夜会のお誘い
今回の百国会議の参加国は、83ヶ国らしい。
やたらでっかい城内の一室にめちゃめちゃ長い机がコの字に配置された。そこに招かれた王族や、各国の首脳が座り、背後にずらりと従者や部下が取り囲むように並び立つ。綺麗な女を連れてきていたり、いかにもといったような武人を連れていたりと、こんなところでも自慢をしているようだった。シオンは見劣りしてねえかな。まあいいか。
両隣は知らないオッサンとオバハン。
3メートルくらい離れた向かいのテーブルにはよぼよぼジジイ。
気軽に何か話すような相手に恵まれない席順だ。唯一、話せるだろうなとか思っちゃってたジョアバナーサの女王さんは理事席にいやがるし。コの字型に配置されているテーブルの、向き合う2辺を繋いでいる特別席のことだ。しかもあの女王さん、腕組みながら思いっきり爆睡しちゃってねえか? さすがだぜ。俺も寝ちゃおうかな。
テーブルの端っこから、最近どうなのよ、というような話をひとりずつ発表している。こんな魔物が出てきてうちの勇猛な戦士がこうやって倒したぞ、みたいな話を披露するやつ。うちの娘はこれほどに可憐で美しく国中の男が恋い焦がれているのだと自慢するやつ。前々から目障りだった隣国をぶっ潰してやったぜと自慢するようなのもいる。
それに対して、反応するやつ、しないやつもそれぞれだし、何となく派閥というか何というか、あからさまに持ち上げようとするやつや、小声で悪口を言うやつもいる。そういったことに迎合しないやつもいるし、全部の話をにこやかに聞いているようなのもいる。
これが百国会議か。
大仰な名前がついてる割に、大した意味がなさそうだ。拘束時間長いし。出されてる茶も、何か香りはすげえけどそれだけって感じでうまく感じねえし。
順番が近づいてきて、リアンにもらっていた原稿をそっと取り出す。状況を見ながら好きに使い分けろとばかりに、数パターンもの原稿を書いてくれていた。さて、どれを話してやった方がいいものか。
パターン1 マジメに語った方がいい場合
百国会議に招いてくれたことへの感謝と、クセリニア大陸の各国と関わり合いになっていく中でエンセーラム王国として何ができるのか、という具体的な展望。その中にはうちと関わっておけばお得なことがあるとか、楯突こうもんならおたくの主産業が何かは知らないけどいつの間にか国内シェアが変化しちゃうかもよ、みたいな脅し文句もちらほら入っている原稿。
まあ、無難だよな。
パターン2 挑発だの威圧だのされて、舐められないようにした方がいい場合
正式に国交を結んでいる大国――ディオニスメリア王国や、ジョアバナーサ王国などといった国々との繋がりをよくよく示すような内容。加えて俺の武勇をいくつか、誇張されているようなもの。それから、いつの間にか四天王だとか知られてた腕の立つ連中を抱え込んでいるんだという自慢。宰相リアンは宝剣アウラメンシスの使い手というだけで一目置かれるらしい。マティアスはディオニスメリアの使節団として活躍をしまくってクセリニアを旅したし、いつの間にか神前競武祭でも覇者になっていたから自慢には事欠かさない。それからヴェッカースターム大陸の獣人族から尊敬を集めている金狼族にして、魔法に卓越したロビンもすごい。何より、十二柱神話を信仰している国々に対しては雷神ソアの神官であるリュカが、めちゃくちゃカリスマ性を発揮するようだ。
そういう俺にはすごいバックがいるし、すごい部下もわんさかいるんだぜ、という脅しがメインの原稿。
パターン3 謙虚にしていた方が美徳だったり、あけすけに打ち明けない方がいい場合
うちなんて小さい島国で、呼ばれたのが嘘みたいですよ、ほんとに、みたいな感じで始まる。細々と商売を基軸にして稼がしてもらってますんで、仲良くしてくださいね、みたいな。
これはちょっとヤダな、うん。
他にもちらほら、マイナーチェンジしたようなものがある。
さて、どれがいいかなとテーブルの下で眺めていたら、横にいたオバハンが話し終わってしまっていた。俺の番になっちゃった。
少し悩んだが、パターン2でやることにした。
