王様の仕事
百国会議を翌日に控えた午前中、わざわざ宿の部屋に客が訪ねてきた。シオンが対応に出れば、ジョアバナーサの女王さんの側近だった。何かと思えば女王さんが茶飲み話をしようと誘ってきたのだ。
暇だったから応じたら、気の早い女王さんはその日の昼食で席をもうけてしまって呼び出されてきてやった。
「レオンハルト、また会ったな。お前も百国会議に呼ばれていたとはな」
「ジョアバナーサは……まあ当然くらいなのか?」
「わたしが王となるまでは呼ばれてもいなかった。だと言うのに手の平を返して、理事入りだ。いつ、我が国に開催権利を寄越せと言おうかと考えている」
ジョアバナーサが大国になったのはこの女王さんの力がデカいんだっけか。
「ふうん……。で、この席、ほんとに世間話だけか?」
「そうだ」
「そう言い切られると楽でいいやな」
「まったく、本来、こんな会議など出てくる意味がないのだ。だと言うのに出ろ、出ろと煩わしくてたまらん。我が子を引き連れてきて旅行代わりにしてやっている」
「家族サービスしてるんだな……意外」
「お前はしていないのか?」
「してる、してる」
ちなみに昼食の席には4人もの女王さんの子どもらがいる。
最年長で15歳だそうだ。最年少で6歳。マティアスの後にも餌食になったやつがいたのか。でもその子どもらは全員、人間族だ。女王さんは人種に関係なく気に入れば褥に引きずり込むそうだが――やっぱ人間族同士の方が生まれやすいからとかの理由だろうか。あるいは、女王さんの遺伝子が強すぎて、ハーフにも、種を取られた側の人種にも生まれなかったんだろうか。……あり得るな、うん。
「マオはどうだ? 元気にしているのか? 聞いているか?」
「ああ、マオライアスな。今、俺の国にい――」
エサを運んできてもらっている小鳥が親鳥を見るみたいに、ぞろっと女王さんの子どもらの視線が向けられた。
「……俺の国にいた」
「いたというのは何だ?」
「今はディオニスメリアに行ってて、騎士とか魔法士を養成する学院ってのに入る……予定。もう着いたころか? どうだろな? でも元気だぞ」
「そうか。ならば良い」
そうだよな、この子どもらはマオライアスの兄貴どもってことだもんな。小さいころにリュカと一緒にジョアバナーサを出て行っちゃって、それきりだったんだろうし、気にはなるのか。うん、末っ子っぽいのは兄貴どもにつられて顔を上げたって感じですぐフォークをかちゃかちゃさせ始めたし。
「あ、そうそう。ここ来た時にさ、ワイバーンに乗ってきたんだけど……そしたら、いちゃもんつけられてよ。頭が高いんじゃないのか、とか。小僧に」
「小僧?」
「何だっけ……えーと……」
「アニューロ王国の王子ソロンです、レオンハルト様」
「そう、それ! めんどくさくなって無視したよな……」
「切り捨ててやれば良かったものを」
「これでも俺って平和主義者だから。愛と平和は大事だぜ」
「愛をもって切り捨てて、平和のためにそれで不問とすれば良かろう」
「向こうは不問どころか、大問題になっちまうだろって……」
愚痴をこぼしておいた。
本当に単なる暇潰しなようで良かった。
女王さんもあまり百国会議には乗り気じゃないというのは喜ばしい情報だった。これでこの女王さんがやる気満々だったら、俺も何かポーズだけでもしなくちゃならなくなるところだった。
「ワイバーンに乗ってきたそうだが、カスタルディという国を知っているのか?」
「カスタルディ?」
「知らぬか。西クセリニアでも古い歴史を持つ国だ。竜の国、などとも言われている」
「ああ……竜を信仰してるっていうのと、関係ある国?」
「そこだ。聖竜信仰と言い、カスタルディは竜を神々のように考えて信仰している。ワイバーンを調教して手懐けてもいる。連中は恐ろしく強い。何せ、戦と30頭ものワイバーンが空から攻撃を仕掛けてくるのだ」
「へえ……」
「一度は戦ってみたいと、思わないか?」
「いや別に」
「つまらん男だな、お前は」
俺は戦闘狂じゃありましぇーん。
