愉快な領主と愉快なお子様
「騎士がいやがるな……」
「ディオニスメリアは騎士団から真っ二つに割れてしまっている。恐らくその影響で、レヴェルト卿を敵視している派閥が監視のために派遣している」
「オルトなら常駐させないようになんてできそうなもんなのに……」
レヴェルト邸へ向かって緩い坂道を上がっていく。
メルクロスの町並みは少し新しくなったりしたところはあるが、そこまで変わっているようには見えなかった。だが、活気が少しなくなっている。騎士が歩いては住民を睨むのだ。少し井戸端会議をしていただけのおばちゃんも、近くに騎士に立たれるだけでそそくさ解散していく。
レヴェルト邸へ続く坂道の途中には騎士が3人もいた。フィリアは堂々としていた。こそこそするよりはその方が目立たないという判断なんだろう。お尋ね者にされた時は青髪のままだったらしい。屋敷の門が見えてきた時、4人目の騎士も見え、こちらへ近づいてきた。
「……名乗れ」
「理由は?」
「レヴェルト卿は忙しい身だ。子どもに会う時間などは持ち合わせていないだろう」
おうおう、オルトがそんなことを言うはずがねえだろうがよ。
多分、勝手にこうして追い返してるんだろうな。さんざん、オルトが各方面へちょっかいを出してきたツケがまとめて今になって噴出してきてるのかも知れない。
「…………」
フィリアは黙っている。
考え中なら、俺がやらしてもらおう。
「騎士なら、自分から名乗るのが礼儀じゃないのか?」
「身の程を弁えろ。平民風情が」
「騎士は人民のためにあるんじゃねえのか? 平民も貴族も変わらねえだろ」
「貴様……! 名乗れ、その不敬は万死に値す――」
「悪童レオンがやって来たって、言ってんだよ」
「あ、悪童っ……!?」
ビビられた。
マジでまだ語られてるのか、しかもちょっとビビりすぎじゃねえかってくらい戦慄してる。
「それとも? ここでぶちのめされた方がいいってか?」
キャスに渡されてしまった銛をゆっくり抜く。みっともなく騎士の膝が笑ってやがる。そんなに何、悪童ってのは怖いのか? 俺もちょっとマジメに聞きたくなってきた。
「どけ、騎士」
凄みながら言うと、騎士は数歩たじろいで道を開けた。
通り過ぎてから振り返り、まだ顔をひきつらせている騎士を見る。
「…………わぁっ!」
「ひぃぃっ……!?」
「あっはっは、何あれ、逃げてやがんの。フィリア、見たか、今のっ?」
尻尾を巻いて逃げるとはあのことだ。フィリアもくすくす笑っていた。
そうして無事に門の前に着いて、勝手に開けて中へ入る。もう勝手知ったる場所だ。
「オールートーくーん、あーそびーまーしょ!」
「……その呼びかけは何?」
「昔を思い出してみた」
屋敷の玄関が開けられる。
使用人が困惑した顔でそこに立っていた。知らん顔だ。そうだ、昔からいるやつじゃねえと伝わらねえ。これじゃあ俺、ほんとにただの愉快なお子様になっちま――
「レオンハルト……様、でしょうか……?」
「通じてるっ!?」
さすがだぜ、オルト。
使用人にきっちり色々と伝わってるみたいだ。
「オルト、いるか? レオンが来たって言えば絶対に通してくれると思うんだけど」
「少々、確認して参りますのでお待ちください」
中に招き入れられ、その玄関ホールで待たされた。屋敷の中は変わっていないようだった。
「フィリアは、ここに来たことあるのか?」
「メルクロスまでは来たことがあるけれど、領主邸にはない」
「そっか。ていうか、オルトと会ったことは……あんのか? ないよな?」
「ない」
「セラフィーノは? 覚えてる? 1年、王宮で一緒にいたし、たまに遊んでもらってただろ?」
「……覚えてるけれど、はっきりとは」
6歳だったもんな。
すぐに先ほどの使用人が戻ってきて、オルトの書斎へと招かれた。ドアが開く。変わらない間取りだ。ドアから向かいには、裏庭に面した窓がある。その前に机。そして、向かい合わせに配置されたソファーと、その間の低いテーブル。
奥のソファーにオルトが座り、その後ろに2人のエルフの従者。
ファビオとソルヤはあまり変わったように思えない。そっくりそのままだ。ソファーに座るオルトは死ぬ前のうちのじいさんみたいに細くなっていた。杖に両手を乗せていた。綺麗だったはずの金髪はもうすっかり全て白くなり、肉はなくなって皮膚が骨に直接貼り付いているような感じになっている。だが、背筋はしゃんと伸びて、何もかも見透かしているとばかりの余裕がある瞳は変わっていない。
「やあ、レオン」
「よう、オルト」
しゃがれた声。
しかし、3人がそうして俺を待ち受けている光景には、相変わらずの神々しさを感じられた。
「わたしはもう、この通りだというのに……キミは若返っているじゃないか。老いの苦楽を語り合おうと楽しみにしていたのに」
「悪いな」
「そこへかけなさい」
「それより……誰か、分かるか? これ」
「フィリアかい?」
「当たり。ちぇっ、つまんねーの」
一発で言い当てられたのが驚きなのか、フィリアは僅かに目を大きくしていた。ソファーへフィリアと一緒に座るとファビオが茶を出してくれた。
「それで……何の用事だろうか? 今さら、化けて出てきたというわけでもないのだろう?」
「ああ。ファビオとソルヤの知恵を借りたい。オルトなら力になってくれるだろうと思って、わざわざ頼りにきたんだ。フィリア、お前の口から色々、説明してくれ。俺はさっぱりだから」
「……分かった」
フィリアが俺がここにいる理由を喋り始めた。
話題が禁忌の魔法について触れた時、ファビオの表情が険しくなった。エルフの里へ侵入したという話では恐ろしい顔になっていたが、俺が何か言う前にオルトが無言で手をあげてファビオを制していた。
次元の穴とやらを通ってきた結果、俺の体が縮んだ。また次元の穴を通る時にこの現象が起きない方法を模索しなければならないことと、30年前に戻って戦略魔法をどうにかしなければならないことも教えた。
オルトはたまに口を挟んでは細かいところを根掘り葉掘り尋ねた。エルフの従者2人は黙っていた。俺は途中でセラフィーノがいないことに気づいて、どこにいるんだろうかと考えていた。
「面白い話だ。ソルヤ、時間移動についてフィリアに知恵を貸し、協力してあげなさい」
「分かった」
「それから、話に出てきたナターシャというエルフについては、どうなんだい? ファビオ、知り合いだったりするのかい?」
「直接の知人ではありませんが、里にいた者でしょう」
「知ってんのか?」
「……類稀なる早咲きのエルフであった、と言われていた。だが生まれて10年にも満たぬ内に里から消えた。我々よりも生まれるのが早かったはずだ。面識はないが、そういう者がいたというだけは知っている」
「どれくらいだ? 何歳くらいになる?」
「……300か、400」
「アバウトだな」
1世紀は違うぞ、それだと。
エルフの時間感覚ってのはほんとにもう……。
「とにかく、夕食にしよう。古い友に会えて、わたしは嬉しく思うよ」
「見た目以外は大して変わってねえようで俺も安心してるよ」
「ふふふ……」
「ところで、セラフィーノはどうしてるんだ?」
ファビオに支えられて立ったオルトが、セラフィーノという言葉で僅かに険のある顔をした。
「オルト……?」
「…………」
「おい」
「セラフィーノは、死んだ」
黙っていたオルトに代わるように、ファビオが答えた。




