好敵手と書き、友と読む
聖竜祭の後は宴となった。
聖竜祭覇者はユベール・カスタルディ。13歳。
まだまだ子どもの域にあるというのにこれで最年少ではないらしく、記録だと10歳で覇者となったやつがいたのだ。どんなガキだかとと肩をすくめていたらロベルタだった。てことはあいつ、310歳なのか。おっそろしい限りである。
ロベルタは今回の聖竜祭に満足したらしい。
ドラグナーが腑抜けていると嘆いていたが違うんじゃないかと思ってきた。ユベールは超強かった。ドラグナーとしてはもうすでに完成されていると言っても過言じゃない。しかし、今の若いドラグナーはユベールについていくことができなかった。
ライバルがいなかった。
それをドラグナーの質の低下、という面ではなく、ユベールの競争相手がいない面で嘆いていたんじゃないかと思い至った。
聖竜祭でユベールと戦って分かった。
戦いではあったが、同時にあれはスポーツみたいな楽しさがある。勝った、負けたということも。競い合っている時だって楽しくて仕方がなかった。多分、あれはユベールという相手がいたからこそだった。
ロベルタはドラグナーを駆って戦うことに楽しみを見出し、ユベールにもそれを味わってもらいたかったんじゃなかったのか。だから俺という異分子を混ぜてドラグナーを発起させたかった。そうして腕を磨かせてユベールと対等に競い合える相手が出てくることを願っていた。
だが俺自身でもビックリだが、俺がユベールといい勝負をした。どこか硬い印象のあったユベールが聖竜祭決勝の途中からずっと笑顔になっていた。それが終わった今だって、鬱憤など全て消えたとばかりに晴れ晴れとした顔をしている。
「借りはもう、完璧に返せたよな?」
「ああ」
宴席で、ロベルタは自分のワイバーンを周囲に侍らせて酒を傾けている。レストも興奮冷めやらぬ様子でいたが、今はカスタルディ王国の子ども達に囲まれて遊んでもらっている。どっちが遊んでもらっているのかは分からない。
「レオンハルト・エンセーラム」
「ん?」
不意に改まったようにロベルタが呼んだ。
「お前は自らの土俵でないにも関わらず、その武を示した。気に入った」
「俺は男色の気はねえって言っとくからな」
「俺もそういう意味ではお前など興味の範疇に入らん。……それよりもだ、お前の国と国交を結んでやってもいい」
「……ほおーう?」
「光栄に思え」
「つっても、遠いぜ?」
「このカスタルディ王国に物理的距離などは関係がない」
ワイバーンがこんだけたくさんいりゃあ、当然か。
「どうする?」
「何か、正式な紙切れ用意してくれ。持ち帰る」
「良かろう。……我が臣民よ、聞け!」
ロベルタが腰を上げ、杯を持ち上げた。
「この度の聖竜祭において、ユベールと見事な戦いを繰り広げたレオンハルト・エンセーラム王を讃え、カスタルディ王国はエンセーラム王国と国交を結ぶこととした! 今一度、新たな朋友のために杯を掲げよ! 聖竜クリスタロフの導きに!」
聖竜クリスタロフの導きに、と唱和された。
「レオンハルト王」
ギターで思う存分に弾き語って、そろそろ寝ようかと考えたころにユベールが来た。みっともなく鼻の横にあざを作っている。男前が台無しだ。まあ俺がやっちゃった傷なんだけど。
「どうした?」
「礼を言いにきた。ありがとう。……楽しかった」
「いいってことよ」
「空の壁を破ったのは、初めてだった」
「空の……ああ、あれな」
でもすぐ後にレストもいきなりやっちゃったんだよな。
あれはちょっと癖になりそうなほど快感だった。
「でもすぐにあなたも突入してきて驚いた。ウォークスと俺の絆は、父と、父のワイバーン達にも劣らないものと信じていたのに……まさか、そっちまで空の壁を破るなんて。戦い方も驚かされたし、ピンチの切り抜け方は参考になるものがたくさんあった。色々なことを教えられた」
