オルトの手紙
親愛なる小さな友、レオンへ
学年がひとつ上がり、キミも学院生活にはすっかり慣れていることだろう。
愉快な話がどれほどあるのか、わたしはキミの口から聞ける日を心待ちにしている日々を送っている。
さて、今回キミに文をしたためた用件へ移ろう。
王立騎士魔導学院では1年ごとに、騎士養成科と魔法士養成科の一大イベントがあるはずだ。
魔法士養成科は魔法大会。騎士養成科は剣闘大会。今年は剣闘大会が開催されると聞き及んでいる。
わたしは夢想したんだ。
もしもキミが剣闘大会在学中、3度も優勝をしたらどうなるだろうと。
剣闘大会は学年に関係なく出場することができ、4年生以上は必ず参加しなければならなくなっている。ゆえに下級生は一部の勇ましい学生しか参加することはない。キミはわたしが見込んだのだから、無論、勇ましいだろう。
キミが今年、剣闘大会で優勝をしたら褒美に何か贈りたい。どんなものでも言ってくれたまえ。こういう場面にこそ権力というものは使い甲斐があるのだから。
キミの武勇伝の報告と、褒美の要求を、首を長くして待っていよう。
あんまり返事がないとファビオを差し向けることになる。きっと、わたしの傍を離れざるをえなくなれば彼はキミに悪感情を向けるだろう。
レオンとファビオの友情に亀裂が生じないことを祈っているよ。
キミの後見人という多大な恩があるはずのオルトヴィーン・レヴェルトより
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「脅迫かよ……」
オルトから届いた手紙に思わずぼやく。相変わらず愉快な頭をしている。
ファビオを差し向ける、なんて文言がある時点で強制だ。この誘いに乗るのが前提で進められている。何が、友情に亀裂が生じないことを祈るだ。引き裂くのはお前じゃないか。
「きょ、脅迫状……? だ、誰から?」
「いや、オル――レヴェルト卿から、剣闘大会に出ろって」
心配したロビンに言い返すと、安心してくれた。
この学院には節目ごとにいくつかの大きな行事がある。
最初に、隔年で順番に開催をされる剣闘大会と魔法大会。
その次にきらびやかな服に身を包んで、男女で踊らされる舞踏会。
締めくくりは、騎士養成科と魔法士養成科を問わず、戦い合って実力の序列を決める学院序列戦。
おおよそ、これが4ヶ月ごとに開催される。
剣闘大会と魔法大会は、言っちゃえば運動会と文化祭みたいな感覚だろう。舞踏会は貴族様のたしなみと、交流のためにでも設けられているはずだ。でもって、学院序列戦はその年度ごとに最強の学生を決めるというもの。
来年あたりには序列戦にも出ろとか手紙で言われそうだ。ファビオを差し向けるとか脅されて。
「レオンなら、もしかしたら1番になれるかも」
「つっても1番上は18歳とか、それくらいだろ? どんだけ体格差があるんだって話だ……」
「剣闘大会で上位入選すると、序列戦のシード権がもらえるんだよ」
「いや、いらねーし……」
「でも序列戦は学院外部からもたくさんの人が見にくるから、貴族にスカウトされたりする晴れ舞台だって」
「俺そーゆーの興味ないから」
どこまでも貴族本位にできていやがる。
序列戦ってのはどうせ、「うちの息子はすごいだろう、わっはっはっ」という親ばかを貴族同士で陰険にやるための材料なんだろう。あとは、「お前はワシが見出してやったのだ、忠誠を誓って仕えるが良い」みたいな上から目線の人材発掘か。
取り立ててもらいたい大した地位や権力のない貴族出身もがんばるし、魔法士ってのも宮仕えのためだとか、パトロン獲得のために力を示したいなんて下心を満たせる。
ついでに賭博とか、足の引っ張り合いも見えないとこでやってそうだ。
「マティアスくんは出るのかな?」
「さあ? あいつでも、さすがにむずいだろ」
マティアスは意外や意外に――ってほどでもなくなりつつあるけど、めきめき実力を伸ばしてる。
今のとこ、同期の中だと俺の次くらいにつけてそうなペースだ。先日の模擬戦もジェルマーニを完封していた。
剣術の冴えもあったが、魔法士養成科に迫るんじゃないかっていう魔法も併用していた。魔法っていうアドバンテージで、うかうかしてたら俺もいつの間にか抜かされるかも知れない。それにあいつ、声変わりしてきてるし、体もどんどんデカくなってきてる。
ちなみに、合同授業の模擬戦はたった1回きりじゃなく、何度か行われる。行われた。
俺とミシェーラは5戦4勝1敗。
マティアスとロビンは5戦5勝0敗。
俺とミシェーラに泥をつけたのは、マティアスとロビンだった。
魔法戦ではミシェーラとロビンがほぼ互角の活躍を見せたが、マティアスまで魔法を主体にしてきて、2人して俺を牽制しまくってきた。お陰で攻めあぐねた。で、氷柱を杭のように使って俺の服を地面へ縫いつけて動けなくされて終わった。
後から魔技を使いまくってやれば良かったとか思ったけど、魔技は素の身体能力にかけ算をするように引き上げるものだ。普段から使いまくってたら、どんどん弱くなる。そう考えて、グッとこらえた。
アウトレンジからやられると、魔技頼りにならないと勝ちにくい。
エンライトをぶちのめすために使った魔法は、かなりの高威力だがムリして使ってるから反動もデカい。マティアスとロビンの試合を見届けてから、貧血でぶっ倒れたほどだった。多用できないし、発動までにも時間がかかるからまだまだだ。
フォーシェ先生は、ちゃんと使えたと報告すると小躍りしていた。
今度は負担を軽減していくためにつき合わされる。もとい、協力をしてもらえる。すっかり研究室通いも慣れた。
「そう言えば去年の序列1位の先輩って、今、6年生なんだよね。剣闘大会も、優勝かな?」
「知ーらね」
「嫌がらないでちゃんと出場してみたら? 勉強になるかも」
「……勉強、ねえ」
まあ、オルトに脅されたし出るのは決定だ。
そもそも学院入学は、オルトの望み通りに学院で大暴れをするためだし、優勝くらい狙わないと悪いか。
「ま……やるだけやってみるか」
「うん、僕、応援するよ」
「ロビンも出れば?」
「ええっ!? ぼ、僕は、ま、魔法士養成科だし……」
「出れねえの?」
「……規定上は、出られないことはないけど……」
「んじゃけってーい! そうと決まれば、ちょっとつき合えよ」
「何に?」
「剣振り回す練習」
「……振り回す練習、って言うんだね」
「振り回してることに変わりねーだろ」
剣闘大会まで、あと半月。
約1週間かけてトーナメントで競い合うことになる。
……出ないことにすりゃ、まるまる休みだったんだけどなあ。
まあでも、オルトの命令だし、従ってやろう。ご褒美は何でもいいとか言ってたけど、醤油とか用意してもらえたりするんだろうか?




