燃やせ
『あなたが魔法を使えない理由は大きく3つよ。
穴空きに伴う魔力欠乏症。魔力放出弁の未発達。魔力変換器の不全』
フォーシェ先生は1本ずつ指を立てながら俺に説明をした。
穴空き。
これは魔力を垂れ流してしまうようなものだ。風船に例えるならば、すでに破裂した風船。
魔力放出弁の未発達。
これは風船の口の部分でいい。本来、風船はそこを開け閉めするものではないが、魔法というのはそこから出していくものと考えておく。
そして知らなかった新事実、魔力変換器の不全。
どうも人には体の中にある魔力を、火や水や風や土に変えるための臓器みたいな器官があるらしい。俺はそれもちゃんと作用をしていないから、どれだけがんばったって魔力を魔法にしてやることができない。ま、多少はできるけど。
『でも驚かされたわ、この魔技という技術は』
俺が渡しておいた本をフォーシェ先生は軽く叩き、腕を組んだ。
『あなたが抱えている問題はどれかひとつでも欠けていれば、魔法の才能がないと言われるわ。
けれどこの魔技は、魔力欠乏症のあなたのような人でも欠点をものともせず使えるようになっている。
悔しいけどこんな発想をした魔法士には脱帽だわ。……まあ、あなたのような人がいなきゃ信じなかったけれど』
とにかく、とフォーシェ先生は仕切り直す。
『穴空きのあなたがこれを使えているのは暁光よ。
この魔技という技術を使えば、あなたの抱える3つの問題は全てクリアーできる可能性があるわ』
その日から、フォーシェ先生との秘密特訓は始まった。
そして今――
「次、レヴェルト・クラシア組対ブリアーズ・エンライト組」
教官に呼ばれると、俺へ向けられた囁きが広がる。
無能、能無し、なんて言葉が大多数を占める。それに紛れ、可哀想だの、ミシェーラを心配する声だの、中には能無しが才女ミシェーラと組むのは何事だというようなやつもいた。
模擬戦が行われるのは学院内の巨大な修練場。
修練場とは呼ばれているが、前世の感覚で言えば体育館とか講堂なんてものだ。ただし、めちゃくちゃ立派で、しかも用途の幅が広い。
ローマのコロッセオを彷彿とさせるすり鉢場の客席と、底にあたる部分は円形のフィールド。直径50メートルはありそうだ。ちらっと耳にしたが剣闘大会という隔年の大々的な大会にも使われるし、ダンスパーティーだとかにも利用されるらしい。他にも、学院の大きなイベントでは使われているらしい。
「がんばろうね、レオン」
「ミシェーラ、頼みがあるんだけど」
舞台の定位置へ行きながらミシェーラに頼みごとをする。
良い顔はしなかったが、頼み込めば渋々というように了承してくれた。
「残念ね、ミシェーラ。あなたがそんなのと組むなんて」
「何が残念なの?」
エンライトの皮肉めいた挑発はどこ吹く風で、ミシェーラは首を傾げる。
天然の気もある、のか? お人好しすぎるとレオンハルト心配。なんて冗談を考えて頭を冷静にしておく。
ブリアーズの方は黙ったままだったが、目には侮蔑の色が濃く現れていた。どうせならジェルマーニとネグロをぶちのめしたかったが、それはこの後のマティアスとロビンに任せた。
俺の役目は、示すことだ。
「双方、構えろ」
教官の指示に従う。俺の後ろへミシェーラ。
向かい合い、正面にブリアーズ。その向こうにエンライト。
刃こぼれのひどい安物の剣を抜く。ブリアーズは剛直な剣を鞘から引き抜いている。
いつでも始まりやがれ。
「模擬戦、開始!」
合図とともにブリアーズが飛び出してきた。
振り下ろされる一撃を剣で受ける。向こうでエンライトが腕を振り上げると、ブリアーズが俺の体勢を崩すようにグイと押し込みながら真横へ跳んだ。
ブリアーズの体に隠されて迫っていたのは、地面のそこを潜りながら突き進む何か。ボコンと俺のすぐ目の前で、それが地面から飛び上がる――違う、俺へ向かって跳ねた。
「うおおおっとぉ!」
土塊のような何かだった。剣で弾くと側面からリーチを活かしてブリアーズが剣を横薙ぎにしてくる。素早く手首を使いながら受け止めると火花が散る。
