リュカ対シオン
徴税したお金の報告書を持ってリアンのところへ来ている。
もうすぐ産まれるらしくてお腹が大きく膨らんでいるけれど仕事はやれる範囲でやっているみたい。だけどあんまり外に出歩くと具合が悪くなったりもするらしいからって、リアンとロビンの家に次々と人がやってくることになっている。
渡した報告書をリアンは見ていた。
俺はそれを待っている。
ふと、空を見た。今日は曇り。
何だか嫌な感じがした気がした。
「あっ……」
「何? どしたの? 何か間違ってた?」
「いえ、これはこれで……っ……」
「リアン?」
「……産まれますね、多分」
「えっ?」
お腹をさすって、リアンが立ち上がろうとする。それを支えて、近くのベッドへゆっくり連れていく。
「ちょっと……空に例の魔法、打ち上げてくれますか……?」
「う、うん」
慌てて外へ出て、空に火花を放った。
ドォォンと大きな音がして黒い煙だけが残る。それを8発打上げた。あらかじめ決めておいたサインらしい。これでロビンも産婆さんも来る。家の中に戻る。こういう時に限って人がいない。
「リアン、だいじょぶ?」
「ええ、大丈夫でしょう」
何か落ち着いてる。
でも産まれるんでしょ。
「お湯を沸かしておいてください」
「お湯っ?」
「あと、そっちに多めに布を用意してありますから、邪魔にならず近いところへ移しておいてください」
「布っ……布とお湯、分かった!」
て言うか、産む側なのにリアン……まあいっか。
水を大量に出して、火にかける。それから確かにいっぱい用意されてたふわふわの布を持ってきておく。そこでドアがいきなり開いてロビンが産婆さんを背負って入ってきた。
「リアンっ!」
「おや、ご一緒に来るとは……。早かったですね」
「め、目が……回るかと思うたよ……」
「おやおや……大丈夫ですか?」
「自分の心配してってば! だ、大丈夫なの? お湯っ?」
「いえ、リュカにお願いしましたので、そこら辺についてはもう大丈夫ですよ。さあ、産みましょうか」
産婆さんいるのかなって思った。
できることはないから、家を出ていった。
家の前で待つ。
リアンはやっぱりリアンですごく落ち着いてたし、お産は大丈夫だと思う。多分、大丈夫。うん、リアンがダメになるっていう想像の方がわかない。近くの木から1枚葉っぱを取って唇に当てた。ちょっとだけ舐めてから、息を吹く。草が鳴る。笛の音みたいに。
ずっと昔に誰かがこれをやっていたのを見て、マネして覚えた。
耳元を飛ぶ羽音を大きくしたみたいな音が出る。高い音、低い音、その中間の音。
草を吹きながら待っていたら、ぽつぽつと雨が降ってきた。庭の方に回ってみると洗濯物が干してあったから、それを取って丸めながらバルコニーから上がった。置いておく場所が分からなかったけど、カゴがあったからそこに入れておいた。
ロビンが顔を出す。
「あ、リュカ、ありがと」
「うん」
そわそわしていた。
尻尾がすごくふらふら揺れてる。俺が取り込んでおいた洗濯物を畳もうとして、やっぱり戻してから戻っていく。俺の耳にもリアンの声が聞こえる。苦しそうな声だった。何だか確かに不安になる。でもリアンだし、っていうのと相まって余計に不安になる。
ちょっと気になって部屋を覗いた。
ロビンがうろたえながらリアンの手を握っていて、産婆さんが何か色々言ってる。けどリアンはおろおろしてるロビンを逆に励ましていた。変な光景だ。
そう言えばリアンが産む赤ちゃんは人間族で産まれてくるのかな。
それともロビンがお父さんになるから獣人族?
