忠臣シオン
百国会議。
今回の開催地は西クセリニアの北部だ。ボコロッタというちょいかわ系の都市国家が会場となっていた。クセリニアでは百国会議に参加する時はどれだけの国力があるか、というのを引き連れる部下の数で競ったり、派手に金を使いながら会場へ向かったりしながら示すということだが大陸の外から来てるのだからそんな面倒なことをしたら破産する。
だから上等な服と、金に換えられるだけの金品を持って出かけた。
百国会議へ来いとシオンに命じたら狂喜乱舞だった。散歩に行くぞと告げられた柴犬がごとく喜んだ。かわいくはないが。
で、レストに乗って休憩なんかを挟みつつ10日ほどでボコロッタへ辿り着いた。各国の王や、首脳が集まる場所にいきなりワイバーンで降り立ったらマズいだろうと、普段ならば思う。が、ちゃんと招かれているからここは一発、強烈なインパクトを与えて舐められないようにということでレストに跨がったまま都市国家の上空を飛んでやった。
案の定パニックになりかけたところで、空から見繕った広場へレストを降ろした。
「エンセーラム王国より参った、レオンハルト・エンセーラム王であられる! 百国会議へ来た!」
シオンが俺を黄門様であるかのように敬え、とばかりに声を張った。
ははー、と人々がひれ伏すことはなかったがちらほら聞こえてきた話し声を拾う限り、畏怖を感じたっぽい。俺もそれなりに格好いいからな、ハッハッハ。
レストからは降りず、シオンが手綱を引いて城へ向かった。
すでに出迎えの準備はできていたようだし、続々と百国会議への参加者が集ってきているようでなかなか城の前も混雑をしていた。ワイバーンに跨がったままでいる俺は注目を集めた。クセリニアの国々との間に、上下関係などはまだないのだ。エンセーラム王国としては。上のやつを作るつもりもさらさらねえし。
「――どこの新興国か知らないが、頭が高いんじゃないか?」
ふと、何か攻撃的な声がしてざわめいた。
レストごと振り返れば、数人の顔を青ざめさせている従者を従えた若いのがいた。まだ十台中盤といったころだろうか。何か跳ねっ返りの強そうなやつだった。
小麦色をした短めの髪を後頭部で縛っている。
格好は、見るからにまあお偉いやつだろうなと分かる華美なものだった。しっかし、身につけてるものは華美だが、着こなしがだらしないと言うか、ワイルドと言うか。
「例えどこの新興国だろうが、百国会議に招かれている方を貶めるような発言をすることの方が、よほど恥ずかしいんじゃないでしょうかね?」
また別の声がしたかと思って見れば、丁度、生意気ボーイと同じ年頃くらいのまた別の男がいた。何というか、こっちは対照的に品行方正っぽさというか、気品というか、そういうのがある感じだが冷笑しているような感じだ。
「テレス、お前……」
「何ですか、ソロン? 図星だったとか?」
顔見知りか?
こんな若いのに百国会議なんかに来てるとはな。まあ俺も若いんだけど。
「エンセーラム王国」
また別の声。
今度は女だった。少女だった。ソロン、テレスと呼び合っていた2人と同じくらいの年頃だった。ドレスを纏った綺麗な女で、その傍らには同じく偉そうな服を着たオッサンがいる。オッサンの方は何となく王様っぽい雰囲気。
「近年、クセリニアより遥か海の向こうにできた小さな島国。各国との貿易事業や、独特の食文化を持ち、エンセーラムの王もとても多彩で、何より腕が立つお方。ソロンもテレスも、知らないの? レオンハルト王はとっても強いんだよ?」
「「知らん! っ――ハモるなっ!?」」
お笑いコンビなのか、こいつらは?
て言うか、この話題の中心にされながら蚊帳の外に置かれてる感じはどうすりゃあいいんだ?
「はじめまして、レオンハルト王。ウクソラス王国のカティアと申します。こちらは我が父にして、ウクソラス王国の主、エニアロウス王です」
最近の若いもんは、と思いかけたがしっかりしてる娘さんじゃねえか。
そんなことがあってから、まだ百国会議の開催までは時間があるということでボコロッタの高級宿に向かった。自腹だ。つまり、国費だ。ここでケチったら、井戸端会議じゃあないが「見た見た〜、あそこの国の王様ってあんなボロ宿に泊まってるんですって〜」みたいなことになるそうだ。
百国会議ってえのは経済効果も見込めてしまうらしい。それでやることが茶飲み話に毛が生えた程度のもんだろう? これってサボってもいいイベントじゃなかったのかな。
シオンが聞いてきた情報によれば、生意気ボーイことソロンというのはアニューラ王国というところの王子らしい。で、それに突っかかったテレスというのは、アニューラ王国の隣国であるテアスロニカ王国というところの王子で、ソロンとは同い年で、隣国ということもあって、何故かすぐに喧嘩する間柄らしい。
ちなみに、アニューラ王国とテアスロニカ王国は、例のよくできた姫さんがいるウクソラス王国とも隣国なんだとか。地名だの人名だの、多すぎて覚えきれねえや、ほんと。
今さら、百国会議なんてボイコットしたくなってくる。
「しかし……教育の必要な方のようですね」
忠臣シオンは、いきなり頭が高いとか言ってきたソロンが気に入らないらしい。ぼきぼきと手の骨を鳴らしながら低い声色を発した。
「落ち着け、シオン」
「ですがレオンハルト様っ……!」
「あんなのにいちいち目くじら立てて突っかかる方が、よっぽど大人気ねえしみっともねえだろ」
「ですが、分からせてやる必要があるのではないでしょうか? レオンハルト様より年少者であるからこそ! あなたが嘲笑されるということは、エンセーラム王国に住まう全ての者が嘲笑われるということと同義なのです! それでよろしいのですかっ!?」
良くはない。そういうことを言われちゃうとちょっと困る。
「だけどあれはただ単に、年頃の自意識過剰が出てただけだろ……。自分から波風立ててどうすんだよ」
「っ……レオンハルト様、あなたはどうしてそうも穏やかでいられるのです? 普段のことからしてもそうです。ユーリエ学校では子ども達に慕われてこそいますが、その慕われ方には問題がございますし、あなたがポーズだけでしか怒られないから子ども達もやめないのです。あなたにはもっと威厳を――」
「俺はそんなのいらねえの」
「何故ですか?」
「威厳があるって、近寄りがたいってことだろ? そんなの性に合わねえ」
「っ……」
シオンが絶句する。
こいつからすれば俺はすごいやつなのかも知れないが、実際のとこはさっぱりだ。どうも俺の実像と、こいつの中の俺には齟齬があるような気がしてならない。
こうまであけすけに言っちゃうと、ちょっとショックだったりしたんだろうか。
「お、おい、シオ――」
「申し訳ございません、レオンハルト様っ! まさかっ……まさか、それほどお深い考えがあったとは露知らず、わたしは……!」
「えっ?」
「心得ました、レオンハルト様はエンセーラム王国が抱かれているあの大海のように、いいえ、それ以上に広い度量をお持ちになられていたのですね。だと言うのにわたしはそれを狭量に感じさせるような振る舞いを求めてしまいっ……お恥ずかしい限りです、どうかお許しください!」
うん。
悪いやつじゃあ、ないんだよなあ……。
でもちょっと現実的に見てくれやしないもんだろうか。