果たせなかった約束
対アイナ戦のための特訓をした。
フィリアに考えてもらった防御法を駆使しつつ、相手の体の一部を掴みに行くという特訓だ。リュカは雷神パワーと魔法で俺と肉弾戦をしつつも、攻撃を仕掛けてくる。それを捌きながら、ただひたすらリュカに触れにいく。
『雷神の力はかなり速い。これに対処ができるようになれば、泉の神の力にも対応ができるようになるはず。魔偽皮で感知したところで、雷神の力は体を直接痺れさせてくるから無意味』
と、フィリアからこの特訓の説明をされたが、かなり厳しい。
そもそもの話、リュカはふつーに強い。俺の知る中で強いやつランクを作れば、実績からしてアイナが不動のナンバーワンとなる。そして、2位につけてくるのがリュカだ。2位以降はかなりの接戦を繰り広げるにしろ、それでもマティアスやロビンを抑えてリュカじゃねえかと思う。あっ、ファビオと2位争いか? うん、でもそれくらいだ。
とにかくリュカはジョアバナーサで新たに手に入れた大剣を軽々と振り回すのだ。リーチもヤバいし、魔鎧を使っていれば少なくとも俺と同じスピードで動いてくる。加えて雷神パワーだ。さらにはアホみたいな魔力容量による魔法ぶっ放しだ。
宇宙戦艦が人型機動兵器になって超スピードで襲いかかってくるようなもんだ。しかも波動砲のチャージがいらないというチート仕様。
そんなリュカの猛攻に、特訓のためという名目でフィリアとメーシャがさらに外野から魔法をぶっ放してくる。死角を狙って。
「死ぬっ……」
10分も体力が保ちやしない。
それでも、とフィリアの鬼指導で30分くらい爆撃されながら続けるのがワンセット。休憩は息が整うまで。こんなのを3セットもやると、もうへっとへとだった。
「死んだらそこで終わり」
「……そうだけども……」
「ここまでやる必要あんの?」
「ある」
「大変だね、レオン」
「メーシャぁ〜……昔っから、お前だけは俺が酷い目に遭ってても慰めてくれるよなぁ……。ありがとうなあ、メーシャぁ〜……」
癒しだ、メーシャは。
「じゃあもう1回」
そしてフィリアは、天使で悪魔だ。
まだ汗もひいてないんだけどお構いなしだった。
特訓でどこまで対応できるようになるかは、未知数だ。
それでも10日間、ぶっ続けてやった。途中でファビオが加わってきた。リュカも俺とやり合うのは疲れるようなので、リュカとファビオで俺の相手を交換し、残った方は外野からの魔法攻撃に回った。リュカが魔力任せにぶっ放してくるのがすげえ緊張感だった。それに大剣を使って大振りになるリュカより、ファビオの方がめちゃくちゃ鋭い剣戟を放ってきてアイナに近かった。
10日間でどうにかこうにか、4割くらいの不意打ちには対処できるようになったところで、1日の休みをもうけ、その翌日に向かうことにした。いよいよ、リベンジだ。超久しぶりに魔留を使って回復魔法で体は治した。
エノラが保管していたフェオドールの魔剣と、ニゲルコルヌを装備する。
雷神の守り、魔石を2つ、背中部分のみを守る鎧みたいなものもつけた。特別に気をつけるのは、加護の力による不意打ちだ。それを想定しての防具だった。がちがちに体を守ってしまうと動きづらいから、背中だけを防具をつけることにした。
そして、銀の指輪。魔力調節器。フェオドールの魔剣が俺の魔力を喰い尽くすのを防止するためにこいつも必要だった。
「よし……チェック終了」
全ての装備を点検してから身につけ、最後にマントをつける。旅の必需品だ。夜は毛布代わりになるし、日差しが強ければ頭から被るようにして日除けにもできる。風にはためけば格好いいというオマケつき。
「お父さん、やっぱり、この戦いは――」
「んなこと言うなよ、フィリア。さんざん、死ぬような想いで対策してきたのに」
見守っていたフィリアの言葉を遮る。
もう、負けたくない。勝てるかどうかは、まだ分からない。だがやるしかないことだと思っている。
「…………」
「顔見せてくれよ、そんな俯いてねえで」
「小さいころの、記憶で……覚えてることがある。いくつだったかは覚えていないけれど、お母さんと一緒だった。島のどこか、木陰でわたしをお母さんは抱いていた」
「ちっちゃいころから、ほぼ毎日、散歩に連れてってくれてたからな……」
「その時のお母さんの顔を覚えてる。すごく……切なそうな、心配そうな、そういう顔だった。何となくお父さんがそうさせてるって感じてた」
「……風評被害だ」
「でも、わたしの記憶にあるお母さんは、お父さんが姿を消してる時にいつもその顔をしてた。不意に、そういう顔を見せた」
