そしてまた一年が過ぎる
「今期の卒業生は27人か……」
「でも、来期の入学予定者は一気に44名ですわよ」
「そろそろ、ほんとに手が足りないよね……」
「新たに教員を増やすことはしないのですか?」
次のことよか、俺は今の方が気になる。
とうとう卒業試験まで終わってしまった。明日は卒業式だ。やべえよ、マジで。超やべえよ。めちゃくちゃ厳しい目で卒業試験を監督して、あわよくば落としてしまおうとかいう考えがよぎったのに、結局、合格にさせちゃったし。
「師匠? ねえってば」
「あんだよ……」
「人、増やさないの、ここ?」
「子どもの人数が増えていけば我々では手が足りなくなってしまいかねません」
「分かった、分かった……。考えとく」
あーあー、明日は卒業式か。
あーあー、あーあーあー……。はぁぁ……。
「俺、明日行かなくていい……?」
「いけません。立場を自覚なさってください」
明日は、泣かない。
絶対だ、今年こそ俺は泣かない。
「ねえシオン、師匠がいつ泣き出すか賭けない?」
「主を賭けの対象にするなど言語道断です」
「小娘、表出ろ。稽古つけてやんよ」
「よっし、きたきた」
最近、挑発されて小娘に稽古をつけてやっている。
もういい加減、小娘って年でもなくなってきてはいるが。
王宮へ帰るとリアンが待っていた。
「どした?」
「百国会議なのですが、少々、問題が発生してしまいまして」
「問題?」
百国会議っていうのは、クセリニアで行われている、各国の首脳会議みたいなもんだ。理事国というのがあって、その持ち回りで何年かに一度、開催されるらしい。クセリニア大陸には無数の都市国家があるが、これに招集がかかるのは大国としての証明になるそうだ。
まあ、内容としては俺から言わしてもらえば大したことはなさそうだ。お国自慢だとか、気に入らない国があればあそこは警戒した方がいいぜ、なんて噂をわざと広めて嫌がらせしたり。そんなところだろうと思っている。
折角呼んでくれたんなら行こうぜ、ということでリアンを宰相としてそこへ寄越すつもりでいたが、問題ってのは何だか。
「問題……という言葉は、適切ではありませんが、わたしが参加するのは少々」
「何で?」
「できまして」
「……何が?」
「子どもが」
「ああ……確かに身重で行かせるってのはな――ってできたっ!? マジでっ!?」
「ええ。こないんですよね。で、診ていただいたところ、多分そうだろうと。ですから、わたしは大事を取ってここへ残ろうと思うのですが、そうなると……」
「良かったじゃねえかよ、リアン」
「ええ、ありがとうございます。それでですね、百国会議には――」
「獣人族がいいな、うん。獣人族、産んでくれ。尻尾のある」
「授かり物ですからどうなるかは分かりませんが、それより――」
「そうか、とうとうお前らも……子どもが……」
「……レオン?」
「あん?」
「行ってきてもらえませんか? 百国会議」
話を避けてたのにぶっ込んできやがって。
でも、今のとこ、俺やリアンの代わりにできるようなのっていないし……。そもそも、リアンが俺の代わりに行くっつーことだったのになあ。
「俺が行ったってさ、話すことねえし……?」
「世間話をしにいく程度なんですから」
「いやいや……」
「シオンを連れて行ってはどうです? そうすればレオンの助けにはなるでしょう。それにレオンが行くとなればレストで向かえば良いのですし、経費削減にも繋がります。国王として、どうぞ存分に外交してきてくださいよ、たまには」
「でもさ……」
「それでも嫌ならば、どうぞ、改めてわたしにご命令をしてくださって構いません。が、開催地までどれだけの時間がかかるのやら。安全な旅というのは存在いたしませんし、何かがあってお腹の子が流れてしまったら……」
「……元気な子を産んでくれ……」
「ありがとうございます。留守は任せてください。ではわたしはこれで」
「あいよ」
「あっ、マオは何か言っていました?」
「何で?」
「……いえ、いいんです」
何だか分からないが、いいことにしておいた。
明日の卒業式用のスピーチ原稿をリアンにサプライズで渡されてしまい、感謝した。こういうの助かる。
今回の卒業式も、また俺の負けだった。
1年も面倒を見てきたセラフィーノがディオニスメリアへ帰ってしまう、というのがデカかった。ヤバかった。これでどうして泣かないのだと、逆に言いたくなる。
どうしてこんなに俺って涙腺緩んじゃったかな、ほんと。
だが、式の後にもっと驚かされる報せが俺を待ち受けてしまっていた。
涙が引くまで隠れてやり過ごし、もういいだろうと思って音楽ホールの倉庫をそっと出ていった。もう式が終わってそれなりの時間が経っていたから、人は残っていないはずだった。のだが、音楽ホールの前でセラフィーノとマオライアスが遊んでいて、そこから少し離れたところにマティアスとミシェーラがいた。個人的に見たくないツーショットだが、今さらケチをつけるわけにはいかない。畜生め。
「レーオン」
「まだ帰んないの?」
「キミを待っていたんだ」
ミシェーラから声をかけてきた。
「何で?」
ふと、昨日の帰り際のリアンを思い出した。
マオライアスから何か聞いたか、という質問だった。
