ドントビーシリー!
ダンスなんていつぶりだろうか。
ロビンに脅迫されて出ることにした、学院のダンスパーティー以来だっけ? 10年以上前だな。あの時はミシェーラと踊ったっけ。俺の方が背え低くてちと気恥ずかしかったけど、さくっと踊るだけ踊って、あとはだべってたんだよな。
ちゃんと踊れるかな。
ヘタくそでも、いいよな。誘ってきたの向こうなんだし。
「レオンハルト様、お時間です」
「あいよ」
ダンスパーティー用の衣装を着せられ、髪の毛まで油で固められた。また城に行き、呼ばれた順にダンスホールへと入っていく。どこを見てもキラッキラだった。香水の色んな匂いも混じりあって、ちとキツい。鼻の良い獣人族には辛そうだ。
「レオンハルト王」
「んっ? ああ……」
ウクソラス王国の、えーと……エニ、アロ、ウス……王だったっけ? カティアの親父だな。顔の下半分がヒゲで覆われてる、体格の良いオッサンだ。
「娘がダンスを申し込んだとか。勘違いだけはしないでくれたまえ」
「しない、しない。これでも愛妻家で通そうと思ってんだ。俺も娘いるし」
「そうか。ならば良い。あと……恥もかかさぬように」
「それはどうだろな」
冗談めかして言うとエニアロウス王は露骨に眉根へしわを寄せた。
間もなく、ダンスパーティーが始まった。最初は開催国であるボコロッタのまだ若い王子と、若い綺麗な女が踊った。それから決められている順番で次々と踊る人が増えていった。葡萄酒を飲みながら、俺はダンスではなく楽団を眺める。
やっぱりちょっと地方によって癖というか、味わいが違う。ダンス用の音楽にしてもそれは分かる。頭の中で採譜しているとシオンに声をかけられてカティアが来たのに気づいた。
「お待たせいたしました、レオンハルト王」
「ほんとに踊んのか? 俺、最後に踊ったの10年以上前なんだけど」
「ええ。あんまりガツガツされている殿方と踊っても疲れてしまいますので……。申し訳ありませんけれど、おつきあいくださいまし」
カティアの視線の先には、いがみ合っている王子2人がいた。
「あんまり思わせぶりなことしてると、恨み買っちまうぞ?」
「恨みも飲み干せない器の小さな男性などと結婚するのは願い下げですわ」
マナーとして、片膝をついてカティアの手を取ってダンスのお誘いをした。どっちから誘われようが、踊る時は男の方がこうしなきゃいけないらしい。意味不明だが、まあいい。カティアは差し出した俺の手を取り、ほほえんだ。
「ソロンか、テレスか……どちらかと結婚しなければなりませんの」
踊り出してすぐにカティアが言った。
「何で?」
「そういう約束がありますの」
「ふうん……?」
「2人とも分かりやすいほど、わたくしに好意を持ってはくれていますわ。ソロンはあれでも剣の腕が立ちますの。勇名の高いレオンハルト王と比べてしまえば霞むかも知れませんけれど。テレスは魔法にすぐれていて独自に色々と研究をしていて、魔法士としてとても有能なのですよ。わたくし達3人は幼馴染でして、赤ちゃんのころから交流がありましたのよ」
「へえ……」
でもって今は三角関係、か。
甘酸っぱい青春――だったりするのかね。
「だけど……ソロンもテレスも、何だかパッとしませんのよね」
「年上好みだってか?」
「それもあるかも知れませんわね。けれど違いますの。2人とも……何だか退屈ですのよ。わたくしに好意は向けてくださっていますけれど、そのアピールばかりに夢中で、他に何か興味があることなどがないのかと思ってしまいますの」
「夢見がちな野郎も大概だと思うけどな……」
「わたくしにしか夢を見ていらっしゃらないの。わたくしを手に入れて夢が醒めたら、もう彼らには何も残っていないかも知れないではありませんか」
そんなもんか。
愚痴のようなものをこぼされた。口ではあれこれと言うものの、カティアは別に2人を嫌っているのではない。むしろ心配をしているといった印象を受けた。さんざん愚痴をこぼし、そろそろ一曲終わるころかというころに、
「2人には内緒でお願いいたしますわね。よろしくお願いいたしますわよ」
そう言ってカティアはにこやかにほほえんだ。
ダンスは終わった。あっさり別れてダンスホールの隅へ向かった。
「お飲物をお持ちいたしましょうか?」
「冷えてるの頼むわ。それとカスタルディ王国の……王様だか王子様だか分からねえけど、見つけといてくれ」
「かしこまりました。少々、お待ちを」
すかさずシオンが寄ってきたからそう言いつけたら、一礼して踵を返していった。
襟に指をつっこんで、ぐりぐりしながら隙間を空けておく。首が苦しい。何でこう、ぴしっとしなくちゃいけないんだか。通りかかったボーイから酒をもらい、飲み干してすぐに返した。
「おいあんた」
「あん? ああ……ソロン坊や」
「坊やだとっ!?」
「お似合いじゃないか、ソロン。キミはそう呼ばれたって仕方がないような言動を取っているようにしか見えませ――」
「それにテレスちゃんね……」
「ちゃっ……?」
ソロンとテレスが揃ってやって来てしまうのは面倒臭かった。が、まあちょこっと弄るくらいは問題ないだろう。
「っ……バカにしやがって! カティアにちょっと気に入られたからって調子に乗るなよ、オッサン!!」
「オッサ……オッ、オッサン、だと?」
俺が、オッサン?
