天空王ロベルタの憂慮
白のドラグナーを落とした。
魔伸でニゲルコルヌのリーチを魔力によって延伸し、手頃なところにいた黄色のドラグナーへ突きを繰り出した。叩き落とすには至らなかったが途中で持ち直して距離があるはずの俺を凝視していた。
「しくじったか、まあいいやな」
上へ、上へとレストが飛び上がる。
下から背後を取りにきたのは赤色。風にたなびく垂れた耳が、程よい渋さを醸し出すウサギの獣人男だった。渋い顔つき。40台くらいだろうか。
後ろにつかれると赤色のワイバーンが口を開けた。何かと思えばそこからファイアボールのような火球を吐き出してきた。しかも速い。レストが木の葉のようにぐるりと回転しながら交わしてやり過ごすが、驚かされた。
ドラグナーの空中戦は魔法の使用を制限していないが、使う者はそういないとユベールには言われていた。どんな魔法であれ、立体的に、しかもかなり速い速度で戦い合っている中で使っても当たらなかったりして意味がないからだ。ファイアボールであってもワイバーンが飛ぶ速度の方が速いから、放ったところでそれを追い越してしまって意味がない。むしろ、後ろにつかれている状態で使い、後続を追い払うというような使い方が一般的だとも言っていた。
だと言うのに、まさかワイバーンに吐かせるとは。
しかもそれがファイアボールとは比べ物にならない速度と威力なのだから恐ろしい。直撃してはひとたまりもなかっただろう。
とにかく振り払わなければならない。前傾になりながらレストに全速力の合図を足で出す。翼を大きく、力強く羽撃かせてレストが加速した。手綱を握り締める。後ろを振り返るが、まだついてきている。振り切るのは難しいか? ニゲルコルヌの重量のせいで、俺を乗せている時のレストは通常のワイバーンに比べれば最高速が遅いことも分かっている。
「チックショ……! レスト、そのままだ!」
後ろへつけてきているのは空気抵抗を減らすためもあるだろう。
競輪なんかでも縦に並んでいくのと同じだ。さすがに高速で火を吐くことはできないようだが、レストが疲弊して速度を落としたらやられかねない。
後ろへいることを確認し、ニゲルコルヌの柄の先を向けた。魔弾を放つ。この高速状態で、正面からいきなり衝撃がくれば落下するのが常というものだ。が、数発放ったが当たらない。羽撃く度に揺れてしまうから、狙いが逸れたせいだ。
片手で手綱を握ったまま体をひねって後ろへ向いた。半身になりながら赤のドラグナーへ穂先を向ける。いきなり赤のドラグナーは旋回したが、それを追いかけて魔弾を撃ちまくった。
被弾した。
手綱を掴んだまま赤のドラグナーが落ちかける。
レストを転回させて近づき、ニゲルコルヌを振り切った。
赤のドラグナーは手にしていた槍で受けかけたが、手綱から手が離れた。すかさず赤のワイバーンは主人を拾うために急降下していったが、レストがそれに追いついて飛んだまま後ろ足で攻撃をする。邪魔が入った赤のワイバーンは減速せざるを得ず、そのまま赤のドラグナーはネットへ落ちていった。
「これで2人! いいぞ、レスト!」
「クォォッ!」
魔法なんかは使えないが、俺の生命線は魔技だ。
ものを燃したり、水を出したりができずともこれで戦ってきた。舞台が空中に移ろうがそれは変わらないのだ。しかも魔力中毒もなくなった。
天狗になって何が悪いと豪語できるほどの力が今の俺にはある。
突如として、暴風が巻き起きてレストが飲まれた。乱気流にもみくちゃにされながらレストにしがみついていたら不意に途絶える。背後から緑色のドラグナーが迫っていた。応戦しようとしたがニゲルコルヌの取り回しが間に合わない。レストが高度を落として免れた。
いいコだ。
そのまま背後を取ってレストが羽撃く。
フレアのようにファイアボールが放たれて正面から向かってきた。レストの頭を下げさせて、魔伸をかけたニゲルコルヌを振り抜いて散らせる。左捻り込み。気がついたら正面から背後に緑のドラグナーがつけていた。まるで魔法だ。近づいた緑のドラグナーが手にしていたグレイブを振るってきくる。ニゲルコルヌで思いきり打ち返し、穂先からも魔弾を放った。緑のドラグナーのみが後ろへ吹っ飛ばされた。
魔縛で緑のドラグナーを縛り、回収にきていた緑のワイバーンを翻弄するように引いた。そう簡単に復帰させやしない。びよんといきなり引っ張られた緑のドラグナーは相棒に手が届かなかった。そこで魔縛を消して、レストを向かわせて下のネットめがけてニゲルコルヌで叩き落とす。
「よっしゃあっ!! 次はっ――あれ?」
「クォォォッ!!」
周りを見たが、もう飛んでいるワイバーンがいなくなっていた。ネットを見ればすでに6人、そこにいる。
