巡り合わせの銛
キャスは銛突き漁の真っ最中らしく、波打ち際の岩場で海面を見つめながら歩いていた。
「あ、あー……えーと……漁師さん」
声をかけてみた。
が、聞こえなかったらしい。尻込みしているのが声にも出てしまったか。気づかれてもいない。やっぱりよしておこうかと振り返ると、隠れているフィリアにしっかり観察されていたのが分かった。
咳払いをして、リトライ。
「そこの漁師さんっ」
今度は気づかれてキャスが顔を上げてこっちを見た。誰、みたいなきょとんとした顔。それから、俺が子どもと見て笑みを浮かべる。
「どうしましたか?」
あ、完璧にこれ子ども扱いされてる。
フィリアに見られながら子どものふりってのも、ちょっと――いやかなり恥ずかしいな。でも子どもっぽくしないとキャスに不審がられそうだし、何だこの葛藤。
「……えーと、い、いい銛だね」
「これ? いいでしょう?」
「キモい魚、仕留められるんでしょ?」
「キモい、魚……。ああ、いっぱい目のある?」
「そうそう」
「うん、そうだよ? それがどうかした?」
どうもしません。
何でもいいからって何を喋ればいいんだよ、フィリア……。
「…………」
「何か、用事があるのかな? 言ってごらん?」
近くまで来たキャスが中腰になってほほえみかけてきた。
「……人を、探してるんだ」
「人?」
「黒い髪の毛の、えーと……オッサンで」
「オッサン……?」
「長くて黒い槍を持ってる。背が高めで、それで……」
あと俺の特徴って何だ?
自分で自分のことはちゃんと見ないから、いまいち分からん。
「その人の名前は、何て言うの? この近くにいるなら、おばちゃんも一緒に探してあげようか?」
「ここら辺にいるかは分かんないんだけど……名前が、れ、レオンハルトって、言って」
思わず唾を飲み込んだ。
キャスはどんな反応をするんだろうか。
しぱしぱと瞬きをして、それからゆっくり目を開いていって。口が、動く。何?
「レオン……ハルト?」
「そ、そう」
「探してる、の……?」
「海が好きな人で、魚を獲るのも上手だから……こっちの方に来てないかなって、思って?」
「ど、どこかで見かけたりしたの? どうして探してるの?」
どうして?
どうして、ってそりゃ、別に探してねえし、ただキャスにちょっと淡くて儚い希望があるって言いたくて口から突いて出ちゃっただけだからそんな設定はしてないんだけど何かまた出任せた方がいいんだろうか。
「ええっと……」
「そう言えばキミ……何か、レオンに、似てるような……?」
えっ、嘘?
金髪になってるのに?
俺のちっちゃいころなんてキャスは知らないはずなのに?
「……あー、えっと……あの……その……」
「もしかして……キミって……」
そんなにじっと見つめるなよ。
バレたくはないんだ、何かちっちゃくて情けない姿だし、嫌なんだ。お願いキャス、いい娘だから。
「レオンの、子ども……?」
斜め上キタっ!?
「そうじゃない? お父さんのこと探してるの?」
「え、あー……」
「そうだよね? だって、目とかそっくりだし。顔も何だか似てるし!」
勘違いが加速してるゥッ!
「……レオンが、やり逃げ……」
違うよ、キャス!
それは誤解だ、勘違いだ!
俺はエノラに一筋だったんだよ、本当なんだよ! ていうか、キャスからやり逃げなんて言葉が出てくるのが衝撃的だよ! そりゃもう子どもじゃないってのは見た目からも分かりはするんだけど!
「でも……そっか……そうなんだ……」
何を納得してるの?
ねえ、確かに金髪姉ちゃんもそそられるか、そそられないかなら、そそられちゃうけどでも浮気はしてない。するとしても素敵な尻尾のー―じゃあなくて、俺はそこらの女を孕ませて行方を暗ませるような無責任ヤリチン野郎じゃないんだよ、キャス!!
「あの、違うから――」
「ううん、いいんだよ。何も悪いことじゃないから、キミは」
だからさあ、キャス!!