「…………」
「だから……嫌いだったのかも知れない」
あ、認められた。
嫌いだったって認められた。お父さんショック……。
「……今になって、分かった。きっとお母さんはいつも、今のわたしみたいな気持ちでいたんだって」
「……って、言うと?」
「信じてないわけじゃないけれど……ダメそうだって、思う」
「ダメそう……って……おいおい」
「でも信じてる。不安。お父さんが本当に強い人だというのが分かっている上で、それでもって……何故か思ってしまう」
「何故か、ねえ……」
「そうやって他人事みたいな反応をするところかも知れない」
「何とも言えなくなるわ……」
頭をかいたら、フィリアが俺を正面から抱き寄せてきた。娘の胸の中。何だろうか、この感じは。本来は逆なんだよなあ。
「お母さんとの果たせなかった約束は、ちゃんとわたしが引き継ぐから……今度こそ、守って」
「……分かってるよ。心配性だな、フィリアは」
「……うん」
意外なことに首肯されてしまい、また何とも言えなくされてしまった。
こちとら破るつもりの約束をするつもりなどは毛頭ない。ちゃんと五体満足で帰るつもりだ。約束を破ったから、ってリュカにビリビリを食らうのも嫌だし。
転移の魔法で、クライテの森へに行った。俺とフィリアだけで。
飛ばされて出た場所は、俺が30年前にアイナに敗れた場所で、そこには骸骨があった。大人の骸骨。その首に、レストの笛がかかっていた。草の生えている地面には俺の指にもハマっている銀の指輪が転がっていた。
「……俺の死体の、成れの果てか」
「そう」
「自分の死体を眺める日がくるとは思いもしなかった」
だが、もうこれは30年前に帰ったらできあがらなくなるはずだ。
こうなっちまう前に俺は30年後へ飛ばされたのだから。
「行ってくる。アイナが来たら逃げろよ」
「分かった……。けれど、それまでずっと、ここで待っている」
「夜まで、な。女の子があんまり夜に外をほっつき歩くな。行ってくる」
自分の屍を超えて、森の奥へ、フィリアを残して歩き出した。
魔影を広げておく。アイナがやってくれば分かるようにと。歩く度、首から下げているレストの笛と雷神の守りがぶつかるのが分かった。そう言えば、ここでレストと別れた。あれから、この時間軸では30年が経っている。まだ、この近くで待っているんだろうか。
そっと笛をくわえ、吹く。
音は、出ない。息の続く限りに吹いた。
「……まあ、当然だよな」
やって来るはずがない。
そのまま歩き続けていく。泉というのはどこにあるのだろうか。直進していく。ふと、フェオドールの魔剣が振動しているような感じがした。巻きつけている布の上から触れる。確かに震えている。何かに反応をしているようだ。
森を進んでいくと、滅びた村のようなものが出てきた。
何かの焼け跡の上にびっしりと緑が覆い尽くしている。エノラは昔、村が焼けた――みたいなことを言っていた気がする。ここがエノラの故郷なんだろうか。だとすれば、泉は近いはずだ。滅びている村をさらに突き抜けて進んでいく。小道があった。緩やかなカーブが続く道。
徐々にフェオドールの魔剣の振動が強くなってきている。こっちまで胸が震えてくる。これは恐怖か、武者震いか、単純に体調不良でぶるってきているのか。何にせよ、緊張感が高まる。血が冷たいように感じるが、それでいて心臓が活発に鼓動を打っている。
森が開けて、泉が見えた。
ぞんがいな綺麗なもんだと思った。その畔にひとり、女が立っていた。
「よう、30年越しに復讐にきたぜ」
「……誰だ、貴様は?」
ハッ、俺の顔は忘れちまったって――じゃねえか、縮んでるからか。
まあいいんだけど。
「レオンハルト・エンセーラム。てめえに殺されたディーの恨みだ、死に腐れ」
「……ふひっ」
アイナが嗤う。
身の毛がよだつ笑い方だ。
「レオンハルト……エンセーラム……。思い出した……。面白い……。また、死ね。今度こそ殺してやる。何度でも、息の根を止めてやる、――レェェエエエオンハァルトォォォォッ!!」
狂ったように叫びながらアイナが腰に佩いていた剣を引き抜いた。
「そっくりそのまま、返してやるよっ!!」
ニゲルコルヌを引き抜いて、フルパワーの魔鎧でぶつかり合う。
話にもならないほど呆気なく、力負けして吹っ飛ばされた。綿の塊を押しのけるみたいに、超軽く、だった。大木に背中がぶつかる。顔を上げた時、すでにアイナが迫っていた剣を振り下ろしにかかっていた。




