誰かの悪意
「……な、何だよ、まだ俺に恥をかかせたいのか……? それとも……まさか……いやでも……」
噛みつくようにしてソロンが言ってきたが、すぐに、ぶつぶつ何やら呟きだす。
百国会議は3日間開催をされる。2日目の夜会はキャンセルし、ソロンに会いにきた。ちゃんとシオンを通じて事前のアポを取った上で、だ。シオンを連れてきておいて良かった。これがリュカだったら俺が自分であれこれしなきゃいけなかっただろう。
「俺はな、心配なんだ。お前のことを見てたら、無性に不安に駆られた」
「何……?」
どれだけ強かろうが、中身がちゃらんぽらんではダメなのだ。
多少のわがままを言うことでさえ、日頃から諸々の面倒臭い責任を果たすからこそ聞き入れてもらえるというものだ。俺はフィリアとディーには責任感を持った大人になってもらいたい。決して、ソロンのように自分だけじゃなくて、自分の国までバカにされてしまうような軽率な行動を取るようなやつにはなってもらいたくない。
「俺に話せ。そうして俺は、お前に抱いた不安を除く」
「な、何言ってんだよ、あんた……?」
まあ、いきなり言われりゃ困惑もするだろう。
だが俺は聞き出せなばらないのだ。じっとソロンを見つめると、視線をうろうろさせ始めた。
「いいから話せ。何を話せばいいかくらい、分かるだろ」
「っ……ひ、人払いをしろ」
「シオン、出てけ」
「はっ」
「……お前らも出ていけ」
下がらせて、部屋には俺とソロンの2人きりになる。
しばらくソロンは黙っていたが、おもむろに膝に肘をついて、顔を手で覆った。深呼吸をしている。
「俺だって……これでいいとは思ってない」
「そうか」
自覚はあるのか。
いいことだ。
「でも……だけどよ、何したってカティアは振り向かない。だから、こうするしかないって……」
ん?
こうするって、何のことだ?
「どこでどうやって聞きつけたのか知らないけど……あんた、ただ強いだけじゃなくて、事情通なんだな」
何だろう、昨日よかこいつの中で俺の株価が上がってる気がする。でも事情通ってどういうことだ。何かした覚えはさっぱりないんだけど。
「あんたが……昨日、おしゃかにして、ほっとした……」
「おう、そうか」
何を?
「だからあんたには、手を出さない……。手を切る」
「…………」
「あんたのことを貶めようとしたのに、こうして堂々と俺のとこに乗り込んできて話するとか……すげえんだな」
貶めようとした? 昨日のこと、なのか?
でもそれにしてはちと神妙すぎるような感じだし、おかしい。ちょっと訳知り顔で相槌打つのも限界だ。
「……何か、話が噛み合ってねえと思うんだけど」
「は?」
「いや、貶めるったって、昨日のことなら別に全然……」
「だ、だって……あのテーブルの下に隠れてた刺客を、あんたは俺を吹っ飛ばして……」
「刺客?」
「えっ……?」
何これ。
「きょ、今日だって……あんたが昨日、もてはやされたからってエンセーラムと関わりが深いっていう、マレドミナ商会のもんを夜会で出すって……!」
「へえ、そうなんだ? まあ、いいことじゃんか」
「だからっ……それを粗悪品と取り替えて評判を……」
「え?」
「え、って……じゃあ、まだ何も……」
「……したのか?」
おずおずと頷かれた。
「バッ……お前、バカ野郎っ! シオンっ! 夜会の会場行って、マレドミナ商会のもんを全部引っさげてこい!! 大急ぎだ!」
のんびり話してる場合じゃねえ。
最悪、そんなことしたらジェネのクビが危うすぎる。主任っつーことはあいつがそれなりの責任を負う立場になってんだ。
「お前、後で覚えてろよっ!?」
言いつけてから、俺も大慌てで出ていった。
城に辿り着いてダンスホールまでの道を突っ走っていった。ダンスホールに近づくにつれ、異変に気がつく。ドレスで着飾った女が通路まで逃げるようにして出てきていたのだ。
「食いものに手えつけんなっ!」
叫びながら飛び込んだが、すぐに俺へ視線が注がれた。
人が倒れていた。医者らしい初老の男がその傍にしゃがみこんでいて、ボコロッタ王に首を左右に振って見せる。ちらと見えた倒れている人は目を半開きにし、舌と泡を口から出して動かなくなっていた。
「……エンセーラム王よ、良いところに。この者はたった今、貴国で作られたジャムを口にしたところ泡を吹きながら倒れ、死んだところです」
死んだ?
