聖竜祭、開幕
聖竜祭開催日となった。
朝から王宮内でさえも期待と興奮でざわついている印象があった。誰もが浮き足立っている。
俺も朝早くから起きだして練習をしてきたが、いつにも増して空を飛んでいるワイバーンが多く見られた気がした。聖竜祭に参加するドラグナーは俺を除けば30人だけだが、今は50人余りのドラグナーがいるということだし、ドラグナーではなくてもワイバーンに乗ることを許されている者はいるらしい。
「聖竜祭というのは、カスタルディの初代国王が聖竜クリスタロフのために空を踊り、舞い飛んだという伝承になぞらえられている。
が、今となってはドラグナーの実力を示すための催しだ。この覇者となったドラグナーはその後50年に及ぶ名誉と栄光を手に入れることとなる。ドラグナーはカスタルディ王国における国防の要であり、国民の憧れの存在でもある。他国では王の血族を重要視して、世襲で王の座を受け継いでいるようだがカスタルディ王国ではその限りではない。治世が乱れ、当代が暗愚の王であると言われれば聖竜祭を制覇したドラグナーのみが、その王を討ち、王座に就くことができる。そうした王座の強奪が過去に2度起きている。もっとも、いずれのケースもそれを行ったのは王の血族にあった者のみではあったがな」
超重要な祭りじゃんか。
これで俺が優勝しちゃって、ロベルタがこれからアホなことをしでかしたら俺が乗っ取ることもできちゃうっていうことなんだもんな。
「俺が制覇しちゃってもいいのか?」
「構わぬ」
「言い切るよなあ……」
聖竜祭の会場である、台地の裂け目に向かっている。ロベルタ所有のワイバーンに繋がれた馬車みたいな乗り物に乗って。
乗り心地は馬車とそう変わらない。
が、屋根がない。
壁というものも低く、丸見えである。
パレードのように左右に行列ができていて、俺とロベルタはカスタルディ国民から見られまくっている。パレードほど賑やかになっていることはないが。
「……このオープンカー仕様は?」
「たまには民に姿を見せてやらねばならん」
ちなみに後ろを見れば、オープンカー仕立ての乗り物の後ろをロベルタのワイバーン達がくっついて歩いている。その数、9頭。ワイバーンの行列である。どいつもこいつも大きいし、精悍な顔つきだ。こちらのワイバーンも大人気なようで、子どもが近づいていてちょっと触ったり、よじ登ったりもしている。
「……お前のワイバーン、人気だな。いいのか? あんなべたべた触られたりして」
「カスタルディの王のワイバーンは国の守り神も同然だ」
「守り神があんな扱いされてることについては?」
「竜は人の善性を見抜き、心悪しき者は噛み殺すと言われている。俺のワイバーンに触れられるのであればそれは善人である。ゆえに触れることを制限することはない。子らの親を見ろ」
「親?」
「怖がっている子にも、親は触りに行けと促しているだろう。いつのころからか、王のワイバーンに触れることが子の健康にも良いとも言われているのだ」
「へー……」
ビリケンさんの足の裏みたいなもん?
