カスタルディ王国
カスタルディ王国。天空王の国。
クセリニア西部、竜の上顎と呼ばれる地方にある。巨大な台地と高低様々な岩山が連なるところにその国が築かれているためだ。でべそのように大地から屹立した広大な台地は、圧巻だった。
しかもその台地だけ、緑がいっぱいに覆われているのだ。その周りは茶色い荒野が続いているというのにそこだけが緑の自然に溢れていた。
そんな国土を持つこの国は、天空王の国だとか言われている。
空を制する、ワイバーンに跨がった偉大なる大王が治めているから――だそうだ。
でもって、その天空王っていうのがこのロベルタなわけか。
「しっかし、すっげえ国だな……」
「この台地は天然の防壁だ。攻め入ってこようとも上からの攻撃で制圧ができる上、見晴らしが良いために敵の進軍も早期に発見することができる」
「やけに山がとんがってるんだな、細いし……」
まるでトンガリコーンを台地に植えたみたいな……。
「一説では、この台地そのものが巨大な竜であると言われている。あの山は竜の棘だそうだ」
「ひょええ……」
「しっぽー!」
「待てっ、フィリア!」
「あうっ……」
獣人族を見つけて突撃しようとしたフィリアを魔縛で止めた。ぺたんと尻餅をついてから、フィリアは親に向ける目かよっていうくらい渋くて鋭い眼差しを向けてきた。駄々をこねても、心を鬼にして魔縛で引っ張りながら歩く。
豊かな森は明るく綺麗だった。手入れのされている森だろうというのは分かった。降り立ったところからしばらく歩く間に、様々な人種の国民がロベルタに無言の挨拶をしていた。右腕で左肩を押さえ、腰を少し折り曲げながら会釈をするのだ。ロベルタはそれに無言で手をあげて答え、すたすた歩いていく。
「ここが我が宮殿だ」
森を抜けると建物が姿を見せた。
広い間口の玄関。白亜と金の宮殿だった。テラスのように出っ張った屋根が地面まで長く突き出ていて、それを装飾の施された柱が支えている。ドアなんてない、開放的な造りだ。
手入れされた庭がその前にあり、綺麗な池なんかもある。そして、その庭には大小のワイバーンが横たわってくつろいでいたが、ロベルタが来るなり頭を上げ、会釈するようにそっと下げた。全部で……6頭もいる。すっげえや。他にもまだいるんだろうな。
「しっぽぉぉ……!」
俺の魔縛に捕まってるにも関わらず、さっきまで乗っていたワイバーンを見つけてフィリアは這いながら近づこうとしていた。
「お前の娘は何なんだ?」
「もふリストだ」
「……も、もふりす……?」
「あのワイバーンと遊ばせてやってくれねえ?」
「……手荒なことはさせるな」
「あいよ。……フィーリア、あのロベルタおじちゃんが触っていいって許可くれたぞ」
フィリアの傍にいってしゃがみ、言う。
が、ぷいっと顔を背けられた。
「ほれ、あそこのロベルタおじちゃんに、お礼言え。そしたら、あのふわふわと遊んでもいいから」
「…………」
俺をちら見してから、フィリアはロベルタを見た。おじちゃん呼ばわりしたのにロベルタは顔色ひとつ変えていない。けっこう器の広いやつなのかも知れない。
「……ロベルタおじちゃん、ありがと」
「……それがお前の教育方針か?」
「そうだ。乱暴にすんなよ。ほれ、行ってこい」
魔縛を外すと、フィリアはお目当てのワイバーンに突撃していって飛びついた。ふわふわの毛にダイブして全身で堪能している。うーむ、うらやましいくらいのもふ充っぷりだ。俺もあんな風に全身でもふもふを享受してみたい。
王宮の中へ入ると大勢の使用人が列を為してロベルタを迎えた。堂々とした歩き方といい、家臣からの迎えられ方といい、ロベルタからは風格のようなものを感じられる。俺が思ってた以上の大物っぽさ。しかしその偉さが鼻につかないから余計にすごいやつに思えてくる。