ソロンは粗悪品と取り替えるとしか言ってなかった。
「これは……毒を混入していたのではありませんかな?」
「はあっ?」
「我が王がそのような卑怯なことをするはずはない。それ以上は侮辱行為だ!」
「黙れ、シオン!」
「ですがっ――」
「いいから黙ってろ。……俺はそんなことしねえよ。だが重大な信用問題だってのは分かる。だからハッキリさせるために、何が起きたか教えろ」
足音が聞こえてきた。
ソロンが駆け込んできて状況を見ると、目を見開いた。尻込みするように後ずさると、逃げるようにして通路へまた消えてしまった。
「……逃げるなっつーの……」
いきり立っているシオンの肩を叩いて落ち着けと言い聞かせると、別室へ丁重に連れて行かれた。
「俺知らないよ、ちゃんと……店にあった中で、いいのをちゃんと選んで届けたんだ。なのにどうして、ジャム食べて死ぬなんて……」
「お前がやったなんて疑ってねえから安心しろ」
マレドミナ商会ボコロッタ支店からジェネが呼び出された。商品を食って人死にが出た、なんていきなり伝えられちゃあパニクるのも仕方ない。働きに出て数年で日焼けしていた肌も白くなっていたが、さらに顔を白くさせてうろたえていた。
「レオンハルト様、もしも何者かがどこかのタイミングで毒を混入させたとして……目的は何なのでしょう?」
「さあな……。俺を気に食わない野郎じゃねえか?」
ひとりしか思い浮かばねえけど、わざわざクセリニア大陸で行われる百国会議なんて場でしてくるようなやつには思えない。それにきっと、俺を手にかけるならエドヴァルドは人目のない場所で、自ら手にかけようとしてきそうなもんだ。
ソロンが俺を貶めようとしていたのは分かる。けどあいつは思っていたほど剛毅なやつじゃないから、俺を貶めるために毒殺しようだなんて考えるやつじゃないと思う。粗悪品と取り替えただけ、とも言っていた。殺すつもりなんてなかったのだ。
さっき話していた時も、手を切る、なんて言葉が出てきた。
誰かにそそのかされたとか――なんだろうか。でも誰だ。ソロンから話を聞ければハッキリしそうだが、今は会場に運び入れられたマレドミナ商会の品をチェックしているとかで、容疑者として疑われている俺達は閉じ込められている。動きようがない。
「んでも……あそこにいたのは、王族ばっかだろ? 何だかんだ、毒味係を引き連れてるようなやつもいたし、死んじまったやつは何で毒味させなかったんだ……?」
「あの人物は……どこの国の者かは失念してしまいましたが、王族ではなく大臣だったと思えます。ですから毒味させるという意識がなかったのでしょう」
「ああ……そういう……」
まあ俺も毒味なんかさせてなかったし。
「わたしはきちんと、こちらへ来てからはレオンハルト様の口にされるものは全てチェックしていますのでご安心を」
「は?」
「はい?」
「……いや、いいや」
毒味してたのかよ。
確かにほとんど持ってこさせてたな。つまみ食いみたいに毒味してたんだろうか。ちゃっかりしてやがるな。
閉じ込められている部屋にノックの音がし、ドアが開いた。兵士を引き連れたボコロッタの高官らしい男が話を聞くと言い、まずはジェネを連れていった。念のため、非人道的なことはしないようにとシオンをつけさせた。
ジェネは不安そうにしていたが、シオンをつけたから大丈夫だろう。ユーリエ学校じゃあ上のクラスに上がってからの方がカリキュラムは長い。その分、シオンとのつきあいもあったはずだ。
にしても、誰が俺をハメようとしたんだ。
ソロンをそそのかしてまで。俺に恨みを抱いてるやつなんて……やっぱ、分かんねえや。




