死なない男
「お前の従者はなかなかやるではないか!」
「喜んでんじゃねえ! 俺がやるから引っ込んでろ!」
「断る! 自分でケリをつけたいのならば貴様が割り込んでこい!」
女王さんがまたシオンに突っ込んでいく。武器がないかと会議室を見渡すと、隅に飾られていた甲冑が目についた。邪魔な人混みを掻き分けながら走り寄って、甲冑が持っていた槍を取り上げる。見るからに骨董品だがないよりはマシだ。
「シオン、お前は何してんだよ!?」
腰だめに槍を構えながら駆け出し、穂先から魔弾を放ちまくる。シオンは女王さんの攻撃を捌きながら、演武のような流麗な動きで俺の魔弾を見えているかのように回避してきた。
「畜生が……!」
躍り出て槍を振り下ろした。女王さんがタイミングを合わせて剣を振り上げる。
シオンはそれをただ一回、剣を振り上げるのみで捌いた。女王さんの攻撃を払い上げて流し、俺の槍とかち合う。魔鎧で力任せに振り切ったが、それも受け流されて槍は床へ思いきり叩きつけられた。
戦いにくい。
シオンの剣は独特のリズムがあって、それがこっちの呼吸を乱してくる。柔軟な剣筋がそれに加わると、柳に風、のれんに腕押しとばかりに受け流される。しかも、その後の隙を的確に突いてくる。リュカみたいに突出した攻撃力があるとか、マティアスみたいにめちゃくちゃな速攻で畳み掛けてくるというタイプではない。
どちらかと言えば防御に秀でて、凌ぎながら反撃をしてくるスタイルだ。
俺と女王さんで攻め立ててるにも関わらず、シオンは捌いて、受け流して、立ち回りながら同時に相手取ってきている。つかみ所がなさすぎる。シオンが次にどう動くのかという無意識の予想を裏切られ続けてついていくことができない。
「おいシオンっ! お前っ、いきなりどうしちまったんだよっ!?」
槍を突き出し、そこから横へ薙いだ。同時に魔縛を使って絡め取ろうとしたが、シオンは高く飛び上がるなり天井からぶら下がっていたシャンデリアを使い、振り子のように勢いをつけて遠くへ飛んで逃れた。もしかしてヴラスウォーレンの時みたいに操られていたりするのか?
「あなたの問いに、答える必要はありません」
「シオン……」
「自分はアインス。あなたの敵です」
「ならば殺す他あるまいなっ!?」
女王さんが駆けている。
シオンが剣を正眼に構えた。
「ヴァネッサ、待て!」
「待たぬ!」
剣が砕けた。
それから血が噴いた。
あの女王さんが斬られた。目を疑う。まるで居合い切りだ。交錯したかと思えば女王さんの剣が打ち砕かれて、そのまま切り伏せられたのだ。しかし、女王さんもしぶとく、斬られながらも砕かれた剣を振るっていた。見事にシオンを背後から捉えていた。
「殺せ、レオンハルト!!」
魔伸をかけた槍を繰り出した。
女王さんの攻撃を受けてよろめいたシオンの胸元を押し固められた魔力が貫いて風穴を空ける。
「っ――」
よろめいたシオンが、膝をついた。
槍を放り捨てながら走り寄る。心臓を貫いたはずだ。赤い瞳が俺を見ている。
「シオン……お前、何で……」
「……シオンという名ではありません。アインスです」
いきなりシオンの腕が動いた。首を刈り取られるかと思ったが、その前にシオンの腕が、肘から先が斬り飛ばされた。血だけが俺に降りかかる。
「何故死なん、こいつは――」
首の横から剣を刺し貫かれ、シオンの頭が床へ押しつけられた。ロベルタがシオンの首を床に突き立てている。頭と体は繋がったままで。
ごぼごぼとシオンは口から血の泡を吹いているが、苦しげな表情はなく赤い目を見開いている。
「お前は、何なんだ……?」
シオンに心臓がなかった。俺が穿った胸の傷は数時間で塞がり、ロベルタが斬り飛ばした右腕も同じほどの時間で生えてきた。
今は身動きが取れぬようにと魔法紋の刻まれた頑丈な鎖でシオンを縛り上げている。何でいきなりシオンがおかしくなったのかは分からないが、ナターシャと関係があるというのは分かった。だがシオンは口を割ることはなかった。
残っている手がかりは、一命を取り留めたソロンだった。
百国会議はうやむやのまま閉会となり、参加国の代表達は巻き込まれてはたまらないとばかりにこぞって帰っていった。宿で捕まえた従者の生き残り4人は死んでいた。女王さんの側近が言うには、ナターシャが現れて殺していったそうだ。
他のソロンの部下も死んでいた。殺され方を見るに、シオンの仕業だった。
そもそも俺達が会議室へ戻っていった時、どうしてシオンがソロンを倒していたか――という話だが、つまらない百国会議が続いていた時に突然ソロンが傷つきながら、助けを求めるように駆け込んできたんだという。それを追いかけてきたのがシオンで、その時すでに様子がおかしくなっていたらしい。
シオンの瞳は元々赤くはなかった。
だが今はずっとシオンの瞳は赤く輝いているままだ。
「赤い瞳と言えば……ヤマハミだな」
「エルフの瞳も赤いはずだろ」
「だがエルフには見えん」
ロベルタは百国会議が終わろうとも帰ろうとはしていなかった。