「じゃあ……これ、あげる」
「へっ?」
銛をキャスが差し出してきた。
何で? あげるって、そんな簡単にお前さん……。
「この銛はね、会いたい人と会わせてくれるんだよ」
「会いたい人と……?」
「うん。夢の中に出てきて、話ができるようになるの。大好きな人と、会いたい人と。わたしは、じーじ――おばちゃんのおじいちゃんとしか、お話したことはないんだけどね」
そう言えばこれは、アーバインにもらったとかじいさんが言っていた。
会いたい人と会わせてくれる、銛。でもアーバインの武具は選ばれないと効果を発揮しないって聞いてるしな。じいさんはアーバイン本人からもらったんだから、何かしらはあったのかも知れないけど、にしたってそんなの口走ってたことはなかったはず――いやもしかして、学院時代にオルトに呼び出しをくらって一時帰宅したりとか、学院を卒業してからもう会わないだろうって思ってたのに、ジェニスーザ・ポートでばったり出くわしたのは、この銛のパワー? じいさんの息子のカークっていうのも遥々、じいさんを探しに来て会えちゃって、あの小屋を離れていったわけだし……。
いや、偶然、だよな?
でもそうとも言い切れないような……? フィリアだってキャスが俺に会いたがってたとか言って、今、俺は俺だって明かしちゃいないけどこうして会えてるわけなんだし?
「はい、もらって」
「……漁師なのに、こんなのもらったら……」
「何を使っても一緒だよ。……それに、ちゃんとお父さんに会いたいでしょ?」
ええ娘やな、キャス。
じいさん、キャスはこんなに立派になったよ……。
「……本当に、いいの?」
「うん」
そんなあっさりと……。
差し出されて、押しつけられて、受け取ってしまった。すげえ久しぶりに、銛を手にした。会いたい人に会える銛。本当なんだろうか。じいさんとキャスはこの銛の力にあやかれても、俺はあやかれないんじゃあるまいか。
「気をつけてね、お父さん探し。それがあれば、絶対に会えるから」
「……う、うん」
ほんとかね。
いやでも引き寄せの法則なんてものがあったような気がする。オカルトチックに感じるけど、魔法なんてもんがある時点でもう何も言えないのか。
キャスに手を振られて、立ち去る。
離れたところで監視していたフィリアに近づく。
「……喋ってきた」
「どうして、それを受け取ったの?」
「まあ、うん……色々、誤解に誤解が重なってな……。フィリア、お前なら、分かってくれるよな? 俺、浮気とかしないって信じてくれるよな?」
「したの……?」
「してないっ。……行こ、レヴェルト領。メルクロスか、ノーマン・ポート」
「うん、じゃあやる」
キャスが元気そうで良かった。
でも、独り身なんだろうか。それだけちょっと、気になった。フィリアが何故かフェオドールの魔剣を取り出し、それを握り締める。陽炎のように色味だけが淡く揺らめき出すのが見えた。これで転移とやらができるんだろうか。
「――ねえ、ねえっ」
キャスの声がした。
こっちに来ていた。フィリアも気がつく。
「あれっ、フィリア……?」
「っ……ち、違う、から」
あれ、えっ?
フィリアがバレた? 髪の毛の色も変えてるのに?
「もしかして、キミって――」
「い、行くよ!」
揺らぎが濃くなった。
キャスが俺達を見ている。
「もしかして、レオン、本人――」
その声を最後に、足元が抜けるような感覚がした。
それで気がつくと、落ちた。ほんの10センチちょっと浮かび上がっていて、そこから落ちたが予期していなかっただけに尻餅をついてしまった。石畳が尻に痛い。
「…………」
「…………」
とりあえず立ち上がり、フィリアと目を見合わせる。
「バレた……?」
「バレた、かも知れない……」
見つめ合ってもフィリアはかわいいな。
「……ま、いっか! さて、懐かしのメルクロスだ。オルトのやつはどんだけ老けたか、見物だな。もう70歳とかそれくらいになってんのか? よぼよぼだな」
気を取り直して、メルクロスを歩き出した。
レヴェルト邸は変わらずに高いところに佇んでいた。