「レオン、上!」
「上っ――!?」
「させん!」
ミシェーラに言われるが、同時にブリアーズが激しく剣を振るい出した。
大気から集めた魔力を、薄く体の表面に張り巡らせる。ファビオに試された時は失敗した、4つ目の魔技・魔偽皮。
神経伝達を高速化すると同時、体を覆う魔力に触れたものを察知する。皮膚の上から、さらに1枚皮膚を作り出し、それを感じ取るというだけのものだ。
だが同時に反射神経を飛躍的に高めることで、体に触れる前に、体に触れようとするものに気づくことができる。
魔偽皮で降ってきたものを察知し、体をよじって剣を振るった。
刃ではなく、剣身でそれを叩き、バットを振り抜くような感覚でかっ飛ばす。土塊が弾丸のように飛んでいって、人のいなかった観客席へぶち込まれた。
どうせなら、こいつでブリアーズを仕留めたかったが、さすがにそこまではできないか。
「何なのよ、あいつ……! ブリアーズ、ちゃんと押さえなさい!」
「指図をするな!」
仲間割れはどうぞご勝手に。
こいつらはジェルマーニとネグロに懐柔はされたんだろうが、仲間意識なんてものは持ち合わせていない。付け焼き刃の連携と戦術。それだけで俺を封殺できると踏んでいたんだろう。
「どうしたよ、ブリブリちゃん? その程度で終わりか、ええっ!?」
「貴っ様ああああっ!」
激しく剣がぶつかり合う。
魔鎧は使っていない。素の身体能力では年齢差というハンデのせいで単純な力でなら押し負けるが、こいつは力任せにしか剣を振っていない。技術が伴っていない。
付け入る隙は、片手で数えきれぬほどにある。
ブリアーズが苛立ちながら前のめりに剣を振り下ろした。
それを受け止めずに、半身になりながら体を翻して避ける。足を引っかけてやれば無様に顔から転び込むデカブツが一丁あがりだ。最初に見た、エンライトの地面の下を這う攻撃魔法が2つ来ていた。弧を描くようにしながら左右から迫ってくる。
「食らいなさい!」
黙ってりゃあ、タイミングも掴めなかったものを。
ほぼ同時に――ほんの一瞬のタイムラグを伴いながら土塊が飛び出してきた。
起き上がろうとしたブリアーズを盾にするように跳ぶと、見事に双方向から土塊がブリアーズを直撃した。苦悶の顔をするブリアーズの顔面へ、剣の柄尻を思いきり叩き込む。
「ごっ、が――!」
「リタイアしろ」
両足をつけたまま、膝を折って上体が後ろへ傾くブリアーズ。トドメとばかりに胸元を踏みつけるようにすると頭を打って呻いた。
「り、リタイア……する……」
「残りはてめーだけだ」
この模擬戦はコンビとなっている両者の降参宣言か、続行不能と審判の教官が認めるまで終わらない。ブリアーズを仕留めれば、あとはエンライトだけだ。
「っ……使えない」
「タイマンでやってやらぁ、好きに魔法使えよ。無能の俺に、お得意の魔法を見せてみろ」
手早くブリアーズが舞台から引きずり降ろされていった。
本当の勝負はここからだ。魔力を集め、体に留める。俺の魔力放出弁は脆弱で、魔力変換器もおざなりだ。それでも、やりようはある。
「能無しがいきがるんじゃないわよ!」
エンライトが大声を出すと地面の一部の表面がぶくぶくと音を立てた。沸騰しているかのように泡が浮かび、それがどんどん隆起していったかと思うと直径1メートルはあろうかという大岩となった。
「レオン、あれはっ――」
「いいから任せろ!」
ミシェーラには、手を出さないでくれと頼んだ。
これは必要なことだ。ミシェーラには悪いが、模擬戦はこの1回だけじゃない。だからこの最初の1回だけは手を出さないでくれと言っておいた。
体内の魔力を感じる。頭が熱くなる。鼻血が垂れてくる。
「無能がどうにかできると思ってんじゃないわよ!!」
大岩が回転し始めた。
最初だけ空回りをし、それが地面を掴むと猛烈な勢いで転がってくる。
駆け出し、剣を突き出した。想像よりも堅く激しい手応えを感じながら、集めていた魔力の一部を剣に這わせて魔纏とする。