「斬っても死なぬとはな、まるで不死の魔物だ」
女王さんもそんなことを言った。
こちらも帰るつもりはまだないらしかった。
ヤマハミ。魔物が突然変異し、瞳は赤く、爪や牙や角は気味の悪い紫色になる。そしてとんでもなく頑丈で、凶暴で、強い魔物。目を抉り出せば赤魔晶と言われる希少な魔石になる、解明されていない魔物の総称。
ナターシャがマディナを殺した時、胸から赤魔晶のようなものを取り出していた。それはジャルに言うことを聞かせることのできるカルディアという玉のようでもあった。ジャルの瞳は何色だっただろうかと記憶を探ったが、ぱっと思い出せなかった。図体がデカいからいちいち顔まで見ていなかった。
ヤマハミ、カルディア、心臓がないシオン。
そしてナターシャ。
何か関係があるような気がしてならなかった。
「陛下、ソロン王子が目を覚まされました」
「すぐに行く」
シェルパが報告に来て、俺達はソロンのいる部屋へと向かった。
「気分はどうだよ?」
「……俺は、生きてるのか……?」
「生きてんだろ」
「答えることに答えたなら、試してやってもいいぞ。今生きているのであれば、貴様の首をはねれば動かなくなるのだ」
おっそろしいことを女王さんは言う。
俺達に遅れてカティアとテレスが入ってきた。カティアの親父はもう帰ったようだが、2人とも律儀に幼馴染のために残っていたようだ。
「全部、話せ。百国会議3日目に、お前がどうして欠席していたのかも。愛しのカティアちゃんを手に入れるためにどうして、俺をハメようと思い至ったのかも。その時にお前をそそのかしてきたやつのことも。あとお前の連れてた従者どもについても、だな」
「……ナターシャという女が、現れた」
やっぱり、ナターシャか。
「今にして思えば……どうしてあの女の言うことに従ったかは、分からない。だが、カティアの気を惹くなら、そうするのが良いのだと……思い込んだ」
言いながらソロンはカティアをちらと見て、すぐに顔を伏せた。
「ナターシャはエンセーラム王を陥れろと言った」
「理由は?」
「……よく、分からない。だけどっ、あんたのことが気に入らなかったから、そうしたらいいと思ったんだ!」
「理解に苦しむ妄言だな」
冷淡にロベルタが言うとソロンは自分にかかっているシーツをぎゅっと握ってしわを作った。
それからも尋ねられるままソロンは答えた。罪の意識はあるらしいが、行動を起こした動機はちぐはぐなカティアへ対する恋慕の歪みだった。どうして俺をハメたら見直されるのか、本人も分かっていなかった。それでもそうするのが良いのだと、その時は思ったのだと何度も言った。
結局分からなかったのはナターシャの正体。
それと、従者が勝手に取った行動の謎だ。どうしてジャムに毒物を混入したのか。俺が百国会議2日目の夜にマズい状況になっていた時、ソロンは逃げた。その時は粗悪品と取り替えたことで人が死んだのだろうと思ったそうだ。で、怖くなった。しかし、ヤブヤドゥーのことについては何も知らなかった。従者が独断でやったことだろう。その従者の素性は詳しく語ったが、特に不審なところは見つからなかった。
百国会議の3日目、ソロンは自分がトレビューランを殺してしまったのだということに怯え、会議に出向かなかった。昔から従えている数人の従者のみを連れて、ボコロッタの外へ出て体を動かしていたらしい。そこへシオンが現れた時は、まだ普通だったらしい。
シオンが話を聞きだそうとし、ソロンは俺が疑われていることと、ソロンの名を尋問でも出さなかったことを知った。粗悪品の食中毒で死んだのではないと分かってほっとし、逃げずに名乗り出て弁明しようと思ったそうだ。
ボコロッタ城へ踏み入った時、そこにナターシャがいた。
「ナターシャと目が合った瞬間に、その……シオンというあんたの従者は豹変した。剣をナターシャに渡されて、それを抜いたと思ったら――俺に攻撃してきた」
不意打ちだったらしい。
瞬く間にソロンの従者は斬り殺され、僅かな抵抗で敵わないと踏んでソロンは会議室へ逃げ込んだ。そこなら、俺や、武闘派で名高い女王さん、それにロベルタも、テレスもいると分かっていたから、だそうだ。しかし、俺達はいなかった。テレスも突然のことで動けなかった。
そしてトドメを刺されそうになったところで俺達が駆けつけてきた。
ナターシャ。
ヴラスウォーレンでも、この百国会議でも出現して俺の邪魔をしてきたエルフの女。
記憶のないシオンには何かしらの因縁があるやつというのは分かった。むしろ、嫌な想像が浮かんだ。シオンは元々、ナターシャに使われている立場で、何かしらの目的を持って記憶がない状態でわざとベリル島に流れ着いてきた。そして使い時とばかりにシオンを操ってきた。不死の兵士として。
「どうすりゃいいんだか……」
地下牢で鎖に雁字搦めにされているシオンを見ながら、呟く。一言も喋れぬよう、口にまで鎖を噛まされているシオンは、赤い光を放っている目で俺を見据えていた。