この世界では個人の武力は尊敬の対象となりうる。それを大勢抱え込んでいるのも王として器を示すことになる。ちゃらんぽらんな印象は与えないようによく間を意識して喋ってやった。
反応は、よう分からん。
が、ワイバーンを手懐けたことを話した時、理事席側に近いところにいた男を見るような視線の動きがあった。喋るだけ喋って終わりにしてから、その男を見る。テーブルに出されている札にはカスタルディ王国と書かれていた。カスタルディ王国。竜を信仰してるとこだ。
まだそいつの番には回っていないから、どういう立場で来ているのか分からない。俺と年も近そうな若めの男だった。眼光が鋭く、雰囲気がある。今回の百国会議に集ったお偉方の中でも、武闘派に分類して良さそうなタイプだ。
無遠慮に見ていたら、向こうも俺へ目を向けてきた。
友好的にほほえんでおいたが、あまり反応もなく目を逸らされた。俺のほほえみにケチつけようってか? 気になるから後で時間があったら声かけてみっかな。折角来てるんだから、こういう交流をしておいた方が良いだろう。個人的な興味だろうがいいさ、うん。
前に、エノラがクセリニア西部で聖竜信仰があって、そっちに行けばワイバーンが見られるとか言ってたっけ。そういうとこでしかお目にかかれないはずのワイバーンがベリル島にいたのはすごいことだって、レストの卵を守ってた親ワイバーンを俺が見つけた時に聞いた。
もしかしてもしかしたら、カスタルディ王国とやらへ行ったらかつてのレストみたいな、ワイバーンの幼体なんかがいてふわもこのそいつらをもふれるんじゃああるまいか。是非とも行ってみたいな。うん。
早くそいつの番になれ、と根気強く待っていたがその前に今日の百国会議が終わってしまった。何と、明日に持ち越し。て言うか、明日も出なきゃならねえのかよ。座ってるだけでもめちゃくちゃ疲れたぞ。茶はうまくねえし。
ぞろぞろと席を立ってお偉方が従者を引き連れて会議室を出ていく。人混みとかめんどいから俺は座ったまま少し待つことにしておいた。何やら談笑をしているようなお偉方同士の姿も見え隠れする。
「レオンハルト様、今晩の夜会はどうなされますか?」
「あー……そういや、あったっけ。……出てみるか、とりあえず」
「かしこまりました」
ある程度空いてから会場を出ていったが、まだエントランスロビーにはわんさか人がいた。邪魔なことこの上ないが避けながら出ていこうとする。と、出口の前にソロンとテレス、それによくできた娘ことカティアがいた。故意ではないのだろうが入口を塞ぐようにして3人がいるので通行の邪魔になっている。
「カティア、今夜は俺と踊れ」
「いいや、僕だ。こんなのと踊ったところで、キミの評価を下げることになるんだ」
おうおう、仲が悪いのはそういうことですかい。
でもちいと邪魔なんだよな。そういうのは人目をはばかってやれっつーのに――
「でも2人とも、何だか魅力にかけるのよね。どうせなら、わたしは強いお人がいいわ。ほら、レオンハルト王みたいな」
タイプの違う美男子2人に言いよられていたカティアが、俺を目に入れるなり蠱惑的な笑みを作った。その視線を追った小僧どもも俺を見てきた。人を巻き込むな、っちゅうに。
「ごきげんよう、レオンハルト王」
「邪魔だからどいてくれねえかな?」
「あら、ごめんなさい。今夜の夜会は出られるんですの?」
謝りながらどかねえのな、こいつ。
「一応な」
「では、ご一緒に踊ってくださらないかしら? レオンハルト王はすでに妃を迎えられていますのよね? わたくしはまだ未婚ですので、未婚のお方と踊ると勘違いをされてしまいそうでして……よろしければ」
ジェラシーファイアーがソロンとテレスの瞳に盛ったのが分かった。て言うかシオン、俺の後ろから、俺越しにやつらに殺気を送るな。
「お父上になーんか言われたりしねえのかよ? たまにゃあ壁の花になってもいいんじゃねえの?」
「まあ、ご冗談を。壁の花になるのだけはごめんですのよ。それでは今夜、どうぞよしなに」
出るとか言わなきゃ良かった。
でもカスタルディ王国には興味あるし、今さらキャンセルもなあ……。ま、どうにかなるか。カティアは多分、ソロンとテレスの様子を見ながら楽しんでるだけだ。意外と性悪っぽい姫さんだったな。