けっこう、楽しい
学院がお祭りムードになると、スタンフィールドもそれに合わせたように賑やかになった。
駆け込み需要でも高まるのか、この時を待っていたとばかりにやって来たキャラバンは大量の武器を取り揃えていたし、雑貨屋でも「これを身につければ勝てる」みたいな胡散臭いアイテムが売られたりして、それを憧れの先輩に渡す――なんてべたべたな青春シチュエーションもうっかり目撃した。
そして今日から、王立騎士魔導学院の剣闘大会が始まる。
細かなルールは置いといて、勝利条件は3つ。
1 相手を降参させる
2 相手を場外に落とす
3 相手を戦闘続行不能とする
このどれかを満たせば勝利となって、駒をひとつ上へ進められる。
その他の基本的なルールはまあ常識の範囲内だろう。殺すことを目的でやるなとか、第三者に試合の直接的な手助けをさせるなとか、試合開始時間に10分遅刻すれば失格になるだとか。
特別に目を惹くようなものと言えば、武器の規定だろう。
刃のついた武器を用いなければならない。ただそれだけ。だがこの、刃っていうのは歯引きされててもそう見えればオーケーらしい。極論だとペーパーナイフや、模造刀でも良いってことだ。でも、棍棒とかへ魔法を付与して切れるようにする、っていうのはノーグッド。
そんなに気にすることかは分からない。ちなみにじいさん譲りの銛は使用可能だった。先端が鋭くて、それで切ろうと思えば切れるから。
「それにしたって……」
山が多いな、と思う。
324人の出場者。323回もの試合が行われる。
何回勝てばいいんだか数えるのも億劫になる。まさしく、気が遠くなるってやつだ。
これを7日間というスケジュールでやるんだから、初日は慌ただしくなるだろう。最初くらいガーっとふるい落とせばいいのに、そんなのもなしでトーナメントだもんな。やだやだ、めんどくせー。
お陰様でマティアスもロビンも、自分の試合があるからってバラバラだ。
こういう手のかかる時ほど誰かがいれば楽になるもんだが――まあ仕方ない。
そろそろ出番かな、とごった返している控室を眺める。若者がたくさんだ。俺も若いけど。
身につけた武具の点検に余念のない者。抜いた剣にうっとりと見とれている者。あからさまにだるそうに、憂鬱にしている者。血塗れで戻ってきた敗者を見ては眉を潜めたり、皮肉を飛ばすやつもいる。顔を青ざめさせてガチガチに緊張しているやつだっている。
試合数が多いので、いくつかの会場に別れて、ブロックごとに試合は進められている。
初日で162試合が消化される強行スケジュール。明日も同じくらいの試合数がある。
明日はさらに半分が脱落か。シードとか考えるの面倒だから抜かして計算してるけど。
魔法士養成科の参加者もほんの少しだけいた。マティアスが言うには、わざわざ剣闘大会へ出てくる魔法士養成科の学生は序列戦を意識している、とのことだ。
腕に自信があり、将来は騎士団に入ろうだとか、武闘派な魔法士として名を売ろうとか、そういう狙いがあるらしい。剣闘大会という舞台で上位に食い込めば、騎士とも渡り合えるほど武勇に優れた魔法士の証明になり、卒業後の希望進路へ近道することができると。
実際、そういうのを見かけるとヘタな騎士養成科の学生よりも強そうに見えた。中にはちゃんと魔法と並行して剣術の修練に励んでいる者もいるし、逆に剣は完全な飾りで一度も抜かずに勝利を収めようとするやつも存在するんだとか。
上昇志向の塊だな。
ロビンもそういう風に見られるのかも。
……がんばれ。
「次、78番、321番、用意をしろ」
剣闘大会の運営手伝いに回っている魔法士養成科の上級生が控室に顔を出して呼んだ。ようやくだ。
座っていた床から腰を上げる。俺を見て鼻で笑うようなやつがいた。井の中の蛙だとか思われているのか、それともこいつらにも無能ってのが知れ渡っているのか――。
いずれにせよ、気の良い雰囲気ではない。
控室を出て廊下に出ると、78番の6年生をやっと把握した。
手足の伸びきった年頃。鎧は軽装だが胸部や腕、足、頭などといった要所をしっかり固めている。何となく観察していたら、一瞥された。つまらなそうな目をされる。バカにされる方が慣れてるからか、少し不愉快だ。歯牙にもかけられていない。
まあでも、それはいいだろう。
俺だって自分より見るからに年下でチビっこいのが立ちはだかってきたら毒気を抜かれそうだ。ある意味では自然な反応だろう。
「キミ」
なんて思ってたら、78番に声をかけられる。
「何?」
「手加減をするつもりはない、早めに降参することだ」
言うだけ言うと、そいつは通路を歩いて行ってしまう。
うん、まあ、うん。少なくとも性根のひねくれたやつじゃなさそうだな。あいつが18歳だとして、一回り近く下の子どもと剣を交えなきゃいけないわけだから仕方ない。ま、俺は今回は銛を使わせてもらうけど。
