尻尾フリーク
レストは往復22日でボコロッタ王国へ舞い戻ってきた。
背に乗せていたのはロビンとリュカ――そしてフィリアだった。
「フィリアっ、お前、パパに会いたくて、こんな遠くまで来てくれ――」
「ちがう」
驚きよりも嬉しさが先走ったのに、フィリアには顔を背けられた。
「ごめん、レオン……。気づかなかった」
「うん。飛び立ってから……リュックに入り込んでたのに、気がついて……」
ロビンの尻尾を追いかけてきてしまったようだった。
シオンを連れ帰るのに日数はかけない方が良いだろうという判断で、フィリアがくっついて来てしまったことに気がついても引き返さずに一直線に飛んできたそうだ。
「んで……シオンを、どうにかできるのか?」
「手紙を読んだだけじゃ分からないけど、準備はしてきたよ。物理的な拘束で動けなくなるんなら、それに加えて魔法的な封印も施せば問題ないと思って。それで、リュカも雷神の加護を使ってシオンの行動を制限できるかも知れないって言うから」
「ほんとか、リュカ?」
「多分、できる」
シオンは水を飲まずとも、ものを食わずとも、飢えたようにも、弱っているようにも見えなかった。ずっと赤い目を開いて、地下牢で俺とにらめっこを続けてくれていた。本格的に不死なのかも知れない。リュカとロビンを地下牢へ連れていった。
フィリアは揺れるロビンの尻尾に夢中で、他に興味はないとばかりの態度だったが教育上、地下牢なんてとこに連れていくのは好ましくないだろうと思い、冒険者ギルドに行って女の獣人族にシッターを頼んでおいた。破格の前金を握らせたから大丈夫だろう。
「ほんとに、目が赤い……」
「匂いも何だか違う感じがする……」
目だけを開いてシオンは鎖に絡め取られたまま動かない。
先にリュカが雷神の紋とやらをシオンにつけた。手で触れたところへスタンプを押したみたいに雷神の紋章が浮かんでいた。リュカが押しつけた秩序を破れば、たちまち雷に焼かれるらしい。ただし、一度、発動したらそれで消えてしまうということだ。
それからロビンが魔法紋を刻んだという魔石をシオンの首につけた。チョーカーのように見えなくもないものだった。これがついていると魔力放出弁が常に全開となってしまって、擬似的に穴空きと同じになるらしい。それからただでさえ頑丈な鎖にも魔法的な処置を施して外れないようにした。
「これで身動きは取れないし、魔法さえ使えない」
「何かやってもソアの雷が裁く」
「で、どうやってエンセーラムまで連れ帰るんだ?」
「……レストで、運べるかな?」
「……どれ」
厳重に拘束されたシオンを持ち上げにかかった。ニゲルコルヌの重量と比べる。当然だけどニゲルコルヌよか重い。それでもせいぜい、1.5倍くらいだろう。
「これなら多分、レストでも飛べる重さだな。けど……背中に載せるにはサイズがな」
「吊ってくのは?」
「助走つけなきゃ飛べねえし……そん時に邪魔になって飛べなくなっちまいそうだ」
輸送手段がない。
かと言って、ここから海までというのは遠い。
どうしたもんかと悩んでいたら、ロベルタがやって来た。聖竜祭の開催が迫っているからと、数日前からせっつかれている。
「何をしている」
「シオンを運んでく手段が思いつかねえんだよ」
「……お前のワイバーンでは運べぬのか」
「生憎とな」
「ならば貸しひとつで、運んでやる。どうする?」
ロベルタに貸しを作る――か。
ちょっと不安だが、背に腹は変えられない。
「ちゃんと運べるんだな?」
「当然だ」
「んじゃ、頼む」
「いいだろう」
シオンを表に運び出した。ボコロッタの外までだ。
