レオンの不安
「はぁぁぁっ!」
ソロンの攻撃は魔鎧を切り裂くほどの威力を持っている。
だから素手だと魔技を用いても制圧するのがちと難しく感じられた。正直、ここまでやるとは思っていなかった。強い。
「逃げてばかりかっ!? それがっ、エンセーラム王かよっ!?」
調子に乗りやがって。
思いきり振るってきた剣を見据え、両手に魔力を集めた。魔偽皮も併用し、白刃取りで止める。
「な、に――!?」
挟んで止めた剣を押さえつけるようにひねりながら下げると、その勢いに巻き込まれるようにしてソロンが姿勢を崩した。下がった頭に蹴りを叩き込むと吹っ飛んで、軽食の並んでいたテーブルにぶつかっていった。食器が割れる派手な音がする。方向まで見てなかった。が、ここであちゃー、なんてしたら格好がつかない。
「出直せ、小僧」
襟を直しながら言うと拍手喝采だった。
「や、どーも、どーも。……お騒がせして悪かった」
手をあげて応えておく。ソロンの方に何人かの従者が走り寄っていた。けっこういいとこに蹴りが入ったから気絶してしまったようだ。慌ただしくダンスホールから運び出されていった。ざまあねえの。
「レオンハルト様、お怪我はありませんか?」
「ない。……それよか、もう注目集めちゃったし、アレ持ってこい」
「アレ……? ああっ、かしこまりました。お待ちください」
折角、百国会議というクセリニアの国々の首脳が集まるイベントがあるのだからと持ってきたものがある。まだエンセーラム王国でもお披露目をしていないブツだ。すぐにシオンは息を切らせながら帰ってきて、かけておいたカバーを外した。
それを手にして、楽団がいる席の方へ歩いていく。
ストラップをかける。6本並んでいる弦を爪弾くとジャラーンと硬質の音がする。
この世界に迷い込んできてから20余年をかけて、ようやく作り上げた楽器である。なかなか作れなかったのは弦のせいだ。スチール弦は、細いものから1弦と呼び、6弦まである。太くなるにつれて音も低く太いものになっていくのだが、4弦と5弦と6弦はただただ太くするだけで良いというわけにはいかず、巻き弦なるものにしなければならない。ワウンド弦とか言ったりする。
芯となる線に、いわゆる合金を巻きつけるのだ。
が、この巻きつけも難しいし、そもそも鉄鋼を細い線上にするというのも難しかった。元々、20世紀に入ってから金属製の弦がどんどん増えてきていたのだ。手作業では難しかったに違いない。工場製品だったのだ、きっと。実際、どうやっても島に呼んだ楽器職人は手作業では作れなかった。
そこで魔法を使いながら、ロビンに協力してもらいながらがんばって作っていったのだ。
この楽器を作る上でもっとも時間がかかったのは弦作りだった。とりあえず弦ができたぞ、となってもちゃんとチューニングをして定まった音を出せるようにするのも大変だった。で、どうにかこうにかノウハウが出来上がってきたのがここ数年のことだった。
様々な苦労をしながら、時間と手間と労力をかけながら、作り上げた。
そう、この楽器はギターという。アコースティック・ギターである。
「騒がせちゃったお詫びに、ちょいと聞いてってくれよ」
アルペジオで指をほぐしてから、ギターを弾き始めた。
1本のギターのみで、リズムを、ベース音を、メロディーを弾いていく。それまで流れていたダンス用の曲をさわりだけ弾くと関心したかのように目を大きくし、にっこりと笑顔を作った肥満のおじさんがいた。
が、それはちゃんとは弾けないからさわりだけで終わり。
階段へ腰掛けて足を組み、スローテンポの染み入るような曲を弾く。自然と俺のギターは会場に溶け込むようになっていき、半円状に取り囲みながら見てくれたり、再びダンスを始めたりと空気感が戻っていった。
結局、カスタルディ王国のやつと話をする機会はなくしてしまった。
が、後でシオンから俺についての噂がちらほら聞こえたと教えられた。ソロンを軽くあしらったことで噂通りの猛者だと理解をされたこと、それから何かと調子に乗っていたところのあるソロンを一発蹴り飛ばしただけで気絶させたことでスッキリしたというやつもそこそこいたらしい。
