失意の出立
動いて問題がないほどには傷が治った。
が、何もする気にはならなかった。
「……あなたはずっと、ここで枯れ木のように暮らすつもり?」
「邪魔だっつうんなら出てくよ……」
ある日の朝、フェーミナに言われてしまった。
本調子には遠いが歩くくらいならもう大丈夫だ。捨てられないから拾ったってだけで、治ればもうここへいる意味もなくなるっていうもんだ。
どーせ、行き場所なんかなくてどっかへ野垂れ死ににいくようなもんだろうけど。
「ヤケになってるの?」
「あ?」
「何故?」
「出てけばいいんだろ。分かったっつーの……」
ベッドを立とうとしたらフェーミナがパンを投げてきた。片手で掴む。
「出ていけとは、一言も言っていない」
「じゃあ何だよ? いつまでいるんだってニュアンスで俺に言ってきたろ。出て行かせるんじゃなきゃ、単なる嫌味か?」
「……どうしてそうやって喧嘩腰になってるの?」
「何故、どうしてって多くねえか、お前? 分かるだろ? 苛つくこと言いやがって……」
パンをかじる。
態度悪いな、と自分で自分に思う。
だけどそれが、自己嫌悪を加速させる。
「未来へ来ることができたなら、過去に行くこともできる」
「……あ?」
「未来へ来た影響であなたの体が縮んだのなら、まずはそれを直す方法を探さないといけない」
「何言ってんだ?」
「わたしは、過去に行ってみたい。だから協力してほしいと思っている」
「俺にできることがあるのかよ?」
「それは分からないけれど……あなたは悔やんでるんじゃないの?」
「だったら?」
「やり直せばいい。過去に行って」
やり直す?
んなことできるかっつーの。
「……アホ抜かせ。過去に行くだ? できるかよ」
「現にあなたは過去から未来へ来ていることになる」
「一方通行だろ。時間は進むんだ。何がおかしい。ちょっとジャンプしちゃっただけだ。過去から未来なんて当然だろうが」
「でも普通の方法とは違うやり方で来た。同じ方法で過去にも行けるかも知れない」
「ムリだな」
「どうしてそんなに否定するの?」
「ムリなもんはムリだろ」
「過去に帰れたとして、何もできないって思うから?」
胸と言葉が詰まった。
言い返すことができない。それに戻れたところで俺には何も救えない。
アイナを殺さないとディーは死ぬ。
だが、アイナと戦っている間にエンセーラムが滅ぶ。
どうやっても、ムリだったのだ。どれだけやり直す機会があったとしたって――いや、そんな機会もどうせないだろう。
「わたしは過去へ行きたい。そこでやらなければいけないことがある」
「……やらなければいけないこと?」
「そう。だからあなたには協力をしてもらわないと困る」
「あっそ……。俺は困りゃあしねえよ」
「エンセーラム王国はもう滅んだ。だけど、それに巻き込まれずに済んだ人はいる。……そこまであなたを連れて行ってもいい」
「やめろ……」
「惨めな想いをするから?」
「っ……何なんだよ、お前はさっきから! ずけずけずけずけ、好き勝手なこと言って!」
「わたしは、わたしの為すべきことをするためにいる。レオンハルト・エンセーラム、喪失感で今は無気力になってるかも知れない。けれどそれじゃ本当にあなたは、ただの穴空きだ」
「そうだよ俺は穴空きだ、放っとけよ!」
「違う」
「違くねえよ!」
「穴空きレオンは空虚じゃなかった。あなたに空いている穴は、誰かの感情を汲むためにあった。だから人はあなたを王と認めた。人の弱さを、挫折を知っていた。それでも何度も立ち上がることができたから、穴空きレオンは王になった」
俺を睨みつけてくる瞳が、誰かと重なる。
でも、やっぱり分からない。誰だ、知っていると思うのにハッキリしない。
「お前は……俺の何を知ってるんだ?」
「エンセーラム王のことは10年間、調べてきた。どこで足跡が途絶えたのか、何をしてきたのか。それだけでしか知らない」
「何で……調べた?」
「……ただの、興味」
違うな。何かを隠してる。
でも何を?
「都合良く体が縮んでいる。それでも、30年前までのあなたを知っている人に、本人だとバレたくないのなら分からないようにする準備がある」
「……会ったとこで、どうせ恨み節しか出てこねえよ」
「会ってみないと分からない」
「…………」
「怖いの?」
「今さらだ……。30年経ってるんだろ……」
「キャスは元気に暮らしてる」
キャス?
キャスって、キャスか?
あのちっちゃい女の子が、まだ?
でもそうだ、メーシャと一緒に旅へ出てたんだ。
「マレドミナ商会にはあなたの教え子がいて、各地で商売をしている」
商会も、無事?
だったらセシリーも、ヤーゴやスハイツ、ジェネもいるのか?
「他にも、難を逃れた人はいる。落ち込む時間はもう終わりにしてもらいたい。会えばきっと、あなたは奮起せざるをえなくなる。それまでが億劫なら、わたしが首に縄をつけてでも引っ張っていっていい」
生きてた。
でも俺は何もできずに、守れやしなかった。
それでも……。
「居場所が、分かるのか……?」
「分かる。会いたい?」
「……会いたい」
皆、なくしたと思ったのに。
まだ生きてくれていたやつがいる。
「じゃあ行こう」
この女は、何者なんだろうか。
不思議と他人のようには思えないが、覚えはない。フェーミナなんて名前の、黒髪の女は知らない。いや、30年も経っているのにこの年だ。知っているはずもない。でも、何故か――。
「あなたは槍の達人だったと記憶している。黒槍ニゲルコルヌは、あなたの死体とともに放置されていたのを回収しておいた。道中はこれを使ってもらいたい」
「ニゲルコルヌ……残ってたのか。でも、フェオドールの魔剣は? なかったか? 火を吹く長剣だ」
「なかった」
「……そうか」
旅支度を整えてもらった。
ニゲルコルヌは30年の時を経ても変わらずにあった。柄に巻かれているサラシ布が違うものになっているのに年季が入っている。だが刃こぼれもなく、曲がってもいない。
推定11、2歳になってしまった体で持てるかは不安だったが、問題なかった。不思議だ。目線も低いし、手足も細っこくなってしまっているのに、筋力なんかは対して変わっていない。むしろ、このくらいの肉体年齢だった当時にはなかった傷までしっかりついている。
フェーミナは次元の穴を通過してきたことによるリバウンド云々と小難しいことを呟いていたが、俺にはよく分からないことだ。
「ここは、どこなんだ?」
「クセリニア大陸アイウェイン山脈の南部にほど近い山麓。海側」
ずっと休養をしていた小屋から、初めて外へ出た。遥か遠くに海が霞んで見え、振り返れば聳えるアイウェイン山脈があった。周りは淡い緑が溢れている。
「不便そうなとこだな……?」
「人が来ない方が、都合が良かった。近くの街までは徒歩で半日あればつく」
意外と近いのか。
「まずはディオニスメリア王国を目指す。キャスはそこにいるから」
「分かった」
「ジェニスーザ・ポートにはマレドミナ商会の支部がある。そこの支部長はあなたの教え子だったはず」
「あのチビどもが……支部長?」
「30年経ってるというのを忘れないでほしい」
そっか、もう、いい年になってるのか……。
生きてたら、俺だって還暦間近になってたわけだし……。
「……船代とか、あるのか?」
「問題ない」
「そうか」
「密航ルートは確立してある」
「は?」
さらっとフェーミナはそんなことを言って歩き出していた。
こうして俺とフェーミナは旅へ出た。