そんなこと言われたの初めてだ。
え、俺、オッサン?
そりゃあ一身上の都合で精神年齢としてはもうそう呼ばれたって仕方ないにしろ、にしたって見た目からしてオッサンってのはない、よな? そうだ、まだ俺はええと、あれ? 26歳だっけか。そっか、俺、もう前世で死んだ年になっちゃってたのか。今さらだったけど、そうか、そうだったのか。でももうアラサーってことだよなあ。いや、でも若いだろう、まだ。
全然、まだまだエノラに興奮するし、その気になれば一晩で2発は発射してるし、うん。
若い、若いはずだ、俺は。
「誰がオッサンじゃコルァッ!?」
「オッサンにオッサンつって何が悪いんだよっ!? 俺からすりゃあオッサンだっつうの!」
グサッときた。
分からないでもない。
俺も若かりしころは30歳なんてジジイだと思っていた。
20代も半ばを過ぎれば、確かにオッサンみたいに感じていたかも知れない。
「大体、エンセーラムぅ? 昼間聞いてたけど、本当にあんたが語っただけのことしてきたのかよ。全然はそうは見えねえな。百国会議に呼ばれたからって息巻いて、大袈裟なこと言ったんじゃねえのか?」
ソロンの声がデカいせいで、周囲が徐々に離れていっていた。自然、俺達が取り残されて注目を集めてしまう。今さらに気づいたが、ちとソロンの顔が赤いような……? こいつもしかして、酒に酔ってる?
「ハッ、酒に酔って周りも気にせず喧嘩腰になってるガキにゃあ言われたくねえよ。顔洗って出直せ、ボケが」
「何だとぉっ……!? おいっ、俺の剣を持ってこい!」
ざわついた。
言いつけられた従者らしい男が目を白黒させる。
「聞いてるのか!? 持ってこいって言ったんだ!」
さらに怒鳴ると、従者が血相を変えて逃げるように走っていった。その間にソロンは邪魔だとばかりに上着を脱いで、シャツの袖をまくっていった。ざわついている。何の騒ぎだと眉根を寄せるやつ、ニヤつきながら見物をするつもりで腕を組んでいるやつ、迷惑千万とばかりに露骨に息を吐き出したやつ。
「レオンハルト様っ……一体、何があったのですか?」
「おお、シオン。サンキュ」
人混みを掻き分けてシオンが出てきた。手にしていた杯をもらい、飲み干した。そこでソロンの従者が戻ってくるとその手には幅広の剣があった。すかさずソロンがそれを奪い上げて、剣を引き抜くとどっかの婦人が息を飲むのが聞こえた。ダンスの音楽は流れているが、もう踊っているやつはいなかった。
「丸腰でいいのかよ?」
「レオンハルト様……」
「いいって、シオン。おいたをしたガキにゃあ、灸を据えてやらねえとダメだろ?」
俺も上着を脱いで、シオンに預けた。邪魔なスカーフやら何やらを乱暴に取って丸めてシオンに渡していった。
「何が灸を据えるだ!? 早く武器を持ってこさせろよ!」
「だーから、おしおきに武器なんか持ち出す大人がどこにいるんだよ」
「っ――後悔するなよ、この野郎がっ!!」
思っていたよりもソロンの攻撃は速かった。
魔偽皮で感知して避けて見せる。さらに立て続けにソロンは剣を振るい、後退しながら紙一重で全部を避けていく。人混みが割れていく。
強いな。
侮ってた。
でも今さら武器を使うのも嫌だし、どうしたもんかね。




