ソロンの調査結果
『カスタルディで、ドラグナーのために作った装備だ。
これをつけていればワイバーンに乗っていてもちゃんと目を開けていられる』
そう言われ、ユベールからゴーグルをもらった。
黒い革でちゃんと透明で不純物のないガラスを囲っている。目の周りに当たる部分にも綿みたいのを詰めているようで、つけても痛くはない。しっかりハメるにはいちいち革のバンドで調節しなくちゃいけないのが手間だが。
これをつけてレストとちゃんと再開しろ、という激励なのかも知れない。
胸元へぶら下げておくことにした。革とガラスと金属パーツで構成されていて、けっこうデザイン的にも格好いい。
カスタルディ王国から、転移の魔法でジョアバナーサへ移動した。
確かフィリアはメーシャがいるとか言ってたけども――少なくとも10年も前のこと。今はどうだか分からないとか言ってたな。余裕があれば、メーシャが今、何をしてるかとか知りたいけども、それよりもソロンから話を聞かないと。
ロベルタはソロンがここに拠点を置いているとか言ってたけど、しかし、どこだか。けっこう町並みが変わっている。と言うか、新しくなっている。
「ねえレオン」
「あん?」
「ここってダモンっていうのがいたじゃん?」
「ああ……そう言えば」
「俺、剣欲しいし、行ってきていい?」
とりあえず城にでも行って女王さんから話を聞こうと思って歩いていたら、リュカに言われた。
「そういや、お前、バリオス卿にもらった剣……」
「シオンに取られて、なくなったまま」
「……そっか。大事にしてたのにな。行ってこい」
「うん、じゃっ」
「あ、おい、リュカ、金はっ?」
「あるからへーき!」
走っていくリュカに金の心配をしたが不要だったらしい。貯め込んでた、のか? あいつ、けっこう儲かってたんだよなあ、そう言えば。エンセーラム諸島全部の結婚式と葬式と、国の神事と、占いと、加えて俺が言いつけた仕事と――でもあいつが持ってる金って、エンセーラムの通貨じゃねえのか? 大丈夫だろうか?
「少し、リュカが心配だからついて行――」
「フィリアがいてくんねえと小難しい話になるはずだからめっ」
むっとした顔を向けられた。
俺の胸は痛んだが、仕方ないのだ。他意はないのだ。別にリュカにアプローチしてるのが見てていたたまれないっていうか、ジェラシーファイアーがめらめらしちゃうから、そういうことではないのだ。
ソロンは街の外れの家にいた。
俺が名乗ると半信半疑だったが、百国会議の出会い頭で何て言ってきたかを一言一句違わずに言ってやると顔を引きつらせていた。もういい年にはなっていたが、何か渋さを身につけていた。
ちなみに城には行ったが女王さんには出会わなかった。何年か前に、次の国王を決めてからどこかへ旅だって消えたそうだ。たくさんいる女王さんの子どもの中で王位を継ぎたいと希望する者、全員ともういい年のはずなのに剣を交えて戦ったそうだ。その結果、何と女王さんが連戦連勝。善戦したと女王さんが認めた何番目かの男の子――とは言え成人済み――に王座を譲ったそうな。
「それで……30年だ。そんだけ経てば、何かしら、分かることはあっただろ? 全部教えてくれ」
ばっさり、ざっくり、経緯を説明してから切り出した。
44歳になったというソロンは、30年もの間、各地を渡り歩きながらカルディアと、不死の人について調べ回ったらしい。それがナターシャに繋がることを信じて。その間、一度として母国であるアニューラに帰っていないらしい。
「クセリニア大陸、ディオニスメリア大陸、ヴェッカースターム大陸、ラサグード大陸、アイフィゲーラ大陸にまで、全部、渡り歩いた」
アイフィゲーラ大陸。
確か、クセリニアとラサグードの南にあるとかいうところだったっけか。俺もまだ行ったことはないところだな。不思議海流のせいで、クセリニアから南下していけば辿り着くはずなのにラサグードから渡って行かなきゃいけないとか何とか……。エンセーラムからは南西方面ってところだっけ。
「すると、ナターシャに関連していると思われる事件をいくつか知ることができた」
「ほんとに世界中、股にかけてたわけだ……」
「一体どうやって移動しているのか分からないほどだ……」
転移の扉までは辿り着けなかったか。
そんなもんをぽろっと知ってたエルフがどんだけすごいのやら……。
「その中で、有力な証言を得た」
言いながらソロンが巻物の束から、何かを探し出した。全て自筆のレポートらしい。あの跳ねっ返りボーイがこんな風になっちゃうとは。女王さんが超強引にだが助命してくれて良かった。
