馴れない空中戦
木目が活かされた、大木をくり抜いたような空間がカスタルディ王宮の食堂である。というか、大木の中を本当にくり抜いて作ってしまってあるらしい。元々、カスタルディの王宮は巨木の中に作られていて、そこから増築をする内に外へ出てしまっていき、入口からは木の中へ入っていっているのが分からなくなってしまう造りになってしまったんだとか。
ぬくもりてぃーに溢れる、素敵な食堂である。
そして俺は、そんな憩いの空間でかわいいかわいい愛娘と2人きりで朝食を食べている。安らぎの一時であった――と言えればどれだけ良かっただろう。
「フィリア、こぼしてるから、こぼしてる。ちゃんとこうやってスプーン持って、それで……ああほら」
「やっ」
「やっ、じゃないの。言うことを聞きなさいっ」
青豆と見慣れないシャキシャキ野菜と、何だかよく分からん淡白な肉のサラダ。蒸されているのか、素材の味がする温野菜のサラダめいたものを朝食に出されている。それをフィリアはスプーンをグーで握って食べようとするのだが、豆をぽろぽろこぼすもんだからテーブルに転がっていく。
嫌がるのを無視して、俺がフィリアのスプーンを使って豆をすくいあげて口元へ運ぶ。だが、ぷいと横を向いてしまう。
「食べろ」
「…………」
「食べなさい」
「…………」
舌打ちが出かけるのを我慢する。
「リュカがいたら、きっと怒るぞ?」
ピクッとフィリアが反応したのが分かった。
「ちゃんとご飯が食べられるのに食べようとしないなんてどういうつもりだ、って。こんなにこぼして食べても怒るだろうな。食べものを粗末にするな、ってソアの雷がバリバリって落ちるぞ。それでいいんですか、フィリアさん?」
スプーンを口元へ近づけていく。
何かの力に抗うかのようにフィリアはそっぽを向こうとするのだが、ぷるぷる震えながらゆっくり顔が正面を向こうとしていく。俺の出しているスプーンに近づく。
「自分で食べられる?」
「……たべるもん」
「あーん」
「あー……むっ」
大人しくあーんに応じたので口の中にスプーンを入れた。それからスプーンをフィリアの小さな手に返す。食べさせるだけでも精一杯だ。まだまだ豆をぽろぽろとこぼしてしまうが、気をつけるようにはしたらしい。テーブルに落ちた分は手で拾い上げて食べている。
まあいいか、これで。
俺も自分のメシを突つきながら、フィリアが食べるのを見守る。ドレッシングか何かがほしい味だ。素材の味とはよく言ったものだと思う。まずくはないが塩っけが足りない味つけだった。
よく分からない白い肉には濃いめに味がつけられているのだが、それも何だか梅に似た酸味と僅かな塩気がある程度で単体で食えばいけるのだが、まともに味つけされているのがそれくらいなので豆やら野菜やらと食べると薄味に感じる。
決してカスタルディ王国が菜食主義の国であるとか、そういうわけではないのだが朝食はこういうあっさりしすぎたものがよく出される。まあ、豆だし栄養はありそうなもんだが、いかんせん口の中がぱっさぱさになってしまう。
「ごちそうさん、っと」
先に食べ終わる。
肘をつきながらフィリアが食べるのを見守る。一生懸命、木製の器とスプーンを使って食べてる姿はかわいい。口の周りにカスをつけてしまうのもご愛嬌だ。
時間をかけながらフィリアは、豆一粒も残さずに食べきった。小さくげっぷをしたところで、口の周りを拭いてやったが嫌がられた。有無を言わさずに綺麗にしてやり、テーブルに置かれていた小さなベルを鳴らす。と、コリーナがすぐに食堂へ入ってきて、一礼してから食器を下げ始めた。
「お口に合われましたか?」
「ああ、うまかった。フィリア、何か言うことは? コリーナに」
「しっぽ!」
「違うだろって」
「あ、あははは……」
「おいしかったとか、ありがとうとか、そういうことを言いなさいっての……まったく……」
俺って口やかましい親父なんだろうか。
いや、必要な教育のはずだ。媚びたり、へりくだるのとは違う、大事なことのはずだ。俺はそう信じたい。
「レオンハルト様、本日はどうされるおつもりですか?」
「んー……聖竜祭の練習かな。昨日、どういうもんかはよく見せてもらったし。たださ?」