それとは違うか。
「お前の娘は……よほどブランシェを気に入っているようだな」
「……もふもふが大好きなんだ」
で、フィリアはずっとブランシェという名前らしい、ロベルタのワイバーンにしがみついている。お気に入りの白いもふもふワイバーンだ。
「ブランシェは女子どもに確かに好かれやすいが、かつて、あれほど骨抜きにされた者もそうはいまい」
「本当は俺もめちゃくちゃもふりたいんだけどな……」
「けったいな遺伝だな」
「いやー……それほどでも」
「誉めてはおらん」
台地の裂け目に到着した。この前、ここでドラグナーの空中戦を見にきた時は何もなかったのに谷の両側に客席のようなものができあがっていた。
「お前は聖竜祭に参加をするのだ、向こうへ行け」
「あいよ」
「自信はあるか? 今は腑抜けばかりが多いが、それでもお前は空中戦など経験もなかっただろう」
「昨日と一昨日と、お前の子どもに教わったから問題ねえさ」
「そうか。ユベールは、お前の目にどう映った?」
「どう……? 普通によくできた息子だなとしか思わなかったけど? 天才なんだろ? 色々と教わったし、俺もどうにかものにはなったって思えるくらいには――」
「あれは天才などではない。一昔前のドラグナーであったならば、な」
少しだけロベルタは嘆息を漏らした。
レストを笛で呼んで谷の向こうへ降り立った。そこにはすでに30人のドラグナーがワイバーンとともに並んでいた。俺を見る目がやけに鋭い連中だ。その中でユベールは背筋を正し、真正面を向いていた。
レストは周りのワイバーンやドラグナーが珍しいのか、顔を擦り寄せようとしていたがやめさせておいた。これから競い合うっつーのにじゃれ合うのはないだろう。後にさせる。
少ししてから、ロベルタが聖竜祭開始の挨拶と宣言をした。
谷の両側はかなり賑やかで露店なんかも出ているし、音楽家の姿も散見された。祭りはやっぱり胸が躍るというものだ。人が楽しげにしているだけで、俺まで楽しくなってくる。レストも機嫌がいいし。
でも浮かれてるばかりいられない。
コリーナがフィリアを連れてちゃんと客席に座ったのを見て、そう気を引き締めた。俺はここで格好いいところをフィリアに見せつけて、逞しくて格好いい素敵なパパだと思ってもらえるようにするのだ。
見てろよ、フィリア!
……いや、コリーナの尻尾じゃなくて……あー、完璧に興味なさそうだな、あれ……。
俺を含めた31人が5つのグループに分けられた。まずはこの中で戦い合い、残ったひとりが次の試合へ進む。勝ち残った5人がまた戦い合って、聖竜祭の覇者となる。
ワイバーンから叩き落とされ、裂け目にかけられているネットに触れたら負け。ドラグナーはドラグナーにしか攻撃してはならないが、ワイバーンはドラグナーにもワイバーンにも攻撃をして良い。武器と魔法の制限はなし。
まさか混戦が基本だとは思ってもいなかった。昨日、ユベールに言われて知ったことだ。常に他のワイバーンの動きを見ながら戦わねばならない。しかもそれが三次元の戦いとなる。正直、超ムズいだろう。
余談だが見ている者が見分けをつけられるよう、ドラグナーは鮮やかな色のバンダナみたいな布を身につける。赤、青、黄、緑、白、橙の6色が基本だが、例外的に俺は入れられたので黒色の布を首、左腕、槍に巻いている。
そしていきなり、俺は初戦に出なきゃいけないのか。
ユベールは別のグループだったから、ほっとする。練習につきあってもらって身に染みたが、ユベールはヤバい。あいつだけ実力が飛び抜けている。カスタルディ王国には魔人族もそれなりの数がいて寿命が長い者も多い。そのために聖竜祭にはドラグナー歴200年とかいう超ベテランまでいたりするのだが、そういうのと比べても遜色ないどころか、むしろ競り勝ってしまうんだとか。恐ろしい限りである。
「やるぞ、レスト」
「クォォッ!」
飛び立ったら開始。
最初のグループが準備に入った。
ドラグナーの空中戦は先に飛び立った方が有利だと言う。しかしレストは飛び立つためには助走がいるので不利だとユベールには言われた。その対策は、してある。
開始の合図である角笛がボォォォっと吹き鳴らされた。同時にワイバーンが飛び立ち始める。レストも助走をつけて走り出し、裂け目に向かって飛んだ。グンと揚力を得る。出遅れた俺は、格好の的である。
「行けェッ!」
上から声。
いきなりワイバーンが迫ってくる。白色のバンダナをつけている。
「レストっ!」
「クォォォォッ!!」
呼びと力強く返してきた。
ドラグナーはワイバーンに攻撃をしてはならない。そのため、狙いはある程度まで絞れる。ニゲルコルヌを繰り出しながら、その重心を理解したレストが身体をほぼ横向きにするように翻った。相手の突き出してきた槍を一気に巻き上げる。
「何っ――!?」
ここで。
槍の穂先から、魔弾を放つ。
鎧をつけているドラグナーの胸部に被弾してそのまま落ちていった。ワイバーンに拾われることもできずにネットで弾んでいた。飛び立ったばかりでまだ低い位置にいたがために間に合わなかったんだろう。レストが高く飛翔する。
「フィリアのために、負けられねえっ!!」
聖竜祭を制覇して、尊敬を受けるのだ。