行動派のセラフィーノ
「師匠、いい加減、言いたいことあるんだけど」
「あん?」
ペーパーテストの採点作業をしながら、小娘が言ってきた。
「……いつになったら、師匠がわたしに、教えてくれんの?」
「リュカからオーケーもらったかよ?」
「まだだけど……」
「んじゃあまだだな」
「でもセラフィーノには教えてるんでしょ?」
「教えてるっつーか、単なる稽古相手で……」
「それでも教えてるようなものじゃん」
「お、セラフィーノは今回も満点か。あいつ、いつも満点なんだよな……。いっそのこと、難易度上げたくなるよな」
「何を仰っていますの? 他の子がついていけなくなってしまいますわよ。セラフィーノは勉強を学ぶためにここへ通っているわけではないと、あなたが仰っていたのに、どうして彼に張り合うのですか」
「へいへい、すんません……」
シルヴィアに叱られた。お、次の答案はマオライアスか。さてさて、マオライアスは……ケアレスミス多いな、おい。惜っしいミスばっかり……。
「師匠ってば」
「あいあい、何だよ?」
「わたしにも稽古つけてくれたっていいじゃん!」
「……今度な」
「今度っていつ」
「今度は今度……予定は未定……」
「ちょっと!」
採点が終わる。満点はセラフィーノ他2名。まあ、おおむね、全体としてもよくできてた感じかな。また卒業シーズンが近づいたのを感じる。嫌なんだよなあ、色々と。毎回、もう泣きやしねえと思ったら泣かされるから。まあ、最初の卒業式ほどの号泣はしてないものの、キャスの時はヤバかったな。
あれ、来年ってフィリアも入るし、フィリアの代の卒業式って余計にヤバくなるんじゃねえか……?
「本年度の卒業試験も、例年同様にいたしますか?」
「そうだな……。あっという間だな……」
「そうですわね。けれど、その前に進路調査がありますわよ」
「告知はいつにしましょうか?」
「……来週?」
「では再来週に、進路調査訪問ということになりますのね。セラフィーノは……どうされますの?」
「あいつはレヴェルト領に帰るし……やる必要はないだろ」
採点も終わり、茶を飲みながらのまったりタイム。クラブが終わったら、子どもらを送り届けて解散だ。今日は社会科クラブだからそう人数は多くないし、楽な日だ。
「失礼。クラブが終わりましたので、ご報告に」
「お疲れさん。よし、解散。帰るぞー」
終業。
教室から溢れ出た子どもらを舟へ乗せた。
「お帰りなさいませ、レオンハルト様、セラフィーノ坊ちゃん」
「ただいま」
「えと……お、お客様が、来ているんですけれど」
「客?」
「はい……レオンハルト様と、セラフィーノ坊ちゃんに」
「俺と、セラフィーノに?」
思わず目を見合わせた。
一体どこの誰かと思って客間へそのまま向かうと、そこにはファビオがいた。
「ファビオっ!?」
「ファビオ……」
「表へ出ろ、セラフィーノ。怠けていなかったか、確認する」
抜き打ち訪問だった。
いつもセラフィーノに稽古をつけてやっている中庭へ出ると、ファビオは真剣を抜いた。セラフィーノも持たされていた剣を引き抜く。テラスにはフィリアがテーブルへ突っ伏すようにして座っていて、顔だけこちらを見ていた。5歳のくせしてあのだらけっぷりは一体誰に似たんだか。
「いつも通りに、来い」
ファビオが言うとセラフィーノは飛び出して、攻め立てた。剣と魔法とを駆使しながら、俺と稽古をしているよりも激しく。だがファビオはそれを一撃もまともに受けずに捌いてしまう。相変わらずの強さだった。そして、セラフィーノの僅かな隙を穿つように強烈な蹴りがぶち込まれてセラフィーノが転がる。俺だったらそこでやめちゃうのに、終わらない。
素早くセラフィーノは反撃の魔法を放って、追撃に出ようとしていたファビオの出鼻をくじこうとした。しかしファビオは剣の一振りでそれを引き裂いていた。セラフィーノの剣とかち合い、ファビオが押し切った。魔法でさらにセラフィーノを追い立て、攻め続ける。
