尻尾のほしいレオン
明け方に、デッカい鐘の音がして思わず飛び起きてしまった。
リンゴン、リンゴンとめちゃくちゃな音が鳴る。同じベッドで寝ていたフィリアも呻きながらもぞもぞし出して、まだ外もちょっと暗めだったからぽんぽんと叩きながら寝かしつけておいた。寝てる時は嫌がったりしないからかわいい。天使だ。
ほっぺを突ついてみる。もち肌弾力。ふにふにだ。ちっちゃい寝息が何とも愛しい。
「しっかし……何の音だか」
フィリアがちゃんとまた寝たころには鐘の音もやんだ。
外へ出てみると王宮の前で誰もが片膝をついて何かを拝んでいるようなポーズを取っていた。その庭にいるワイバーン達も頭を垂れて微動だにしていない。どれだけ続いたか、やがて示し合わせたように全員が立ち上がり、方々に散っていった。そこにいたのは100人ほどだった。ロベルタもその中にはいて、俺が見ていたのに気がつくと歩いてきた。
「何だ、今の?」
「朝の勤めだ」
すっげえ短く答えるとロベルタは歩いて行ってしまった。
聖竜信仰の何か、なんだろうか。何事もなかったかのように人々は働きだしていた。超早起きだな。目覚ましの鐘じゃなくてお勤め始めの鐘だったのか。
あてがわれていた部屋へ戻る。フィリアはまだちゃんと眠っている。温もりのあるベッドへまた身を滑り込ませて二度寝しようとしたが、目が冴えてもう眠れそうになかった。だからフィリアに添い寝しながら寝顔を存分に眺めさせてもらった。
すでにフィリアにはディーと一緒の部屋を与えてそこで眠ってるから、あんまり寝顔を見ることはなくなっていた。何だか久しぶりにフィリアと長時間いる気がする。いや、もしかしたらフィリアに避けられまくって仕方なしにエノラやマノンに任せていたから、これほどの時間をともに過ごしているのが初めてかも知れない。
俺ってちゃんと父親をやれてるんだろうか。
誉めてやることよりも、あれをするなとか、これをするなって言ってばかりな気がする。て言うか、全く俺に懐いてくれないから、そういうこと以外のコミュニケーションが取れてなかったのだ。どうして嫌われてるんだ。エノラは俺がラサグード大陸に行っちゃってしばらく姿を見せなかったからだとか言ってるが、それにしたって異常に嫌われてるような気がしてならない。
ディーは普通だってのに、一体どうしてだ。
こんなに俺のことを嫌いなのはバースくらいのものだったはずだが、あれは俺が無理やりもふりまくったから嫌われたんだと分かる。もしや、フィリアに構ってほしくてやりすぎたのか? いやいや、でもじいさんだって同じくらいにフィリアに構ってたけど、じいさんには普通だった。
幼児のくせして生理的に受けつけない、っていう感覚を俺に持っちゃってるんだろうか。だとしたらもう手の打ちようがない。もうちょっと成長して、ちゃんと物事を理解する力が備わってきたら俺を父親だと認めて手とか繋いでくれるんだろうか。行ってらっしゃいのチューとかほっぺにしてくれるんだろうか。
ロビンの尻尾につられてここまで来ちゃったことは手放しに喜べない。だが、こういうことになってしまったんだから、この機にちゃんとフィリアにカッコいいところを見せたい。聖竜祭でバシッと優勝したら見直してくれると思いたい。
俺はあんまり自分のことを誇れる人間だとは思ってないが、せめて子どもの目からは胸を張れるような父親になりたい。子どもの前でだけは、世界最高の親父になりたい。
でも理想の父親像って、どんなだ?
やさしい方がいいのか? 厳格な方がいいのか?
親しめる方がいいのか? 威厳があった方がいいのか?
誰もが誉め讃える方がいいのか? それとも歯を食いしばってがんばってる姿を見せる方がいいのか?