でも興味があるな、カスタルディ王国。百国会議が終わったらちょっと行ってみたいな。
昼食を食うだけ食ってから、ボコロッタの城下町をぶらつくことにした。面倒事を避けるために冒険者風の装いをし、ニゲルコルヌを背負って、シオンとともに歩いた。まだ西クセリニアまではマレドミナ商会も手を伸ばせてはいない――と思ったら。
「こんなとこに支店が出てやがる……」
「なかなか繁盛しているようですね、レオンハルト様」
マレドミナ商会の直営店ができていた。
なかなか人も入っているようで、中へ入れば主力の香辛料や、塩や、砂糖、それにジャムなんかもばっちり売っていた。そういう品揃えを見るだけで、何だか実家のような安心感を抱いてしまう。
ていうか、マレドミナ商会ってもしかしたら、この世界で最大のチェーン店になってるんじゃあるまいか。本部からの税収しか国には支払ってもらってないけど、総売上はどれくらいの規模になってるんだ? セシリーもちゃんとがんばってるんだな。あんま島には来ないけど、今度帰ってきたら誉めてやれってリアンに言っておこう。
「シオン先生と……レオン?」
「おうっ?」
「む……?」
いきなり呼ばれた。
商品の陳列をしていた子どもがいた。
「ジェネっ?」
「ジェネか」
「どうしてここに――あっ、百国会議?」
ジェネというユーリエ学校の卒業生だ。今はもう13、4歳ってくらいになったんだろうか。
何年か前の卒業生だったはずだが、まさかこんなところにまで来ていたとは。つか、シオンには先生ってつけて、俺は呼び捨てなのな。へいへい、分かってますようっと。
「ちぇーっ、リアン様かと思ったのに……」
でもってリアンは様づけなのかよ。
しかも、ちぇーって何だ、何だその残念そうなの。
「でもレオン……その格好、何?」
「派手な格好してるとめんどいし、暑苦しいし、肩が凝るからな――ってお前は、俺のこういうかっこは初めてか?」
「うん、初めて見る。意外とレオンって……似合ってるし、格好良かったんだ……。槍とか、すげえし!」
「俺は本業としちゃあこっちの方が近いの。……がんばってるか、ジェネ?」
「うんっ、このお店、俺と、あと数人しかスタッフいないんだけど、主任なんだ。へへーん」
「そうか主任か、立派じゃんか」
どのくらい主任ってのが偉いかは知らんが、あれこれ任されてるようだ。がんばってるご褒美に、こっそり小遣いをやっておいた。大金じゃねえけど。
「ありがと、レオン」
「内緒だぞ? 他のやつらに」
「分かってるって」
卒業していった子どもらが、こんな遠いとこで働いてるなんて知らなかった。それにしっかり成長しちゃって、まあ。こいつはなかなか俺の背後を取ることはうまかったが、カンチョーはヘタくそで俺の尻肉を幾度となく抉りかけてきた。その度に自分の指を痛めるというバカな小僧だったはず。だと言うのに、ちゃんと客に商品説明もして、ちゃちゃっと釣り銭なんかの計算なんかも間違えずにやって……。
「レオンハルト様、他の場所を回られずともよろしいのですか?」
「もうちょい見てようぜ。俺らの教え子が、あんな立派になっちゃってんだ……」
「……かけ算の苦手な子でした」
「そうだよな」
「ですが、今は間違えようがないとばかりに自信に溢れています」
「ああ」
「良いものですね。成長を見るというのは」
「だよな」
マレドミナ商会の直営店をずっと眺めてしまった。
ジェネには小遣いをやって労ったが、何だか物足りなく感じたのでその店の従業員全てを連れていってメシを食った。聞いてもいないのに、セシリーが代表となってからのマレドミナ商会のことや、クセリニア進出のことなんかを聞かされた。
さっぱり乗り気じゃなかった百国会議だが、来て良かったとこんなところで思ってしまった。
女王さんと世間話をしたり、マレドミナ商会の支店を視察したり、何か王様の仕事ってやつをしている感じがする。何か成果があったかとか言われちゃうとなーんにもないんだけど。




