レオンとユベールの決着
1回、2回、3回。
連続で得物がぶつかり合い、レストが離れる。
ウォークスが後ろへ回り込んでくると、空気抵抗を得るようにバサッと翼を広げて急失速する。すかさず翼を畳んでスピン回転をした。合わせてニゲルコルヌをレストの体の向きに合わせる。再び翼を開き、一度羽撃けばウォークスの斜め下後ろを取っていた。
裂け目の上を通過した時、ネット上に3人落ちていたのが見えた。知らぬ間に相打ちしてたってところか。だとしたらもう俺とユベールの決戦でしかない。
「ついて来られるかっ!?」
「ついてってやろうじゃねえか!」
振り返ったユベールが叫び、それに答えた。ユベールが笑っていた。ユベールが身を屈めるなり、ウォークスがスピードを上げた。俺も前傾姿勢になってレストへしがみつくと強く羽撃きだした。風が強くて目を開けているのが難しい。
いきなりレストが旋回した。
何かと思えばユベールが身につけていた鎧を外していた。それが俺にぶつかりそうになっていたのだ。単なる飛び道具っていうわけでもないんだろう。邪魔なものを取っ払ってスピード勝負をしようっていう考えかも知れない。
速い。
どこまでいくつもりだ。
すでにカスタルディ王国の国土である台地を飛び出していた。レストが徐々にウォークスへ近づいていく。ニゲルコルヌを握り直す。と、ファイアボールが放たれてきた。前から後ろへ下がってくる。レストが華麗にそれを回避すると、今度は氷柱が前から降ってきた。しかも数が多い。
「突っ込め!」
魔伸をかけ、ニゲルコルヌを振り切る。
砕けた氷柱が、氷の破片が光を受けて輝いていた。
そこでウォークスが真上へ飛び上がった。レストもそれに続く。直下降ならぬ、直上昇。放される。太陽が眩しい。影。槍を真下に向け、ユベールが降ってきた。
「バカかっ!?」
慌ててニゲルコルヌを振るおうとしたが間に合わない。レストもこれは避けきれない。左肩を槍に切り裂かれてすれ違った。血の雫は空気抵抗を受けて即座に散らばる。レストが上昇をやめ、翼を広げて滞空。しかし、ウォークスが襲いかかってきた。
「ご主人様がトマトになっちまうぞ……!?」
「ウォォォォ!」
激しくレストとウォークスがぶつかり合う。
ニゲルコルヌに強い衝撃がきたかと思うと、柄をウォークスのかぎ爪が掴んでいた。そのまま引っ張られる。魔縛をつけておいて手放すとすぐにウォークスは直下降でユベールを追いかけていく。なるほど、俺の得物を取り上げるつもりだったのか。だがお生憎だ。
ニゲルコルヌと繋がっている魔縛を揺らした。空中で踊るようにニゲルコルヌが揺れる。ユベールがウォークスに捕まりかけたところで、一気に魔縛で繋がっているニゲルコルヌを振るってぶつけた。
「考えが甘いぜ、ユベール……!」
再びユベールはウォークスと離れる。
その間へレストが割り込んだ。地上はもう少し。
「甘いのは、そっちだ! ウォークスをなめるな!!」
「ウォォォォォッ!!!」
強烈な体当たりでレストが吹っ飛ばされた。視界がぐちゃぐちゃになりながらレストにしがみつく。魔偽皮を使う。ユベールの技術は卓越している。ウォークスとの信頼関係により、正確無比な攻撃を繰り出せる。ゆえに、俺の体をきちんと狙える。だからこそ魔偽皮で備えられた。
繰り出された槍を右手で掴み取った。槍の柄が手から滑る。体を逸らして刺し貫かれるのを避けつつ、左方向からくるユベールに肘鉄を食らわせた。離れた拍子に槍の穂先で右手を裂かれてしまったが、食らわせてやった。叩き落とせなかったのは残念だが。
強え。
ここまでしぶとく粘ってくるか。
血潮がたぎってるのが分かる。
意識してないのに俺も満面の笑みになってしまっている。
楽しい。楽しくてたまらない。