「お前が俺の練習につきあってくれたからだろ。それに……ドラグナーの戦い方ってやつからすりゃ、俺のは邪道もいいとこだろ? 王道で勝負することができなかったから、苦肉の策だ。参考にすることなんかねえよ」
「それでも、目から鱗だった」
何かこう、純粋に尊敬されるって少ない。
将来有望な王子様にこうまで言われるとむずがゆくなる。
「それで……エンセーラム王国とも国交を結ぶというのもあって、俺はあなたのことも尊敬していて、その気持ちを形にして贈りたいんだ」
「あんまり持ち上げるなよ……」
「来てほしい」
ユベールに連れられ、王宮に入っていった。
歩いてみるとかなり広いことが分かる。途中で気がついたが、巨大樹から拡張された空間というのは地下にまで続いていたらしい。下へ下へと階段で降りていくと、古い扉が現れた。
「ここは?」
「ワイバーンの巣だ。繁殖期を迎えたワイバーンはここへ来て、番となって卵を産み落とす。孵った卵は国で管理している」
扉を開けると、不思議な空間だった。
淡い青や緑や白の光がふわりと舞っている。周りは完全に土だが、木の根でしっかりと固められている。奥に長かった。それでいて、生暖かい。
「向こうは外だ。台地の裂け目とも繋がっていて、ワイバーンはそっちから入ってくる」
「へえ……」
「暗いから、あんまり進むと足を踏み外して奈落に落ちる」
気をつけとこ。
「で、ここに連れてきて……何だ?」
「俺は聖竜祭を制したことで、2頭目のワイバーンを使役する権利が与えられた。けどウォークスはけっこう嫉妬深いんだ。だから、いらない。そこで……ワイバーンの卵を、あなたに贈りたい。受け取ってほしい」
そう言いながらユベールが一角でしゃがむと、ワイバーンの卵を持ち上げて両手で抱えた。
「……えっ、いいの?」
「父にも許可を得た。それにカスタルディ王国とエンセーラム王国には距離がある。レストが1頭だけでは書簡や人のやり取りだって大変だ。別にワイバーンがいれば楽になる。大切に育ててほしい。そして50年後の聖竜祭でエンセーラム王国からも参加をしてほしい」
卵を受け取ると、ずしりと重い。
ワイバーンの卵を贈られるってめちゃくちゃすごいことじゃなかろうか。重量以上に重いものを感じる。
「友情の証だ」
「ああ、ありがとうよ。いつでも俺の国に来たくなったら来い。歓迎するぜ」
「本当か?」
「嘘つくかよ」
「じゃあ、すぐにでも行ってみたい。レオンハルト王の帰還に合わせて飛ぼう」
「え、マジで?」
「いつでもって……」
「いや、言ったけど……ま、まあ、いっか」
卵を抱えて王宮の客間へ向かった。すでにフィリアはコリーナが寝かしつけてくれていたようで、ベッドのど真ん中でふてぶてしく眠っていた。卵は温めておかないといけないらしいので布で包んでおく。
と、そこで一緒に来ていたユベールがフィリアを見る。
「ブランシェにずっとくっついてた……」
「ああ……大好きなんだよ、毛皮とかが。俺の娘。かわいいだろ?」
「……ワイバーンが好きな子どもは、きっといい子に育つ」
「だといいんだけど……」
天使のようなかわいさであるという点だけは譲らないが、いい子に育つかどうかとなるとちょっと心配。
「……魔人族なのか?」
「ん? ああ、俺の嫁が魔人族で、ハーフだ」
「だったら……きっと長命になるのか。50年後にこの子が来てくれたら嬉しい」
「下にも男の子がいるし、この卵から孵ったワイバーンと一緒にどっちか出るかもな」
でも、50年後か。
生きてるかな、俺は。
いや、生きててもレストに乗って遠距離まで飛べるかどうかだな。
「楽しみにしている。……おやすみ、レオンハルト王」
「ああ。また、地平の向こうまで飛んで帰るのか?」
「さすがに今日は……王宮で眠るよ。それじゃあ」
ベッドへ入る。
疲れがどっと押し寄せてくる。
フィリアは俺の勇姿を見ていただろうか。
ちょっとでも見てて、覚えてくれてたらいいな。勝てはしなかったけど善戦したんだ。ちょっとはフィリアから誉めてもらいたい。
フィリアの寝顔を眺めている内、眠りに落ちていた。