阿呆呼ばわりのレオン
クセリニア大陸のアーチをようやく見つけられた。
そこの祠からフィリアの転移の魔法で向かったのは、カスタルディ王国だ。フィリアはほとんど覚えていなかったようだが、ブランシェという単語と、コリーナという単語には反応していた。もふもふとして覚えていたのかも知れない。
それで朧げになっていると言う記憶を探らせつつ、一か八かで転移の魔法をしたら、カスタルディ王国の王宮にいきなり出てしまった。
突然出てきてしまったことで、ワイバーンがいきなり立ち上がって唸り出した。
が、その中にブランシェがいて、フィリアが脇目も振らずに駆け出していって怖がる様子もなく飛びつくと、そのブランシェが逆立てていた毛を落ち着かせた。それにつられるように次々とワイバーンは敵視をやめてくつろぎ始め、集まっていた衛兵も肩を落としていた。
「もっふもふぅ……」
「変わってねえなあ、ああいうの見ると……」
「だね」
「……変な遺伝だな」
「変って言うな」
王宮のやつにレオンハルト・エンセーラムだと名乗り、30年前の聖竜祭のことを話してやった。信じられてはいなかったが、ロベルタが呼ばれてやって来る。
「よっ、ロベルタ」
「……お前が、レオンハルト・エンセーラムか?」
「訳ありで小さくなってんだ」
「ふむ……。だが、ブランシェが触らせていることだし、一応は信じてやろう」
フィリアの方を見てから、ロベルタはそう言ってくれた。
うん、変わってねえもんな、あの光景。
髪の毛の色を戻してもらった。
また頭皮がじくじくと熱く痒くなったが、ブロンドとは無事におさらばした。
「うわ、レオンだ……。昔のレオンだ」
「だから、そうだって言ってんだろ」
リュカは俺が黒髪になるとやっとピンときたらしい。
「……変わらぬ面だな、ふてぶてしく、我が主への不敬をものともせぬ……」
「お前まで言うのか……」
ぶっちゃけ金髪が俺に似合ってたかどうかは分からない。見慣れればありだなとは思えたが、頭皮へのダメージも心配になるところだし黒髪最高。お尋ね者だから、という理由で髪を黒く染めてるフィリアとお揃いだし。ふっふー、フィリアとおそろだぜぃっ!
「それで、何をしに来た?」
謁見用の部屋でロベルタとちゃんと会う。気を利かせてくれたのか、ブランシェも入れてくれていて、フィリアは全身で堪能している。俺も一緒にブランシェをもふりたい。ロベルタは許してくれるだろうか。いや、今はマジメな話をしておこう。
「ソロンとコンタクト取りたいんだ。ほら、ボコロッタであいつのこと助けてやったろ? 事件の究明と引き換えに、って。そん時、お前も同席してたんだし、何か繋がりとか持ってねえかと思って」
「アニューラの王子か……。ならばジョアバナーサへ行け」
「ジョアバナーサ?」
「ソロンはいまだ、アニューラ王国への帰還を許されてはいない。ジョアバナーサ王国を拠点に、まだ活動を続けているはずだ」
「そっか……。ありがとよ、ロベルタ」
あの女王さんは健在なんだろうか。
もう30年も経っちまったし、代替わりしててもおかしくはないかも知れない。でもあの女傑の後を継ぐってのは難しそうなもんだ。何をしたって比較の対象になっちまいそうな……。
「ところで、その男は何者だ?」
「あん?」
「俺?」
「リュカ。俺の従者だよ」
「……30年前にも見たが、人間族ではなかったのか? それに、その目……」
そう言えばシオンを運ぶ時、ちらっとは見てたんだっけか。
いきなり訪ねてきたのにちゃんと話を聞いてくれたんだし、と思って事情を話した。そろそろ語るにも飽きた話だった。
「時を超えてきた、か……。にわかには信じられんな」
「俺もいっそのこと、ぜーんぶでっち上げの嘘だったらって思うよ……」