この吹きつける風が心地よい。噴出する汗は即座に風に流されて冷やされる。ぶつかり合う度に体を駆け巡る衝撃が歓喜の波になって全身へ広がる。レストは俺が指示を出すまでもなく、意思を汲み取るように風の中を翔る。この一体感が癖になる。
ニゲルコルヌを魔縛で回収して握り締める。
次は何をしてやるか。ユベールも何を仕掛けてくる。
「打ち合いか?」
「いざ、尋常に……!」
「上等!!」
力と速さを比べる、ぶつかり合い。
レストとウォークスが。俺とユベールが。
爪を、槍を、激しく打ちつけ合いながら並び飛ぶ。
台地の切り立った崖が近づいてきた。だが、ここで距離を取るのはダメだ。先に離れようとした方が、翻った方が刺される。ぶつかりかねないギリギリまで迫り、同時に崖へ沿って上昇した。同時だった。崖の上から飛び上がり、生い茂る木々の上をまたぶつかり合いながら飛ぶ。
俺達が過ぎ去った後を風が追いかけ、さながら森が波のように揺らめいた。
痛みが全く気にならない。左肩と右手を切り裂かれているのに感じない。ユベールも俺が肘鉄を食らわせてやった鼻からは血が出ているが、その顔は楽しげだ。裂け目が見えてくる。一際強く、槍同士がかち合った。
「ウォークス!!」
ユベールが相棒の名を呼んだ。
呼応するように大咆哮を轟かせ、ウォークスが羽撃く。グングンとスピードが上がる。レストが放されていく。ファイアボールと氷柱とが次々と後続の俺達にばら撒かれてくる。
そして、ドカンとものすごい音が鳴った。ウォークスの姿が遠退く。スカートのような白いものがウォークスの下半身から一瞬だけ出たような気がした。
「クォォォォォッ!!」
高らかにレストが鳴き、しがみついた。
そして、再び同じ音が鳴って吹き飛ばされそうになる強烈な衝撃に打ちつけられた。世界が変わる。俺とレスト以外の全てが放射状に伸びて見える。輪郭を失い、色だけが尾を引いて後ろに流れていく。
ウォークスに追いすがる。
槍を繰り出す余裕はなかった。
レストとウォークスが激しくぶつかり合う。
そして、レストがウォークスに弾き飛ばされた。地上すれすれ、民家の屋根にぶつかりそうなところでレストは再び飛び上がる。そこにウォークスが再び襲いかかってくる。レストが弾き返し、上を取った。ニゲルコルヌを繰り出しかけ――そこにユベールがいないことに気がつく。
「取ったぁぁぁっ!!」
やられた。
上から降ってきたユベールの槍を受け止める。ウォークスの体当たりがきてレストが揺れ、鞍から体が外れる。そのまま押し込まれ、宙に放り出された。
それでもニゲルコルヌでユベールを先に地面へ叩きつけようとした。先に落ちた方の負けだ。ユベールはここで決着をつけるつもりでいる。もうウォークスに戻ることは想定していないはずだ。だから地上ぎりぎりで仕掛けてきた。それが逆にチャンスだ。
ユベールを巻き込みながらニゲルコルヌを振り回した。
だがそこで、血で手が滑った。ニゲルコルヌは重い。柄の持ち手には布を巻いているが、もうボロボロになっていた。とうとう破れてほどけ、とりこぼす要因になった。腕だけが無様に振られる。
ドンッと背中に強い衝撃がかかり、それからユベールに体に乗られた。
「はあっ……はあっ……」
「あー、ちっくしょ……」
悔しい。
心底から、悔しい。
「――見事だった。聖竜祭覇者は、ユベールとする」
力強い羽撃きが聞こえた。
威厳のあるワイバーンに跨がっていたロベルタが宣言し、周りにいた住民がわあっと歓声を上げる。
「レオンハルト王、いい勝負だった。楽しかった。……また、戦ってほしい」
ユベールが手を差し伸べてくる。
してやられた。悔しさはあるがスッキリしているものもある。
「次の聖竜祭でやるか?」
「やりたい!」
「冗談よせ、俺はもう、そのころにはよぼよぼだ……」
手を握ると、力強く握り返されて体を引き起こしてもらえた。