「初戦突破か? よっしゃ! レスト、よくやった!!」
地面の上へ降り立つと観客席から拍手喝采を贈られた。
空を飛ぶのも、空中戦も、なかなかに気分がいい。疲れはすれどスッキリ爽快だった。
その後の4試合はどれもこれも見応えがあった。
だが、やはりユベールが飛び抜けていた。まず、速い。恐ろしく速い。そして動きが柔軟すぎて予測がつかない。
ユベールのワイバーン――ことウォークスはまだ若いらしい。若いということはそれだけ未熟ということなのだが、同時に物覚えが非常に良いので飼い鳴らしたり調教するには若い方が良い。
そしてウォークスはユベールが生まれてすぐに卵から孵ったらしく、ずっと一緒に暮らしてきていたそうだ。兄弟同然の関係で育ったウォークスとユベールの信頼関係は強固なもので、特別な合図もなしに最善手を選び取る。ウォークスはユベールの限界を知り、ユベールは最大限にウォークスを自由に飛ばせることで指示を出すというプロセスをすっ飛ばして空中戦を展開する。
その結果が、脅威の空戦速度と柔軟な対応能力なのだ。
得意の必殺技があるわけではない。特別な訓練をしてきたわけでもない。
ウォークスとともに空を飛ぶことが好きというだけで、ユベールは今の実力を身につけてきた。
「さっき、あれは天才などではないと言ったな」
予選の5試合が終わり、昼食をロベルタと食べている。フィリアも一緒だ。コリーナをはべらせ、左手で尻尾をさわさわしながら、右手でフォークを肉に刺して食べている。羨ましい限りであるが、ロベルタの話を聞いておく。
「ユベールだろ?」
「昔のドラグナーは皆、ユベールと同じようにワイバーンとともに生き、育つのが当然であった。自然とワイバーンとの呼吸は合い、あの程度の飛行はともに育ったワイバーンとであれば当然のようにできていたものだ」
「そうなのか?」
「ワイバーンは一度、仲間と認めた者を忘れず、深い情愛を示すようになる。本来は群れずにいる魔物だが賢いために社会性も持っている。その中でも、特別な絆を感じられる者と出会ったワイバーンは空の壁を破るのだ」
「空の壁……?」
「そうだ。聖竜祭の起こりとなった、我が遠い先祖は聖竜クリスタロフの舞いでもまた、空の壁を破ったと言われている。その時、凄まじい音が鳴り、初代王と、その跨がったワイバーンは遥か彼方にまで瞬時に飛んでいたということだ」
空の壁、凄まじい音……。
それ、マッハ? 音速の壁って、ソニックブームのことか?
つか、生身で音速の壁突っ込んだってことだよな? それで無事なのが恐ろしいわ。ていうか、ワイバーンってマッハ出せるのか?
「いずれ、ユベールも空の壁は破れるだろう。しかしかつてのドラグナーはほとんどが空の壁を破り、ワイバーンとともに生き、死んでいく空の戦士達であったのだ。それが今では、空の壁を破れる者など俺程度しかいない」
「腑抜けてるとか言ってたのは、それなのか?」
「そうだ。ユベールは特別ではない。だと言うのに、俺の子だというだけであれだけが特別視され、天才などと揶揄されている。そしてユベールには勝てぬと、若いドラグナー連中は口を揃える。ユベールがウォークスとともに全速で空を飛び、それについて行くことができるのも俺だけだ。ワイバーンと1対1で空を飛ぶのも良いが、人として生まれたからにはワイバーンだけではなく、どこまでも自分以外の人とともにいてこそのものだ。……空のユベールはウォークスの他には誰もおらぬ、孤独で哀れな少年でしかない」
「お前が一緒に飛んでやればいいだろ」
「それはたやすいことだが、それで将来はどうなる。俺でさえ、ユベールが生まれるまでは空の孤独を味わったものだ。俺もあと100年ほどで死ぬだろう、寿命を考えれば。元より老いぼれて死ぬつもりもないしな。そうなればユベールは独りになる。意味がない。ユベールの時代をともに生きるドラグナーがいなければならぬのだ」
空の孤独ね。
俺にはよく分かんねえ感覚だけどワイバーンがいて、それに乗りこなすドラグナーっていうのが身近にいるからこそ味わってしまうものなのか? 俺はただレストに乗ってるだけでも気分が良くなるもんだが。
「少し……見直したよ、ロベルタ」
「何がだ?」
「いや、何かお前ってあんまりユベールのことかわいがったりしてねえのかと思ってた。王宮でも見かけなかったし。でもちゃんと考えてたんだな……」
「空の戦士が舞い上がり、再び地上へ降り立つのは愛する者のためだと言われている。それをなくして、空の戦士にはなれぬのだ。俺はこの国の主、天空王だぞ?」
ニヤリと笑ったロベルタは確かに大王にふさわしいように見えた。