「これだ。……アイフィゲーラの東側で起きた事件だ。アイフィゲーラの、ライゼルという国に聖女と呼ばれる女性がいた。その女性は幼少期より、次々と革新的な技術を考え出しては、自分の生まれた村、それから地域、そして国までもを改革していった。それによってアイフィゲーラの貧しい弱小な国が、一大国となった。聖女のお陰だと言われている」
「聖女ねえ……」
「ライゼルが発展を遂げるにつれて、近隣諸国はそれを危険視していった」
「いきなり弱い国が力を持って発展をしていったのならば当然のことと言える」
「そうだな……。エンセーラムは島国で、しかもお隣がヴェッカースターム大陸で国っていう概念とはちょっと違うところだったから侵略されるとかの心配はなかったけど……」
「この聖女は、執拗に不可解な事件に巻き込まれていた」
「不可解な事件」
「それがナターシャの仕業ではないかと考えている。聖女に協力的であった、指導者という立場にいた男がいきなり謀殺しようとしたこともある。その男は見たことのない魔物を操って聖女を襲わせたらしい」
「見たことのない魔物?」
「いくつもの魔物を継ぎ接ぎにしたようなものだったらしい。聖女はそれをキメラと呼んだそうだ」
キメラ。
イメージピッタリなネーミングだな。
「他にも、ライゼル王家の姫が近隣の国へ嫁ぐこととなった際、最初は何の問題もなかったはずだったのに、いきなりその姫が暗殺された。それによってライゼル王家と、婚姻を結ぶはずであった国は戦を始めたのだが……聖女が突き止めたところによれば、姫を暗殺したのはライゼル王国の手の者だった。その暗殺者は真相を答える前に、ナターシャと思われる女のエルフに殺されたという。
似たような、不可解な事件が他にも数件。まるで聖女のすることを全てなくそうとするかのように思える事件ばかりだった。婚姻が戦争に発展したというこの一件でも、ライゼル王国が周辺国を侵略するつもりはないと体外的にアピールするという狙いがあったはずなんだ。聖女の発案で」
婚姻が戦争になる――。
何となくディオニスメリアでも起きた内乱を思い出した。あれもボーデンフォーチュに与した貴族が、ずっと強硬な姿勢を貫こうとしていた。それをマティアスは不可解だと言っていた。
「ナターシャは何かを企んでいる。そして、俺が各大陸で見てきた事件から、似たような事例が多くあった。キメラと聖女が呼称した謎の魔物が確認しただけでも4体。時系列順にしたら、そのキメラは後に現れた方が進化をしていたように思える。それに、カルディアによって操られていた魔物も2体確認している。これはジャルを抜いて」
「ジャルみたいのが、他に2体も……」
「待て、ジャルというのは何だ?」
「エンセーラムで見なかったか? でっけえ、牛みたいな……泳いでるやつ」
「……あの変な巨大な魔物か」
「そう、それ」
「そして、アインスと名乗って、あなたがシオンと呼んでいたような不死の人も2人ほど確認している。それぞれ、ツヴァイ、フィーアと名乗っていた」
リュカで、合計4人目ってことになっちまう。
でもリュカは胸んとこがぽっかり穴空いてるけど、シオンはそんなのなかったんだよな。ジャルもそうだったし。他にもわんさかいそうだ。
「俺が調べた限り、ナターシャには大きく2つの目的を持った行動を見られた。全てがこの2つに分けられるわけではないが、ほとんどがそれに分類できるだろうと考えている」
「そこまで分かったのか?」
「1つ目は何かしらの実験。2つ目は、カルディアの収集だ」
「カルディアの、収集?」
「レオンハルト王がラサグード大陸のヴラスウォーレン帝国で見たようなことだ。特別な力を持っている存在――例えば神々の加護を宿した者であるとか、莫大な魔力を身に宿している者を殺害して、カルディアを取り出したという事例を4件聞いている。ロビン・コルトーの研究では触れられていなかったが、どうやらカルディアというものは魔石や赤魔晶を遥かに凌ぐ魔力の塊らしい。いや……単純に魔力とも言えないが、とにかく力の塊だ。不死者には自身の対となるカルディアがあって、それが消滅しない限りは無限に肉体が復元され、年老いることもない」
そう言えばシオンは、いくつなんだ?
記憶喪失ってのもあって年齢は把握してなかったけど、あいつを拾ってから何年も顔を見てきた。あいつは成長したり、老けたりしていただろうか? 最初から不死者でリュカが30年も老けていなかったようにシオンも全く変わっていなかったような……。
「とにかく、ここまで長旅だったんだろう? 続きは明日にしよう」
転移の魔法で来たからさっぱり疲れなんてない。
のだが、ソロンの方が少し疲れた顔をしていた。こいつは頭脳派ってよか、肉体派だしなあ……。




