剣闘大会
「本当に、出るのか?」
「出まーす」
「はい、出場します」
担任のエジット教官は自分の受け持ちが剣闘大会へ出ることに、あまり良い顔をしなかった。それでも、出ると言われれば止める権利はないのか、分かったと唸るように返事をする。
「出場するからには最善を尽くすように。
模擬戦では危険と判断されれば割って入ることもあったが、剣闘大会では降参、場外、あるいは戦闘続行不能とみなされるまでは終わらない。
戦闘不能の一撃とともに死ぬのも珍しいことではないぞ、調子に乗らずに気を引き締めてかかれ」
マティアスに剣闘大会へ出るのかと尋ねたら、当然のように頷かれた。俺もオルトに出ろと脅迫されたと言うと、若干顔を苦くしたが、それならばと一緒にエジットを捕まえて、参加表明を伝えた。
「剣闘大会は序列戦の前哨戦のような意味合いもあるんだ。
ここで上位へ入れれば、序列戦ではシード権を獲得することに繋がる」
「ロビンにもう聞いた」
「……そうか。まあいい。
僕は腕試しなんてぬるい気持ちで挑むわけじゃない。今年の序列戦に参加するためにも結果を残す」
「ん? 序列戦に、参加するため?」
「ああ、そっちは知らないのか。序列戦は参加したいと言えば誰でも参加できるわけじゃない。
優秀な成績を収めている上級生の一部や、騎士養成科の教官の推薦、魔法士養成科の講師の推薦がいる。
この条件を満たせずとも、剣闘大会、あるいは魔法大会で上位入選することでも参加権を手に入れられる」
ほほーん?
序列戦が甲子園で、剣闘大会と魔法大会は地区予選みたいなもんか? いや、春の選抜戦か? ビミョーに違うか。
「序列戦で1位というのは学院で最高の名誉だ。
この学院で学び、鍛錬し、序列第一位となる――それは騎士団入団後もついて回る、最初の功績にもなる」
「出世コースってやつ?」
「俗な言い方ならばそうなるだろう」
「ふうん……」
「歴代の騎士団長のほとんどが、序列第一位を獲得しているほどだ。
お前もレヴェルト卿に期待されているんだ、序列第一位を手にするくらいの気概を持て」
「別に俺は注目されようがどーでもいーんだよなあ……」
「本当にキミは人をコケにするためだけにここへ来たのか?」
「有り体に言えばな」
「……キミってやつは」
もうその文句は聞き飽きた。
やれやれ、みたいな感じに多用するなっての。呆れられるのは分かるけど。
「でもマティアス、出るって心意気は分かるけど……お前じゃムズいんじゃねえの、実際」
「確かに好成績を収めるのは難しいかも知れないが、やってやれぬことはない」
「おお、言うじゃんか」
「キミは本当に上から目線だな?」
「まーな。いやー、生まれつきなんだろうな」
「いつか、キミが同年代にこてんぱんにやられるところを見てみたいよ……」
「やってみやがれ」
「何を余裕に構えて言ってる、模擬戦で僕はキミに勝ってるんだぞ? すぐに追い抜いて、差をつけてやるさ」
「負けねえけどな」
「望むところさ」
食堂で昼飯を突つきながらの気安い会話。
ジェルマーニとネグロを、マティアスとロビンがぶちのめしてからは鬱陶しかった嫌がらせもようやく終息を迎えた。とは言え、マティアスほどすぐに、それに迎合できるようなやつは多くない。
だがストレスは激減だ。
変な目え向けられようが睨み返せば消える。ちょっかいを出すのも自重するくらいには怖がられるようになった。
今さらだが身の程を知ったようで何より。
それでも別な方向にバカを考えを起こすやつはいるようで、
『おいレオンハルト、お前を部下にしてやってもいいぞ』
みたいなアホな誘いをするやつがいた。
すっかり忘れ気味だったようで、オルトのことを持ち出せばほとんどは苦い顔で引っ込んだ。レヴェルト家ってすげえんだな。