「ジョアバナーサまではどう行くつもりだ? レストは連れていないようだな?」
「あー……んー、まあ、レストはさ、30年前、どっか行ってろって、それきりだったから」
ちょっとロベルタに叱られるんじゃねえかと思った。
何たってここは竜の国で、ワイバーンを愛してやまない人々がたくさんいて、ロベルタはその王だ。
「笛は吹いたのか?」
「いや……」
「吹け」
「でもちょっと、気不味いじゃん……?」
「お前は阿呆か?」
「阿呆だぞ、こいつは」
「そうだよ、レオンってバカだもん」
「おいこらお前ら」
ロベルタの問いかけにファビオとリュカが反応してきた。
ファビオに言われるのはともかく、リュカには言われたくない。
「空の壁を破るほどの絆で結ばれていたのだ。何を躊躇する必要がある。竜は人といられる時間がすぐに過ぎ去ることを知っている。ワイバーンも同様だ。捨てられたという誤解の悲しみよりも、再会の喜びが上回るに決まっているだろう。あれは良いワイバーンだ」
王宮に泊めてもらえることになった。カスタルディ王国の周辺――西クセリニアの中原諸国は乱世のようで、ユベールはドラグナーとして毎日、哨戒に出ているということだった。このカスタルディ王国を落とすことができる国はそういないのだろうが、それでも牙を剥かんとする動きがあれば即座に叩き潰すらしい。
王宮の入口にあたるところの広場で、そこに横たわってくつろいでいるワイバーンを眺めて過ごした。手の中にレストの笛を握る。吹いたら、来てくれるんだろうか。30年も何をして過ごしていたんだろうか。レストはひとりでちゃんとエサを取って食うし、そこらの魔物に負けるほどヤワでもない。きっと生きていると思うのだが、どうも踏ん切りがつかない。
風が上から叩きつけるように吹いてきて顔を上げた。バサバサと音もする。銀色のワイバーンがそこへ降り立ち、その背中からひとりの若者が飛び降りた。ピカピカの銀色の槍と、胸当てと篭手のみを身につけたドラグナーだ。ゴーグルのようなものを目から外して額へ押し上げる。
ユベールとウォークスだ。
ユベールは少々、大人っぽくはなったがまだティーンエイジャーに見える。せいぜい、17、8歳とか、それくらい。ウォークスは一回り大きくなっていた。
「エンセーラム王、久しぶり」
「えっ?」
「父から、文を受け取っている。半信半疑だったけれど、本当に小さくなって、生きていたんだな」
声変わりしてる!
いやいや、驚くポイントはそこじゃなかったか。
「お前は、デカくなったな?」
「そうだろう? 今じゃ父にだって負けるつもりはない」
言うようになってる。
まあロベルタの実力ってのを俺は知らないから何とも言えないんだけど。
「……でも、こんなところで何をしてるんだ?」
「あー、まあ、考えごと?」
「どんな?」
「レストのこと、30年もほっぽらかしてるんだよ……。で、ロベルタに笛吹いて呼べって言われちまって」
「呼んでやれ」
「お前も言うか……」
「呼んでも来ないなら笛の音が届いていないか、愛想を尽かしたというだけだ。来てくれたのなら、それはまだともに空を飛びたいということだ。あんなに良いワイバーンを手放すなんてバカげてる」
ユベールにまで叱咤されてしまうとは。
腰掛けていた段差から立って、握っていた笛を見る。そっとくわえ、息を吸う。
音は出ない。
しかし、広場にいたワイバーン達には聞こえているようで反応はしていない。長く吹き鳴らしたつもりだった。空を眺める。星が瞬いている。耳を澄ませる。
「……来ない、か」
「世界は広い。また別の場所で吹けば、きっと来てくれる」
励まされてしまったが、正直なところほっとした。
ちょっとまだ、心の準備ができていなかった。