……よく分かんねえな。
「んぅ……」
「……おはよ、フィリア」
うっすらフィリアが目を開けた。
グッモーニン、マイドーター。
フィリアの胸をぽんぽん叩いていた手を掴まれ、降ろされた。それから俺から距離を取るようにごろごろとシールを巻き込みながらベッドの端まで転がっていった。
「……フィリア、俺のどこが嫌いなんだよ?」
尋ねてみたがフィリアは俺に背中を向けたまま、二度寝しようとしていた。
さみしい……。尻尾でも尻につけたら、俺のことを好きになってくれるんだろうか。
昨日に引き続き、フィリアはもふもふワイバーン――ことブランシェにを任せようと思ったのだが、ロベルタがつけてくれた世話係のコリーナの尻尾を気に入ったらしかった。コリーナにはドラグナーの戦い方とやらを見学するべく、俺について来てもらうつもりだったのではからずもフィリアと一緒にお出かけすることができた。
あえて前をコリーナに歩いてもらい、その尻尾とフィリアを見ながら俺はついていく。天使と素敵な尻尾を一度に視界に収められるのは至福だった。
コリーナは俺の好みの、ボリューミーな尻尾を持った犬耳の獣人だった。もちろん女だ。フィリアに尻尾を触られても子どものすることだからと多めに見てくれるおおらかな娘だ。尻尾のケアは毎日3回のブラッシングと、毛に良い食べものを意識して摂取しているということだった。
尻尾については一言ある俺からすれば、まだコルトー兄妹には及ばないが、それでもレベルの高い尻尾の持ち主だと思えた。
「こちらがドラグナーの修練場となっています」
「ありがとよ。……フィリアとちょっと遊んでてくれるか?」
「はい、分かりました」
案内されたのは台地の裂け目だった。
大きな大きな裂け目がぱっかりと口を開けていて、その谷には上を向いて突き出ている岩の棘が何本もあった。喉に歯が密集している魚の喉を思わせるような光景でもあった。
そこをワイバーンに跨がったドラグナーが飛び回っている。下の方にネットらしいものが張られていて、叩き落とされてもそこでことなきを得られるようだ。一口にワイバーンと言っても種類は豊富だった。オーソドックスなワイバーンは鎧と硬い甲殻に覆われた、翼のあるトカゲといった印象のものだ。前足は翼と同化していて、平均して体高は5、6メートルといったところだ。レストは一回りくらい小さい。
ドラグナーの使っている武器は長物が多かった。
空中で敵とぶつかり合う都合からリーチは長いに越したことがないっぽい。俺のニゲルコルヌよりも長いのが多い。正面からぶつかり合う時は空中で互いの獲物をかち合わせて、あとはワイバーンの重心移動で弾き飛ばすというのが基本っぽい。相手の後ろを取って魔法で撃ち落とそうとするのもいた。ドッグファイトだな。錐揉み回転をしながら後ろを取るところなんてアッパレとしか言えなさそうな綺麗なものだった。
聖竜祭が近くて気合いが入っているようで、裂帛の気合いを込めた声もよく聞こえた。
その中で1組――銀色の槍を携えたドラグナーと、銀色の鱗のワイバーンのコンビが頭一つ抜きん出ているように見えた。ドラグナーもワイバーンの方も、他のやつらより一回り小さく見える。だが、そいつだけ飛ぶ速度はもちろん、相手の背後を取る飛行技術も冴えている。
何というか、動きに緩急がついているのだ。後ろを取られていてもワイバーンが翼を一気に広げて減速し、抜かせたところで鮮やかにドラグナーが槍を突き込んで叩き落としていた。
「彼はユベール様です」
「ユベール……?」
「陛下の一人息子のユベール王子です」
「……ロベルタの、息子……」
ははー、子どもなんていたのか。
まあでも300歳オーバーだし、いたっておかしくはないのか。
「今年で13歳になられるんです」
「13っ!? 嘘、あれでっ!?」
でも確かに……小さく見える。
距離がそれなりにあるから、ちょっと遠近感があるのと動きが速いせいで一回りくらいしか小さく見えないけど、よくよく見ればけっこう小さいかも知れない。
「ユベール様は天才と言われていますよ」
「……いるもんなんだなあ……天才なんてのは案外……」
昼ごろまでドラグナーの訓練風景を眺めてから、王宮へ帰った。
そう言えば王宮ではユベールってのを見てないけど、13歳にしてもう別居してたりするんだろうか。