オルトの後ろ盾がなくってもマティアスがクラス内の家柄では最上位だからどうにかなりそうだったが。
ちなみにこの誘いについて、マティアスが言うには
『彼らもようやく、人を従えることも貴族として大切な能力だと気づいたんだろう。
レオンのように腕が立つ者ならば手に入れれば役立つ、ってね。
キミからすれば理解しがたい、面倒臭いことかも知れないが人との繋がりは強力な武器だ。
その強力な武器としてキミを認めたのだと思えば、そこまで毛嫌いすることもないんじゃないか?』
とのことだ。
俺から言わせりゃ、友達になりたきゃ目線を合わせろってもんだ。
何を上から、してやってもいい、だっつーの。そういうとこがいちいちカチンとくるんだよな。
「あれ、次って何だっけ?」
「歴史だ」
「あー……そう、歴史……」
「キミが実技は優秀なんだ、座学もまじめに取り組め」
「眠くなるんだよな、メシの後って」
「……はあ」
メシを食ってから早めに教室へ行き、仮眠を取った。
マティアスは文句をつけたそうな顔をしていたが、ちくりと「昼寝のいる年か」なんて言う程度だった。
剣闘大会の組み合わせが発表されたのは翌週だった。
学院の玄関口には巨大な掲示板があって、そこにトーナメント表と出場者に振られた番号の照会表が貼り出された。
前年度の序列戦の結果に基づいて、強いやつから順番に番号が割り振られる。氏名と学年と科が併記される。序列戦の次は、前に開催をされた剣闘大会の結果に基づいて、これも強いやつから順番に。で、大した結果を残していないやつ以降は学年順。最後に騎士養成科の3年生未満と、魔法士養成科の出場者。
だから俺もマティアスも、ついでにロビンも番号はかなり後ろの方だった。
そして、その番号がほぼアトランダムに割り振られたトーナメント表がデカデカと掲示される。若い番号の――つまり、実績のあるやつだけがシード権を持っている。厳密に何番まで、というのは例年ないようで参加者数に応じて変わるらしい。こういうの考える人は面倒臭そうだな。
「僕が320番で、キミが321番か」
「覚えやすくて良かった……元気があれば、だな。よーし、3! 2! 1! ダー!」
「ダー?」
「……何でもない」
後ろから3番目だから324人も出るってことか。
なんて見てたら、その324番がロビンだった。ちゃんとエントリーしたんだな、あいつ。偉い。
「ロビンが324番みたいだな」
「僕らの中で、真っ先に負けた者が1番上まで進めた者におごるというのはどうだ?」
「ロビンを食い物にしやがって、こんにゃろう」
「キミこそ、その物言いだとロビンが真っ先に負けることになるじゃないか」
「……さーて、何をおごってもらうかな」
「白々しいぞ」
とりあえず、初戦の相手の番号を見る。
その番号で対戦相手を確認する。78番。二桁台ってことは6年っぽい。
「78、78、78……あった。騎士養成科6年……あー、ドンピシャか」
「いきなりか、運が悪いな?」
「お前は?」
「僕の相手は159番。5年生だ」
「お前も運悪いじゃんか」
「こうでないとやり甲斐がないさ」
「それについては同感かもな」
「レオン」
「ん?」
「順当に勝ち進めば、僕らは準決勝で鉢合わせることになる。
その時を楽しみにしていよう。僕はこれから特訓だ、失礼するよ」
見事な負けフラグを立てて、マティアスは行ってしまった。
でもこの負けフラグって、俺かマティアスのどっちかが消えるってことだよな。……マティアスだろうな、うん。俺の方が強えし。
あんまり乗り気じゃなかったが、こうして目に見える形で近づいてくると興奮するものもあった。オルトに良い報告ができるよう、俺も魔技の練習でもしておくとしよう。