大岩を断ち切りながら、刃に角度をつけて斬り飛ばす。エンライトはさらに3つの大岩をすでに用意していた。
「耐えられると思ってるの!?」
斬り飛ばす。蹴り飛ばす。突き砕く。
エンライトの顔が、憤怒に染まる。さらに大岩は増えた。だが、俺の行く手を阻むには至らない。
「だったら、これでぇ!」
一際巨大な大岩が作り出された。
オーバーキルな代物らしく、見ている連中の声が耳に届いた。息を飲んだり、やっちまえと俺ではなくエンライトに声援を送ったり。ここにいるほとんどは、俺が負ける姿を望んでいる。
穴空きレオンの生意気な鼻が叩き折れる光景を望んでいる。
差別と蔑視。
ロビンはちゃんと見ているだろうか。
これは俺への罵声だけど、お前のことでもあるんだぞ。
「潰れなさい!」
巨大な岩が地響きさえ伴いながら俺へ向かってきた。
メルクロスへ行った時に出くわした、あのイノシシより小さい。剣を放り捨て、両腕を広げて受け止める姿勢に入った。
「レオンっ!」
真正面から大岩が俺を潰そうと重圧をかけてくる。巻き込もうとしてくる。
魔鎧を使いながら、その重量と暴力を受け止める。衝撃はすぐに体を突き抜けていった。巨岩が、止まる。
集めていた魔力を、あえて拡散する。
俺を魔力のボールが包むようなイメージ。その中に、擬似的に魔力放出弁を作る。あとは、ありったけの力で、こいつを魔法へ変える。
魔法は想像力だ。
『凍れと念じてポンだ』
『火をイメージしろ。魔力を集めろ。その火をぽんと出せ』
じいさんとソルヤの教えになっていない教えを思い出す。
だが、魔力は想像力なのだ。イメージしろ。火だ。ロビンをけなした怒りを燃やせ。
やつらの押しつける価値観を焼き尽くす炎だ。
つまらない常識に屈することなく、燦然と輝き照らす強い炎だ。
俺はそれを知ってる。
うまくいかないことばかりで、努力をしたって結果は出なくて打ちひしがれることばかりだ。
でも、それを諦めたらただの灰になって風に吹かれて消える塵になる。
燃え尽きることのない情熱の火をたぎらせてきた。冷や水をぶっかけられようが何くそと歯向かうのがロックだ。
障害なんぞぶち壊せ。
重圧なんか跳ね返せ。
それが俺の愛するロックなのだ。
「あぁぁあああああああああ―――――――――――――――――っ!!」
叫ぶ。
擬似的に魔技を応用して作り出した、魔力と魔力放出弁。
それを想像力でなく、想いで燃やす。
全てを貫いて、焼き尽くして、降りかかる闇を払う炎の槍を作り出す。
ぶわりと、熱が広がった。
巨岩にヒビが入り、粉砕されていく。
驚愕の声が上がる。
鼻血がだくだくと流れ落ちていくのも構わず、俺はそれを遠くへ、もっと遠くへと押し出していく。
炎の槍が、一直線に奔った。
大岩を焼き崩すと光が見えた。大岩の影が消えたせいだ。
「何で、無能が魔法をっ――しかも、こんなっ!?」
炎の槍がエンライトを飲み込むかに見えた。
だが、その前に飛び出してきた教官が剣を振るい、切り裂いて消失させた。それでもぷすぷすと教官の身につけている鎧が煙を上げ、剣も黒ずんでいた。
「……ここまでだ。勝者は、レヴェルト・クラシア組」
エンライトはその場でへたりこみ、茫然自失としていた。
「はぁっ……はぁっ……」
鼻血を袖で拭う。あ、やべえ、洗うのが大変になる。
とか考えてたら、後ろからいきなり抱きつかれてきて、押されるようになって踏ん張った。ミシェーラだ。
「レオン、すごいっ! 魔力欠乏症って聞いてたのに、魔法が使えたね!」
「まーな」
ミシェーラに離れてもらって振り返ると次に控えていたマティアスとロビンと目が合う。
ステージを終えれば立ち去るだけだ。2人の方へ歩いていく。マティアスが片手を出して、それにタッチする。言葉はいらない。
「ロビン、次はお前の番だぞ」
告げると、ロビンはまだ驚いた顔をしていたが、すぐにその顔を引き締めた。
そこでふらっと来るのを感じる。酔っ払った時みたいに足腰がふわふわした感覚がする。
まだ鼻血が止まらない。それを手の甲で拭って、笑って見せた。




