誇りの名は
「ロビン、レオンはあれを使うためにずっとフォーシェ先生のところへ通って特訓をしていたんだ」
騎士養成科の教官に呼ばれて、さっきまでレオンとミシェーラさんがいた舞台に立った。マティアスくんが前を向きながら僕に教えてくれる。
「朝早くから、夜遅くまで。ランチの時間も削って。
今日の、あの瞬間をキミへ見せつけるためだけにやっていた」
向こうから歩いてくるのはネグロくんと、ジェルマーニくん。
その顔を見ただけで尻尾は震えそうになる。けれど、腰の馴れない重みの剣が押さえてくれるような気がした。これはマティアスくんとの約束の剣だ。
そして2人が歩いてきた焦げた地面はレオンの放った魔法の痕跡。
初めて使った魔法には思えない、美しくて力強い魔法だった。
「やるべきことは分かるな?」
「……うん」
魔力欠乏症というハンデがあっても、レオンは決して怯えない。
どれだけ周りに罵られ、バカにされて、執拗な嫌がらせを受けてもレオンは屈しない。
僕はそれを、すごいと思ってきた。
他人事のように、レオンは強い子だからって思ってきた。
けれど、レオンも同じだった。
いや、僕よりも辛い身の上だったと思う。
なのにレオンは、魔力欠乏症だからって諦めなかった。
体を鍛えて、跳ね返していた。使えないはずの魔法を練習していた。
「双方、構えろ」
僕より7歩前のマティアスくんが剣を引き抜いた。
腰の剣を僕も抜いて、彼の横へ歩いて行く。並んで、立ちたい。後ろで隠れるだけじゃあダメだ。
「……できるのか?」
「やるんだよ」
短く言葉を交わす。
マティアスくんが小さく笑った。
レオンは教えてくれた。
不可能なんてないんだって。
立ち向かえば掴めるものがあるんだって。
正直まだ怖いけれど、恐れていても変わらない。
僕はそのままでいいのかと自問する。ずっと、目を逸らしてきた。そうするのが楽だから。いつか終わるって後ろ向きに信じていた。
「獣人如きが気高い騎士のまねごとか、反吐が出そうになる」
「違うよ、僕は騎士じゃない。
誇り高き獣人族、誇り高き金狼族の戦士グラージルの末裔、ロビン・コルトー。
ジェルマーニ、ネグロ! 我が一族への侮辱と、我が友レオンへの罵詈雑言への罪をすすいでもらう」
目を逸らすな。
抜いた剣をピクリとも揺らすな。
あの小さな背中が語った勇姿を今一度、思い起こせ。
「模擬戦、開始!」
駆け出した。マティアスくんとともに。
ジェルマーニがマティアスくんと剣を交える。一直線にネグロへ向かう。
「ハッ、魔法士にあるまじき暴挙だね! 何が誇り高き戦士だ、野蛮な獣人だよ!」
強風が吹きつけたかと思うと、炎の壁が現れてそれが僕へ向かってきた。
まるで大波だ。目の前を遮る、業火の壁。飛び込めば身が焼かれ、息も出来なくなるだろう。
「とっとと焼け死ね、ケダモノ風情め!」
「見た目ばっかりの魔法だね」
でもそれはハッタリに近しい。
穿つものは水球。腕の動きに連動し、作り出した水球が先行して炎の壁へぶつかっていった。蒸発をしながら炎の壁を通過する。
思った通りに集束されていない、すかすかの炎だ。
僅かに開いた、その穴を駆け抜ける。
炎は身を焦がそうとする。熱い。
それでも通り過ぎれば一瞬だ。恐怖も痛みも、ほんの一瞬。
何ということもない、つまらぬ薄い壁の向こうにはネグロがいる。彼が杖を振るう。匂いの向きが変わる。風のくる方向が分かる。土魔法で防風壁を作り出し、それに角度をつければ自ら起こした風にネグロが吹かれる。さらに僕の魔法で風を吹かせてぶつけ、気流を生み出し閉じ込める。
「ぐっ、何で……獣人如きがっ!?」
「良い風だね、たっぷり酸素をはらんでて、よく燃えそうだよ」
「お前、まさかっ、やめろ!」
「やめてって言ったら、キミはやめたのかっ!?」
ネグロを閉じ込めた大旋風が、紅蓮に飲まれた。
すごい蒸気がもうもうと上っていく。水魔法でどうにか凌いでいるようだけれど防戦へ入った時点で主導権は僕にある。
炎の渦へさらに駆ける。
剣を振りかぶりながら、火を消した。
水で作った柱の中でネグロは耐えていたらしい。
突如消えた炎と、姿を見せた僕。
即座にネグロは反撃へ出て、風を吹かせる。でも、遅い。それは2つの手順を踏まなければ、威力を引き上げられない。風だけで身動きを封じるほどの技量も彼にはない。
「獣人が寄るなっ、近づくな!」
アーバインの剣がネグロを守る水を切り裂いた。
彼は派手に見せることはできても、実用的な面を蔑ろにしている。水柱は綻びが生じればすぐに形状を維持できずに弾け跳ぶ。振り下ろした刃を返し、踏み込みながら切り上げる。
「はああっ!」
「ああっ、ぁ……ぁ――」
刃はネグロの首の皮を僅かに切る。でも、それだけ。
揺れる瞳で僕を見ていた。それは少し前までの僕だろう。弱者の目だ。
「……降参する?」
「っ……降参す、る――ものかっ!」
目の奥がギラつく方が、彼の言葉より早かった。
模擬戦はあくまでも、戦いの練習というだけだから殺すような攻撃をしてはいけない。首筋へ刃を当てている僕は、この手元をもう動かせない。それをネグロは分かっていた。でも、僕の本質は剣じゃない。
くすぶる匂い。
また火の魔法を使おうとしていた。
火種が爆ぜるより早く、ネグロの顔が水球に囚われる方が早い。
「暴れたら、首が切れるよ」
少し押しあてながら告げる。暴れようとしたネグロが動きを止め、それから――口から大きな気泡を漏らした。
「そこまでだ。勝者はカノヴァス・コルトー組とする!」
魔法を解除するとネグロはばたりと倒れた。ちょっと息が出来なくなっただけなのにもろい。
アーバインの剣を鞘へ納めるとマティアスくんが優雅に歩いてくる。
「正直、侮っていたぞ、ロビン。これがお前の、本来の実力か」
「……マティアスくんと、あと……レオンのお陰だよ」
彼の方へ目を向ける。鼻血のついた顔で、レオンは拳を上げた。
それに応じるように、僕もぎゅっと拳を握って上げて見せる。マティアスくんが、そこに自分の拳を軽くぶつけてくれた。
「いつか、僕に仕えてみないか? 厚遇するぞ」
冗談めかしてマティアスくんが言う。
嬉しい誘いだったけど、まだ先のことは考えられない。だから。
「マティアスくんが、すごい貴族になったら考えるね」
「ふっ、言うじゃないか。もっとも、そうなるといずれ考えてもらわねばならないがな」
そうして僕らの模擬戦も終わった。
授業が終わってから、打ち上げだとレオンが言い出して、ミシェーラさんも交えて4人でご飯を食べに行った。
次の日からは、ぱたりとネグロくんが大人しくなった。
けれど嫌な視線が消えるわけじゃない。差別と蔑視と侮辱は向かってくる。立ち向かわないといけない。
僕は戦士だ。戦いは剣を振るだけじゃない。
この戦いは決して負けてはならない、誇りを守るものだ。
この誇りの名は、友情と言う。