長い立派な通路を歩いていった。
観葉植物が並べられていて、建物の中だというのに何だか自然を感じる。開放的だからか? 外と中の区別がつかない内に建物に入ってきてしまったせいかも知れない。
「くつろげ」
通路をまっすぐ歩いてくると行き止まりになった。
ラグが敷かれた空間で、そこにもワイバーンがいた。何となくヘビを思わせるようなワイバーンが丸くなっていて、ロベルタはそれをソファーにするように座って背を預けた。
「聖竜祭について、教えてやろう」
「教えてくれ」
「聖竜祭では30人のドラグナーが競い合う」
「ドラグナーってのは?」
「ワイバーンに跨がり戦う、空の戦士だ。お前には31人目として参加してもらう。武器に制限はない。魔法の制限もない。ドラグナーを搭乗しているワイバーンから地面へ叩き落としたら勝利だ。叩き落とされても地面へ体の一部や、武器がつく前にワイバーンに拾い上げられればそれは続行される。ドラグナーはドラグナーへの攻撃しか許されない。が、ワイバーンは相手のドラグナーにも、ワイバーンにも攻撃をして良い」
「わざとじゃなきゃ、相手のワイバーンを攻撃しちゃってもいいのか?」
「それは不問としている」
空中戦か。
と言うか、こんなにたくさんワイバーンがいるなんて思ってもなかった。想像以上に数が多い。
「優勝したらいいことあるのか?」
「名誉とともに、報奨金、記念品を贈与している」
「金と記念品ね……」
「また、2頭目のワイバーンを使役する権利も与えている」
「2頭目? 許可制なのか?」
「そうだ。ドラグナーは誰もがなれるわけではない。相棒となるワイバーンを得る資格を定めている」
「……お前はたくさんワイバーンを持ってるみたいだけど?」
「俺はまだ5度しか優勝をしていない」
「待て、お前……いくつだっけ?」
「250を数えてからは覚えていない」
「……すでに5回勝ってて、6回目になるんだよな? て、ことはお前……300歳……」
「そうなるな。だが詮無きことだ。それに俺はこの国の王だ。どれだけのワイバーンを従えようが、それは権利である」
「また、出るのか?」
「今回は出ない。俺ばかりが優勝するために、若い連中が腑抜けているのだ。だからお前を参加させる。お前は勝とうが負けようがいい。だが、小童どもの刺激になるように脅威となるだけの活躍をしろ。野良のワイバーンを手懐けて乗りこなしている者はそう多くない。それが参戦したとなれば、この国の伝統としてよそ者に負けるわけにはいかぬと奮起するだろう」
はっきり言うよなあ、こいつも。
ド直球に言ってもらった方が楽でいいっちゃあいいんだけど。
「聖竜祭は4日後に始まる。それまでにドラグナーの戦いというものを学んでおけ。すでに国の者には貴様のことを通達してある。俺が見込み、連れてきた最強のよそ者だ、と」
「……よそ者としちゃあ、確かに最強かもな」
「世話係をつけてやる。好みを言え」
「好み?」
「女か、男か? 人間族か、獣人族か、魔人族か?」
「尻尾の毛がボリューミーかつ手入れの行き届いてる獣人族で」
「……物好きだな、貴様は」
「そう言うお前はどんなのが好みなんだよ?」
「俺は何だろうが構わん、俺にない魅力的なものさえあれば男だろうが、女だろうが、子どもだろうが老人だろうが抱いている」
それはそれでどうなのよ。
守備範囲が広すぎやしませんかね。
「今夜は歓待してやる。好きに過ごせ」
そう言ってロベルタはどこかへ行ってしまった。
とりあえず歩いてきた通路をまた戻っていくと、フィリアは相変わらずもふもふワイバーンにしがみついていた。俺も、あんな風にもふりたい……。