何だっけ。お父さんとお母さんと、強い方で産まれるんだっけ。
ロビンとリアン。戦って強いのはロビンだと思うけど、戦う部分以外の強さってところだとリアンが圧倒的かも知れない。あ、でもリアンって戦っても意外と普通に強かったはず。セラフィーノの誘拐事件があった時だってすごかったし、あの時なんて距離もあったのに一瞬で斬っちゃってた。ジョアバナーサの時も同じようなことしてたっけ。マネしようとしたってできないと思う。
そうやって考えるとリアンの方がロビンより強いのかも……? じゃあ人間族で産まれてくるのかな、赤ちゃんも。
でもロビンだって強いし。耳とかカッコいいし、普通に比べたら獣人族って人間族よりずっと強いし、ベニータだって獣人族の赤ちゃんを産んだんだし可能性はあるかも。
うーん……。
どっちなんだろう……?
さっき吹いていた草を出し、また口をつけた。
どっちでもいいから、早く出産が終わったらいいな。何か、リアンの苦しそうな声を聞いてるのが辛い。でも報告書のことでまだ話が終わってないから帰るのもちょっとあれだし、もういいかも知れないけどふらって消えたらそれはそれでちょっと気が引けちゃうし。
ソア、こういう時ってどうしたらいいの?
尋ねた時、ビリと体が痺れるような感覚がした。
一瞬だけソアの返事かとも思ったけど、違う。これは雷神の紋が発動した感覚だ。床を見る。この下のシオンが、動き出した?
「ロビン、どいてっ!」
「わっ、リュカっ……?」
お産をしてる部屋を横切って、その奥にある地下室への扉を開けた。飛び込むなり後ろ手に閉めて階段を駆け下りる。腰の剣に手をかけながら階段を降りきってドアを蹴り破った。ジャラジャラと鎖が落ちた音がした。闇の奥から赤い2つの光が見えた。
「シオンっ……どうやって――」
光源を魔法で作り出すと、外れた鎖の一部が溶けて切れていた。
燃やした? シオンの体にも焼けた痕がある。でもどうやって火を起こしたんだ。おもむろにシオンは首のチョーカーを掴み、ぶちんとちぎって外す。
「簡単なことです……。この魔法道具で魔力は常に放出されていた。だから漏れ出た魔力を炎に変えただけのことです」
「……そんなの、普通、できない……」
「普通ではありません。自分はアインスです」
シオンが一歩踏み出そうとし、剣を抜いた。
「動くな」
「…………」
ぴたとシオンが足を止める。
「レオンを殺そうとしたんだろ……。どうして?」
「自分は主の命令に従うのみです」
「お前の主はレオンだっただろ!」
「違います。自分はアインス、シオンという存在ではありません」
「お前はシオンだ!」
「違います」
剣の切っ先をシオンに向ける。
シオンは素手で構えた。
「どこに行くんだよ?」
「この国に住む全ての人を殺します」
「っ……そんなの、させない」
「問題ありません。あなたも殺害の対象です」
ファイアボールを放った。
シオンはそれをかいくぐってくる。ジャラジャラと鎖が引きずられる音がした。剣を振るう。鎖が巻きついてきた。それでも力ずくでシオンを剣で打ち払った。雷撃を放ち、シオンが打たれると体を痙攣させる。
どんな傷をつけてもシオンは死なないって言ってた。
だから痛そうで悪いけど、突進して剣を突き刺した。心臓があるはずの胸を刺し貫いて、石壁に突き止める。返り血がつく。
「っ……大人しくしろ、シオン」
「…………」
「俺には勝てない」
「…………」
「だから――」
「リュカ殿」
えって思った。
声色が俺の知ってるシオンに戻った。
「あなたは甘い」
下腹部を蹴り込まれた。
不意打ち。よろけて下がると、シオンが胸に突き立てられていた剣を掴んで引き抜いていた。
騙された!
よろめきながら雷撃を放つ。
それをシオンが俺の剣で打ち払っていた。剣を握っている手が土で覆われてる。土魔法だ。
あれで感電を防いだ?
「あなたの力は人の身には過ぎている。だからこそ、良い検体になる」
剣が迫る。
雷撃で止めるつもりだった。体が持ち直せていない。
サントルにもらった、俺の剣が。
俺の胸にまっすぐ――突き刺さった。