肝心のギターのお披露目については手応えを得ていた。弾くだけ弾いたら、次から次へとギターについて話しかけられたものだ。時代が、いや世界が俺に追いつこうとしてきている感じだった。クセリニアツアーも夢じゃないかも知れない。
ギターを1本だけ持ってクセリニア漫遊とかしたら、楽しいことになりそうだ。立場的にできそうにないけど。
ちなみにソロンは俺がギターを弾いて喝采を浴びている時に目を覚ましたらしい。またダンスホールへ乗り込もうとしたところで、嘲笑の的になってしまったことに気づいて顔を真っ赤にしながら宿泊している宿へ帰っていったんだとか。俺のせいなんだろうか。でも喧嘩売ってきたのはあいつだし、そもそも、俺みたいなのでも一国の王だ。
それに剣を向けて気絶させられて恥をかかされたのみで済んだのなら良いだろうと思う。
まあ、そういう温情をかけてやった、ってみなされて俺の評価が上がっちゃったりはしたんだけども。いやはや、チビだったころは無能とか、穴空きって言葉でバカにされまくってた俺がこうも持ち上げられるとはどうなるか分かんないもんだ。
そんなわけで。
百国会議2日目である。
俺の目当てはカスタルディ王国のみである。だから他は興味もなく、隣のオバハン――なんとか王国の王妃らしい――から昨日の演奏素敵だったわねー、なんて声をかけられて小声でお喋りをしていたのだが、ソロンの番となったところでちょっと起きた。
昨日の夜会でのことがあったからか、ソロンの順番となった瞬間にほとんどのやつらがひそひそと何か言い合ったのだ。品位に欠けるとか、百国会議に出てくるには若すぎたのだとか。
ソロンは顔を歪ませながらも喋り出したが、だんだんと周りのおしゃべりの声が大きくなる。まるで学級崩壊だな、と他人事のように思った。誰もソロンの話など聞いてないのだ。聞こうとしたっておしゃべりがうるさくてよく聞けない。
ちと、可哀想になってくる光景。
この俺をオッサン呼ばわりにしたことについては腹も立ったが、ぶちかましてやったからそれでチャラにしてやったつもりでいる。だと言うのに、直接何かされたわけでもない連中にここまでされてると俺がこんなに立場を悪くさせたみたいでちと心外だ。
後でフォローしておくか。
やれやれ、これだから温室育ちは――あれっ? そう言えば、ディーってああはならないよな? 天使なもんでついつい可愛がりすぎてるけども、何かのタイミングでいきなり生意気ボーイになっちゃって、俺の言うことも聞かないでマノンを虐めるようなことにはならないだろうか? ナチュラルに虐められっ子の対象がマノンで想像されちゃったけども。
いやでもディーだ、俺の子だ。なら大丈夫――いやっ、でも我が子だから大丈夫、なんて考えが甘いだとか何とかワイドショーでやってたような気がする。
そもそもの話として、俺は一応、王様。
そうなると自然、フィリアはエンセーラムの姫様って立場で、ディーも王子様ってことになってるのか。将来的にはいつまでも俺が王でいることなんてできやしねえんだし、どっちかに後を託すことになるんだよな。先に生まれたからフィリアなのか? それとも男だし、ディーなのか? あれ? あっるぇぇ?
これは重要な問題だな。
どちらが俺の後を継ぐにしても、間違っても温室育ちの世間知らずに育っちゃダメだ。俺が想像してた以上にお偉方の世界は一度の失敗で虐められる。
あのソロンみたいに将来、フィリアやディーが可哀想な目に遭うなんて認められない。
後ろのシオンを、指でちょいちょいとやって呼んだ。無言でシオンは顔を俺の横へ持ってくる。
「シオン、後であのソロンと話をしたいから、セッティング頼む」
「分かりました」
反面教師にして、あいつがこれまでどんな風に育てられたかじっくり聞き出そう。
俺はユーリエ学校の校長ではあるが、別に教育のスペシャリストっていうわけじゃない。ならばこれから我が子のために学ばねばなるまい。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ、という言葉を思い出す。そろそろ俺もスマートにやるということを覚えておこう。