会場の方へ向かう。
学院下層にある修練場のひとつで、1回戦だからか見物するような物好きはそう多くない。
とか思ってたら、意外と人がいた。
映画でも見に来ているような気楽さは席に座っている連中を見れば一目瞭然だが、それにしたって、けっこうな数だ。大相撲やプロレスだって、人がいっぱいになるのは人気のある取り組みの時だってのに。
前の試合を眺める。どちらも5年か6年か、上級生と呼ばれるところだろう。
意外にもレベルが高い攻防だ。一方が手数で攻めていき、猛烈な早さで剣戟を繰り出していく。それをもう一方は盾で防いでいたが、そうしながら魔法で反撃をする。そうして作った隙へ反撃の一振り。だが、読まれていたのか、それを受け流されたところで喉元へ剣を寸止めされる。
降参宣言が出され、観客が沸いた。
こんなのがごろごろいるんだとしたら、意外や意外に侮れない。ていうか、甘く見すぎてた。天狗になりかけだったな、こりゃ。ヘタしたらヘタしちゃうぞ、おいおい。
「次、78番対321番!」
係員の手伝い学生に言われ、ステージへ上がった。
模擬戦をやった修練場と同じ作りだ。ただ、規模が少し小さい。客席との距離も近い。あそこは、言わばメインスタジアムといったところだろう。人数が絞られていけば、試合場はあっちに移るはずだ。
呑気に周りを見てたら、野次が飛んできた。
ひっこめだの、手加減してやれよだの、いきがるなだの、死ね穴空きだの、槍に振り回されるなよだの、獣人狂いの変態チビだの、コネ野郎だの。意外と観客の数が多くてここぞとばかりに罵倒してきたやつを見つけられない。多分、顔を見りゃ名前は分かんなくてもピンとくるとは思うんだけどな。
つーか、獣人狂いの変態チビって何だ。何でちょいちょい、俺の尻尾好きが知られてるんだよ。いやその前に何であれの良さを分かるやつがいないんだ。
「構えろ」
教官に言われ、銛を構えた。
78番の先輩も腰から剣を引き抜く。
「始めっ!」
合図と同時、78番がフェンシングのように半身になりながら踏み込んで鋭い突きを放ってくる。最短距離を詰めてくる、速い一撃だ。それを穂先で弾き、下から上へと銛を振るようにしながら突き込む。だがすぐに78番は剣を銛の柄に這わせるようにして滑らせる。間合いを詰められる。
「はあっ!」
ヒュンと風切り音がした。とっさに後ろへ下がるが、ステップを踏むように飛び出てきて避けられない。顔を振ると頬が切れる。これは――ほんとに手加減しないのな。
こうやって堂々とやり合うのは、意外と初めてかも知れない。
じいさんとやってたのも、ファビオに試されたりしごかれたりしたのも、実力の上下関係があった。マティアスを皮切りに叩きのめしていった連中は、手こずりそうな気配もなかった。模擬戦は2対2だったから雰囲気が違った。
だけど。
これはけっこう、楽しいぞ。
銛を腰の裏から回しながら、振るい上げた。左腕に握り、肘を伸ばしながら。
78番の先輩は篭手でそれを受け、片手に握った剣を振るい落とす。銛を引きながら体をひねってかわす。すぐさま追撃を受け、ギリギリで避けながら後退。焦れろ、焦れろ、そんじゃ当たらない――っと場外が近い。落ちたら負けだから――
「エアブラスト!」
「うおっ!?」
風が爆ぜた。
簡単に吹き飛ばされ、場外へ落とされる――。
「落ちて、たまるかっ!」
体を捻りながら、落ちる前に銛をステージへ突き立てた。そこにしがみつき、免れるがステージから斜めに飛び出しかけている状態だ。78番が俺の銛を蹴りつけようとし、その前に腕力で跳んで戻る。しかし銛はそのまま場外へ転げ出てしまう。
「……続けるのか、得物はもうないぞ」
あくまで降参を促してくれるらへんは、悪いやつじゃないな。
こういうのばっかりなら、俺ももうちょい楽しい学院生活を送れるってのに。
「問題ねーよ、降参はしない」
「そうか。なら、どんな負け方でも文句を言うな!」
魔鎧を発動。
繰り出された剣を腕で弾き返し、そのまま懐へ潜り込んで拳を叩き込む。
78番が体をくの字に折り曲げた。そうして下がった顔へ跳び蹴り。
吹き飛ばされてステージを転がり、78番は動けなくなった。
「そこまで! 321番の勝利とする!」
「よっしゃあっ!」
番狂わせに沸いてくれるかと思いきや、盛大なブーイングが起きた。
つくづく、ここの連中は気分を悪くさせてくれる。でもブーイングをしていない、大人しい学生の中にはちらちらと俺を指差しつつも興奮しながら話し合っているような姿もあった。ま、全部が全部悪い野郎のはずもねえよな。
初戦突破完了。
明日は勝てれば2試合消化のスケジュール。
出だしにしちゃあ好調だろう。
でも魔技がなければかなり怪しい内容だ。風の魔法も絶妙なタイミングで使われてたし、これで1回戦なんだから油断はできない。
明日が楽しみになった。