「はい……?」
「……あんま、他の参加者に見つからないようなとこでやりたいなーって思うんだけど、そういう場所ってある?」
フィリアをコリーナに預かってもらった。
レストに乗って王宮から南西に向かい、台地のヘリに降り立った。確かに人はいなかった。
「よーし……レスト、俺らが一丁最強ってことになって、フィリアの株価を上げようぜ。お前もいつまでも、毛のない尻尾扱いをフィリアからされんのは嫌だろ?」
「クォ?」
「嫌だもんな?」
「クォォォッ!」
「よしよし、いいコだ」
ニゲルコルヌを手に持ったまま、レストに跨がる。試合では飛び立ったところからスタートとなる。ロベルタに聞いたところレストはどうやら、クリープワイバーンという種族らしい。ワイバーンは基本的に2本足で、前足が飛ぶことに特化をしているので地上ではどしんどしんと歩くことしかできない。が、クリープワイバーンはいわゆる前足の関節が1つ多いのだ。人間で言えば、手首が2つ目の関節となっていて、そこからさらに続きがあり、普段は肘の方へ沿うように折り畳まれている。
地上にいる際は、この人で言うところの手首部分が手になっている。前足である。が、飛ぶ際は2つ目の関節の先がバサッと伸びて翼となって広がる。この他のワイバーンにはない第二の関節があることで、クリープワイバーンは四足歩行ができるのだ。
クリープワイバーンはワイバーンの中でも元々の始祖の姿に近いらしい。地上で暮らすことより、空を飛ぶための適応進化をしていったワイバーンが多かったんだとか。野生のワイバーンはかなり個体数も少なくなってしまっているようで、俺がベリル島でレストの親を見つけてしまったのはとんでもなくすごいことだったらしい。
それはともかく。
「よし、行くぞ、レスト!」
「クォォッ!」
ドスドスドスっとレストが走り出し、断崖絶壁の先へ進んだ。飛び降りると同時に翼を広げて舞い上がる。ドラグナーの動きというのはきっちり観察してきた。まず必要なのは、かけ声なしで騎乗しているワイバーンと意思疎通を取ることだ。
とりあえず、重心を右へ傾ける。レストはそれに従うように右へ体を傾けて旋回する。今度は左。同じように左へ旋回する。
「いいコだ、レスト」
「クォォッ!」
ここから、今度はレストに跨がったまま得物を振り回していかなければならないわけだ。ニゲルコルヌを持ち上げようとし、レストがいきなり旋回しようとして体を傾けた。慌てて片手で手綱を掴んで振り落とされないように踏ん張る。
「クォォッ?」
「どうした、レスト? 違うぞ? まっすぐ飛んでればいいんだ」
何か間違ったか、とばかりにレストが首をひねってきたから答える。ニゲルコルヌが重すぎて、少し動かしただけで俺が重心移動をしたように思われたんだろうか。意外と、これは難しい。何度かニゲルコルヌを振り回す練習をしたが、どうにもうまくいかなかった。
「むっずいな、これ……」
「クォォォッ!」
休憩のために台地へ戻ると、何かいつも使っているのと違う筋肉を刺激したようで疲労を感じた。想像以上にキツい。全身の筋肉を余すことなく使っている感覚だ。下半身でしっかり鞍を挟んで体を固定し、ニゲルコルヌを振り回さなければならない。変に力んでしまえばそれがレストに伝わってあらぬ方向へ舵を取ってしまうことになる。
「……あと2日、か」
ヤバい。時間がない。
ドラグナーが来ないというところで練習をしておいて良かった。何ともこれじゃあみっともない。ロベルタの肝煎りで31人目として参加をするというのに、こんな体たらくを晒すわけには――
「クォォッ」
「どうした?」
いきなりレストが首を上げた。
その先を見ると太陽を背にしながら何かがこちらへ飛んでくる。そして、目の前でバサッと羽撃く音がして風を浴びせられた。銀色の鱗に覆われたワイバーンと、同じく銀色の鎧に身を包んだ少年がいた。
「レオンハルト・エンセーラム王というのは、あなたか」
まだ声変わり前と思しき、子どもの声。
「俺はユベール。手合わせ願いたい。
父が連れてきたという、最強のドラグナーなんだろう?」
最強の――っていう修飾語はどうなんだ。
それにこのユベールっていうガキ、何か自信に満ちあふれてる。