゲルコルヌが腹を穿ち抜く。腹を貫いたまま、木にぶつかった。パワフルにレストは飛行を維持し、太い木をへし折りながらもアイナを貫いたままでいる。ニゲルコルヌを両手で持ち直し、また次に迫ってきた木に、フルスイングでアイナを打ちつけた。
何かに引っかかってアイナがようやくニゲルコルヌから外れた。
「完璧だぜ、レスト」
「クォォォォォッ!!」
嬉しそうにレストが鳴く。
旋回する。木々の中から、胴体に風穴を空けながらアイナが飛び出してきた。