「えへへ……あのね、レオン」
「うん?」
「子ども、できたんだ」
天使の笑みで言われた。
幸せに溢れながらも少し照れて、でも嬉しさは堪えられないとばかりの笑顔。
マティアスは何やら身構えていた。
が。
すでに緩くなってた俺の涙腺は、何が何だか分からずにまた決壊してしまった。
「ミシェーラぁ〜……」
「わっ……レオン、よしよし……」
思わず腰が抜けかけると、ミシェーラに抱きとめられた。
「おいレオン、ミシェーラは僕の――」
「いいでしょ、これくらい」
「ミーシェーラぁ〜……」
ミシェーラ姉ちゃん、おめでとう。
半分の半分しか血が繋がってなくても、俺がおじさんになるっつーことだもんな……。非公式に。何かそう思うと泣けてきてしまった。にしても、ミシェーラ姉ちゃんに年甲斐もなくよしよしとされると大昔を思い出して別の意味でも、また泣けてきそうになってしまった。
卒業式が終われば学校は長期休暇である。
この間にマレドミナ商会への就職組は船で各支部へと向かう。これまではそれ以外で、卒業した子どもが国を出ていくということはなかったが、今年ばかりは違った。
セラフィーノのディオニスメリアへの旅立ちである。
さらにもうひとり、ディオニスメリアの王立騎士魔導学院へ入学したいという物好きボーイがいた。マオライアスである。
そう言われた時は焦ったが、マティアスの家での進路相談でちゃんと決まってしまった。セラフィーノと仲良くなりすぎて、一緒に進学したいとか思っちゃったんだろう。マティアスもミシェーラも、それを止めはしなかった。行きたいなら行けばいい、と。
俺はオルトに学費その他もろもろを出してもらっていたが、家計的に大丈夫なのかとか心配したのだがマティアスもミシェーラも元ディオニスメリア貴族。金はたんまりだそうで問題はないということだった。騎士養成科に入るのであればディオニスメリアの貴族の子どもか、俺がそうしたように後見人がいるんじゃないかとも思ったが、マティアスはディオニスメリアの貴族であるカノヴァス家から出ていったというわけでもないから有効だろうと言っていた。
まあいいや、と思っておいた。
当人がいいならいいだろう、うん。マオライアスは少し虐められそうな性格だが、セラフィーノも一緒なんだし。お家自慢をしてしまえばマオライアスは超強いはずだろうし。何せ、カノヴァス領は消えてしまっても一大都市であるエレキアーラの領主であるカノヴァスの血筋で、国は違えど東クセリニアの女王の血の繋がった息子でもあり、ついでに義理ではあるが王国騎士団団長の孫でもあるのだから。最強クラスだ。
「思い上がった貴族の鼻など叩き折ってしまえよ、マオ。驕り昂った愚か者に遠慮することはない」
「うん――あっ、はい」
「あんまり喧嘩ばっかりしてもダメだよ?」
「うん」
あと変な学院の伝説とかを鵜呑みにするなよ。
なんて横から言ったら、まだ語り継がれていた時に本当だったんじゃないかとか逆に疑われかねないと思って黙っておいた。
「セラフィーノ、達者でな」
俺は俺でちゃんとセラフィーノを見送ってやらねば。
見送りにはフィリアとディー、それにマノンも来ていた。何だかんだ、フィリアもディーもたまにセラフィーノに遊んでもらっていたようで懐いていた。マノンもあれこれ世話を焼いてくれていた。
「学院卒業して、来られたら……また来る」
「おう、いつでも来い。フィリア、ディー、ちゃんとまたなって言ってお……言って……」
フィリアの頭をぽんと撫でようとしたら避けられた。最初は偶然かと思ったが、二度目で確信する。そんなに俺に触られたくないか、こいつ。何でだよ、何でだよ、ほんとにもう……。
「ばいばい、セラフィーノ」
「ばいばい、フィリア」
「ばいばいっ」
「……ディーも、ばいばい」
「お気をつけてくださいね、セラフィーノ坊ちゃん」
「うん」
フィリアがさっぱり俺に懐いてくれないし、挙句に避けてくるからディーを抱き上げておいた。ディーは俺の癒しだ。
見送りにはリュカも来ていた。マオライアスをクセリニアから連れてきたのはリュカだから、俺よりも情があるのかも知れない。手のかかるころに、一生で一番かわいかったであろうころに旅をしながら世話を焼いてきたんだから人一倍だろう。
が、わんさかと食い物を持たせようとするのは目に余ったからやめさせておいた。
セラフィーノとマオライアス、それにマレドミナ商会支部へ働きに出ていく子どもらを見送った。
ユーリエ学校の教員募集をかけたら、ちらほら応募があったからその準備をした。教えられるだけの学力があるかどうかを筆記試験で確認してから、俺とシルヴィアで面接だ。
それから百国会議へシオンを連れていくにあたり、壁新聞担当者を用意しないといけなかった。こちらはそう急ぐことではないがシオンにもこの仕事へのプライドがあるようで、人選は難航しそうだった。
あと学校の増築も検討し始めた。
そろそろ、教室がいっぱいいっぱいになりそうだった。
ちなみにエンセーラム諸島では、ベビーブームである。
まだまだ、この国が発展していく余地はある。セラフィーノとマオライアスが大きくなって戻ってきた時、どれだけ驚かせてやれるかと少し考えている俺がいた。




