昔の話をしよう
昔の話をしよう。
ざっと30年ほど昔の話である。
暖かい海があった。
そこには4つの島が寄り添うように浮かび、1つの王国を築いていた。
その国は興ってから10年にも満たぬ内に壊滅的な被害を受けて消えることとなったが、それまでは平和な国だった。自然が満ちあふれていた。海には鮮やかな魚が泳ぎ、サンゴ礁が広がっていた。森には生命の営みが残り、清浄な空気がそこにあった。島に暮らす人は暮らしに満ち足りて、些細なケンカはあっても重大な事件などは数えるほどしかなく、手を取り合って過ごしていた。
その国の王は、穴空きだった。
世間で穴空きレオンと語られている人物こそが、その国の王だった。
王に資格があるのであれば、それは何であろうか。
威厳か。
その者を見ただけで畏怖し、震え上がるような存在感こそが王の風格であるのか。
政治的手腕か。
自ら治める国にルールを作って厳守させ、住み良い国を作り上げて尊敬を集めてこそ王であるのか。
横暴さか。
こうするのだと決めて周囲を動かし続ける、人の流れの渦巻きを発生させられる者が王であるのか。
わたしは知っている。
穴空きレオンにはいずれも備わっていなかった。
威厳は皆無だった。
慕ってくる子ども達が背後に回ることには並々ならぬ警戒心を持っていた。そうでもしないと両手を合わせて立てた4本指が尻に突き込まれかねなかったから。王であっても家庭があり、そこでいつも彼は娘の気を惹くことに執心であったし、妻との仲は良好だったが常々叱られるようなことをしては粛々と諭されて肩身を狭くしていた。そんな男に威厳などはなかった。
政治的手腕など持ちようがなかった。
そもそも彼が国を興せたのは空からパンが降ってきたようなもので、国の宰相となった女性に担ぎ上げられただけだった。どうして彼が担ぎ上げられたのかは明らかではないが、彼は政に関しては宰相を重用して何でも相談をしていた。その国の政において、彼はシンボルとしての王でしかなかった。
横暴さというのは多少持っていたかも知れない。
しかしそれは暴君が発揮するものではなく、希望という形で提案をする程度でしかなかった。彼が特別に力を入れていたのは初等教育だった。その国の子どもは誰もが読み書きをでき、使いどころを疑うような算術も身につけていた。それが早ければ9歳までに終わってしまい、10歳の子どもとなればあちこちで立派に働くことができた。この教育を彼は自ら教壇に立ちながら推進していった。
しかし、彼は紛れもなくその国の王であった。
国民は言い方に差はあれ、そう認めていた。
国交のあった外国においても、この王にしてあの国があると認められていた。
何が彼を王たらしめたのか。
おかしな話だが、人々がそう認めたからであっただろう。彼は確かに最初、王として名乗りだした。しかしその態度は王とはかけ離れていた。王ではなかった。だというのに、人々の方から彼が王であると認めたからこそ、彼は王となった。
王は、王による素質から王となる。
彼は自らにその素質を持ち合わせていなかったにも関わらず、様々な人に見込まれ、慕われて王に押し上げられた。
正直、理解しがたい話である。
自分で考えておいてなんではあるが、熟考を重ね、迷走に次ぐ迷走を経て、このように辿り着いてしまった。だが考えなければならないことだった。
30年前、その国は滅んだ。
厳密にはほんの数人のみが生き残ってはいたが、国として存続できようはずもなかった。だから滅んだということになっている。
しかし認めがたいことだった。
かの王はその時、いつものようにどこかへ姿を消していたが、戻ってくることはなかった。国とともにぱったりと行方を暗ませたきりだった。だからわたしはその足取りを追い、行方を掴むことに成功した。けれど見つけたのは、かの王が死んでいたという事実であった。