そこでロベルタは指笛を鳴らした。すると地響きが起きて、地面の下から巨大な魔物が出てきた。ニゲルコルヌを抜きかけたが、片手でロベルタに制された。魔物は襲ってもこなかった。家一軒背中に乗れそうなほど大きなワイバーンだった。全体が灰色で、ものごっつい。背中に上がらせてもらうと、意外なことにそこはけっこう平坦だった。僅かなデコボコはあるのだが、それでも平な方だと言って問題なさそうだ。
「そいつを乗せて括りつけろ。こいつは3日に1度は翼を休めねばならない。海を超える前は1日休ませろ。そうすればクセリニアの端からお前の国までは飛べるだろう」
「……すっげえな、おい」
「でっけぇー……かっこいい」
「これって、ほとんど竜と同じくらいのサイズがあるんじゃ……?」
「とりあえず、ロビン、リュカ、シオンの輸送は頼ん――」
「レオンハルト王!」
見送りかけたところにソロンが慌てて来た。
「カルディアの研究をしてるという魔法士は……」
「あ、忘れてた。でも……ロビンにはついてってほしいし、時間がな……」
「その子が、手紙にあった……えと、アニューラ王国の?」
「ああ。どうすっか……?」
「じゃあ……一緒にエンセーラム王国まで行く? 研究資料を見せながらの方が理解が早いと思うし、僕も聞きたいことがあるから」
そういうことで、ソロンも巨大ワイバーンとともにエンセーラム王国行きとなった。
見送って空の彼方に見えなくなってから、ようやく一息つく。
「すぐにカスタルディへ向かうぞ。貴様のワイバーンを呼べ」
「あいよ――って、お前は移動どうすんだ? 今、お前のワイバーン……」
「この俺が、従えているワイバーンが1頭だけだと思っているのか?」
複数頭従えてるって方が俺には目から鱗なんですけど。
「ま……いいか。んじゃあ、カスタルディに――ああっ!?」
「今度は何だ?」
「フィリア帰すの忘れてたっ……!」
シッターを頼んだ獣人族から離れなくて大変だったフィリアをどうにか、猫じゃらしで釣って引き剥がした。揺れるもんなら何でもいいのかと疑いたくなったが、猫じゃらしをやっと捕まえたフィリアは思っていた感触と違ったのか、めちゃくちゃ不機嫌になった。それでも、別の獣人族の尻尾目掛けて走っていこうとするのをどうにか止めて、嫌がられるのを我慢しながら抱え上げた。
我が娘ながら、ここまで尻尾好きとは……。
ちと将来が心配になる。獣人族ばかり囲って権力にあかせたハーレムとか形成しないよな? 俺のなし得なかった尻尾ハーレムという夢をこいつなら叶えるんじゃないかと思えるほど尻尾フリークだ。6歳にしてもふリストレベルはかなり高い。
「はーなーしーてっ! きらいになってもいいのっ!?」
「それはダメだけど放さない! お前はたまには俺の言うことを聞け!」
「いーやっ!」
「俺も嫌っ!」
「……さっさとしろ」
父娘の戯れをロベルタはものすごく冷たい目で見ていた。
呆れながらロベルタがまた指笛を吹き鳴らすと空の彼方からまた飛んできて――俺とフィリアはそれに目が釘付けとなった。
全身にふわふわの毛をつけたワイバーンだった。体高は4メートルほど。凛々しい顔つきで、全身を鱗ではなく白い毛で覆って、尻尾にまでみっちりとふわふわの毛をつけている。
「ロベルタっ、それ俺に乗らして!」
「断る」
「そこを何とか――あ痛っ……レスト?」
「クォォッ!」
後ろから頭をついばまれて振り返ると、レストが怒っていた。泣く泣く諦めてレストに跨がったところで、フィリアがいつの間にか俺の腕から抜け出していたのに気づいた。ロベルタの呼んだワイバーンに夢中になってしまった時に逃げられたっぽかった。
が、俺から逃げ出したフィリアはもふもふワイバーンの尻尾に夢中になっていた。
「……フィリアだけでも、乗せてやってくれねえ?」
露骨に嫌な顔をされたが、どうにか頼み込めた。