命は生まれて死んでいく
産声がした。
産婆さんが赤ちゃんをお湯へ浸からせる。
「リアン……ありがとう……」
「泣かないでください。もうお父さんでしょう?」
産まれた。
ちゃんと産まれて、泣いた。
男の子だった。
まだ短い尻尾と、今はつぶれてる耳がある。獣人族の男の子として産まれてきてくれた。それが嬉しくて胸がいっぱいになる。
「ところで、リュカが地下室へ走っていったようですが……」
「あっ……そ、そうだった」
普通じゃなかった。
でももう産まれる寸前だったから確かめなかった。
地下室の扉へ近づき、開ける。
瞬間、血の匂いがした。焼けこげた匂いも。まさか、シオンが。
「ロビン?」
「リアン、僕が10分戻らなかったら……急いで離れて。逃げるんだ。離れる準備して」
「どうかしたんですか?」
「お願い」
階段に入り、ドアを閉めた。
閉錠魔法も念のためにかけて階段を降りていく。血の匂いが濃くなる。音がする。血に混じり、汗の匂いもする。この血の匂いの濃さは――。
「……っ」
リュカが仰向けに転がっていた。
鎖と魔法の縛から自由になっているシオンが、手にカルディアを持っている。左手にはリュカの剣も。
おかしい。ジャルのカルディアは僕がちゃんと封印している。物理的手段をもってもあれを取り出すことなんてできないのに。
「シオンっ……」
「……自分はアインスです」
リュカの胸が、抉られている。
白目を剥いている。
そんな、リュカが、こんなことになるなんて――。
「殺害します」
カルディアを手にしたままシオンが剣を向けてくる。アーバインの剣を抜く。吐き気がするのをこらえる。リュカはもう、あの傷じゃあ助けられない。どうしてリュカをこんな殺し方――いや、もしかして。
まさか。
まさか、でも。
「リュカから……カルディアを……?」
常人離れした魔力容量をリュカは持っていた。
リュカの胸は血に覆われているけれど、ぽっかりとその中身が消えている。心臓を抉り出したんだ。それがカルディアになって、シオンの手の中にある。
「あなたは確実に、殺害します」
シオンが躍り出た。
幅広の古くも頑丈なリュカの剣を繰り出してくる。アーバインの剣で受け止め、アクアスフィアを放った。それを瞬時に凍結させてアーバインの剣を叩きつけて粉砕。
「ロックサンド!」
さらに土魔法を放つ。吹き飛ばした先のシオンがせり出した壁に挟まれる。だがリュカの剣をつっかえ棒にして稼いだ僅かな時間で抜け出た。剣が引き抜かれると同時に壁がぶつかり合って揺れた。
不規則な軌道でシオンが剣を振るう。足元から土棘を突き出させてその攻撃を止め、アーバインの剣を振り下ろした。シオンの右肩に深々と叩き込む。肩まで確実に粉砕した。自分の不死性を武器にしている。だからガードは疎かになっているという読みは当たった。その手首を掴んで力任せに右腕をちぎり取った。
「プロテクトキューブ! プロミネンス、ロアっ!!」
シオンを閉じ込め、その中にプロミネンスロアを放つ。
紅蓮の爆発が内部で荒れ狂っている。
シオンが手にしているカルディアがリュカの胸から出たものなら、死なないはずだ。これさえ僕が持っていればリュカはきっと、回復する。ジャルのカルディアに刻まれていた契約の魔法紋を脳内に描き出す。
ぶっつけでやるしかない。
握り締めたカルディア。手の中のそれに魔法紋を刻み込んでいく。ジャルのものと同じにしてしまったらリュカはこれを手にした人の命令を効くしかなくなってしまうから、契約の内容を変える。契約は一方的ではなく双方向。カルディアを用いてリュカと誰かの合意がなければ命令によって縛ることはできなくする。
じりじりとカルディアに魔法紋が刻み込まれていく。
もう少しというところで、プロテクトキューブが破られた。シオンが肉も骨も焼けた姿で立つ。
「っ……」
「それは主のものです。返してもらいます」
「ナターシャが主だって言うの?」
「……答える必要はない」
カルディアを手放したら、魔法紋が完成しない。
魔法だって、今は魔法紋を刻んでいる最中で使えない。
シオンが剣を振り回してくる。見切ってかわすのは難しい。シオンの剣は独特の動きで惑わしてくる。予測をしようとすればするほど、普通の剣筋と錯覚して違うところを斬られる。そういう剣だ。
だから振り切られる前に止めることにした。カルディアからは手を放さず、振りかぶったところへ体当たりして噛みつきながら一気に押し倒す。密着していれば剣を振り回すことだってできなくなる。少し引っかかれるくらい問題ない。殺すつもりでのど笛に噛みつく。死なずとも痛覚はあるのだ。怯むこともある。
もう少しで、魔法紋を刻み終える。
そうすればリュカはカルディアに縛られることもなくなるはず。
尻尾を掴まれた。引き抜かれそうな激痛がした。そこへ頭突きを食らわされる。剣を握っているシオンの腕が動く。その手首に牙を突き立てて止めると、シオンは自分の体ごと火魔法で燃やしてきた。でも、ここで口を離せば剣でやられる。早く、魔法紋を刻むんだ。焼かれようが、煮られようが。
「ギッ、ググ……!」
膝蹴りをされた。
尚も噛み続け、シオンの腕の骨を噛み砕いたのだが分かった。肉まで深々と牙は刺さっている。これで両手を一時的に潰せた。シオンの腕の肉を噛みちぎりながら離れる。目を開けようとし、開かないのが分かった。焼けた。顔が多分、焼けている。腫れてるだけだ。大丈夫。魔法紋も、刻んだ。
「はっ……はっ……」
この地下室の広さは分かっている。
シオンの匂いも把握している。耳もよく聞こえる。どこにいるかは、目が見えなくても分かる。
「これで……もう、リュカを操ることは、できない……」
カルディアは死守した。
シオンは動いていない。右腕はちぎりとり、左手首も噛み砕いた。剣は持てないはずだ。魔法でくるか。でも僕と魔法だけで戦えば分が悪いと理解できるはず。どうくる。
「……行動に変更はありません。あなたは殺害する対象です」
きた。
エアブローを浴びせて吹き飛ばした。駆け出してアーバインの剣を繰り出す。想定外の硬い手応えがして弾かれた。何で、弾いた。どうやって弾いた。すでに両腕を潰したはずなのに。この匂いは、何だ。鉄。錆びた鉄の――鎖だ。でもどうやって鎖を掴んだ。もう、腕が、治った?
鎖が喉を締めてきた。首と鎖の間に指を入れて放そうとしても、指まで巻き込んで締め上げてくる。お腹を蹴り飛ばされた。カルディアが手からこぼれる。どこに、転がった。あれが壊れでもしたら、リュカは――
右手の甲を刺し貫かれた。
背中を足で押さえつけられて、まだ首に巻きついている鎖を持ち上げられる。手を貫いた剣が引き抜かれる。背の一点にぞわりと嫌な感覚が広がる。
「死んでください――」
故郷の森を、思い出した。
あそこにだけある匂いが蘇る。
父さん。母さん。兄さん達。弟達。妹達。
集落の皆。
お師匠様。
リアンの顔が脳裏に浮かぶ。
僕との子どもを産んでくれた。苦しみながら、産んでくれた。
熱いものが背中から、お腹から、溢れ出ていく。
熱いものが出ていった分だけ、寒気が骨の髄からしみ出してくるように感じられた。
まだ、赤ちゃんの顔、ちゃんと見てないのに――。