そこに残されていたのは穴空きレオンのトレードマークでもあった漆黒の槍と、突き刺さった地面を焦がす長剣。そして骸骨だった。右手にはまった銀色の指輪には見覚えがあった。骸骨の首からぶら下がっていた笛はよく知るものだった。
どうしてこんな場所で死んでいるのかと、見つけた時は思った。だが思い出してから、納得した。
全ては仕組まれていたのだった、と。
諦めることはできなかった。
認められなかった。
あの国のことは朧げにしか、もう覚えていない。
だが好きだった。母と一緒に歩いた島のことを覚えている。声をかけてくる知らないおじさんを覚えていた。たくさんの尻尾が集まるお店を覚えていた。好きな人がいた。大切な人がいた。愛しい人がいた。嫌いな人がいた。
取り戻すのが使命だと思った。
じゃあどうやって取り戻せばいいのか。
すでに人は死に、記憶は色褪せている。でも、あったはずのものなのだ。あそこに、国はあった。人が暮らしていた。過去にちゃんとあったのであれば、その過去へ行けばいいと2日で思い至った。
禁忌の魔法というものがある。
瞬時に場所を移動してしまう魔法や、あの国を一撃で消し去った戦略魔法と呼ばれるもの。それらの研究から始めることにした。
危険な橋を渡り歩いた。どこへでも忍び込んで禁忌の魔法について調べた。時間を行き来する魔法があれば良かった。それで過去に向かい、戦略魔法を使った何者かを討ち取ればいい。穴空きレオンを手にかけた何者かを討ち取ればいい。
穴空きレオンさえ戻っていればきっとあの国は助かった。
王が死したからこそ、国も滅んだのだという非論理的な考えがいつしか頭にこびりついて拭えなくなっていた。忍び込んで、盗み取って、研究して、追われ、そうして禁忌の魔法を調べ回った。
そうしてあの日から30年が経って、ようやく準備が整った。穴空きレオンが残していた黒槍と長剣はよく役に立った。どちらも頑丈だった。黒槍は重くて最初は扱えなかったが、振り続ければ使えるようになった。長剣は魔剣だった。恐ろしい力を蓄えていたが、これがあったからこそ研究成果を確かめることができると言って良かった。
この魔剣は強い力や、大きな力を求めて際限なく喰らい蓄える。何があったのか、膨大な魔力が宿されていた。最大出力の戦略魔法が1発分。そして複数の神の加護の力まで。さらにわたしが使い続けて、魔力を喰わせ続けてきた。時間移動は可能なほどの魔力になっている。
「今、行く……。待ってて」
森の中で、魔剣を地面へ突き立てる。
「次元よ、開け!!」
暴食の魔剣の魔力を使って次元の穴を穿つ。
その穴に凄まじい風が吸い込まれていく。ここから、飛び込めばいい。
大切な人を。
愛しい人を。
好きな人を。
嫌いな人を。
わたしが、まとめて救ってやる。
一歩、踏み出した時に風向きが変わった。
何で。突風に今度は吹き飛ばされそうになった。暴食の魔剣がガタガタと震えている。何だ、あの反応は。まるで喜んでいるみたいな――?
何かが穿たれた次元の穴の向こうからやって来る。
身構えるのと同時に穴から吹き出てきて、そのまま塞がってしまった。出てきた何かにぶつかって尻餅をつく。べたりと、赤いものが付着した。黒い髪の毛。背中の肉が焼けたのか削がれたのか、とにかく薄くなって血に覆われていた。まだ、息がある。
「……しっかりして」
「ぅ……」
生きている。
回復魔法をかけるが、効果が薄い。これは、魔力が外に流れ出てる。穴空きだ。
まさか。
暴食の魔剣が呼び寄せたのは。
「……お父さ、ん……?」
レオンハルト・エンセーラム。
だけど、じゃあどうして――こんなに、小さいんだろう?
どう見ても、これじゃあせいぜい12、3歳くらいにしか見えない。