やりすぎじゃねえか、と思う。
だがセラフィーノはこれが当たり前なのか、傷つきながらも凌いでいる。形勢逆転はムリだろう。それでもファビオはやめなかった。結局、ファビオの剣が横向きにセラフィーノの顔をぶち抜いて吹っ飛ばしたところで、剣は鞘に戻った。うずくまりながら、まだセラフィーノは立とうとしていたが崩れ落ちた。
「やり過ぎじゃねえの?」
「黙っていろ、レオンハルト」
「大丈夫か、セラフィーノ?」
痛々しいセラフィーノに手を貸して立たせてやった。
「……我が主より伝言だ」
「お父さんから……?」
「ユーリエ学校の卒業式が終わり次第、スタンフィールドへ向かい、入学試験を受けろ。騎士養成科だろうと、魔法士養成科だろうと構わないということだ。わたしは帰る」
「は? 泊まってけよ、一晩くらい」
「時間が惜しい」
「……船、もう出ねえぞ。時間的に」
さっさと立ち去ろうとしたファビオだったが、そう声をかけると足が止まった。
「オルトは、何企んでるんだよ?」
夕食の後、ファビオを呼び出して話をした。
「今回、わたしがここまで出向いたのはセラフィーノの成長を確かめるためだ。昼に島へつき、まっすぐここへ来て話は聞いた」
「誰に?」
「お前の妻だ」
「……んで?」
「我が主より、セラフィーノの成長をわたしが認められた場合は、学院へ行くように伝えよと仰せつかっていた。戦いにおいては大きな成長は見られなかったが、人との関わり方においては成長をしているとわたしは感じられた。それだけだ」
相変わらずつんけんした物言いだこと。
「でも学院って、まだ入学適齢は……」
「お前とて入学しただろう」
「まあ……それはそうかもだけど」
「騎士養成科へ入ったならば、剣闘大会三連覇。魔法士養成科ならば、魔法大会三連覇。そして序列戦は4年次より序列第一位を三連取。……それを課す」
「無茶苦茶言ってねえ?」
「それくらいできずにどうする」
どうもこうもできるだろ、セラフィーノなら。
求めてるレベルが高すぎるだろ。
「厳しすぎやしねえか? そんなだからお前、セラフィーノに避けられてるんだぞ?」
「避けられようが構いはしない。全てはオルトヴィーン様の――」
「セラフィーノのためじゃねえなら、そこまで強要してやんじゃねえよ」
出会ったころから変わらない、ルビーみたいな赤い瞳が俺を見据えた。
「貴様に意見される言われはない」
「今は、俺がセラフィーノの親代わりだ。よそ様のご家庭のことにゃああんま口出ししねえがな、俺は自分のガキのためなら誰だろうが文句言ってやんぞ」
「……オルトヴィーン様の御子なのだ、セラフィーノは。こうなるのが最善だ」
「んじゃあセラフィーノがそうするのが嫌だ、っつったらどうなんだよ?」
「言わぬ」
キィ、と高い音がして振り返った。セラフィーノがドアを開け、入ってきていた。
「セラフィーノ……」
「何だ、セラフィーノ?」
「レオン、僕は学院に行くから」
「だってお前……」
「ファビオ、僕はお父さんの言うことはちゃんと聞く」
「それでいい」
「……だからレオンも、怒んないで大丈夫。それよりファビオ、お願いがある」
「頼み?」
「……お風呂に、一緒に、入りたい。ここのお風呂は広くて眺めもいいし、気持ちがいいから」
呆気に取られたようにファビオの目が一瞬だけ大きくなった。
思い違いをして、勝手に突っかかっていただけなのかも知れなかった。セラフィーノは、ファビオが嫌いだと言ったことはなかった。離れたかったのだって、痛いから、としか言わなかった。稽古が痛いから。でもそれ以外の不満は、めちゃくちゃ厳しく躾けられていながら口にしたことがなかった。
一緒に風呂へ入りたいと言ったセラフィーノは、むしろ――ファビオを気に入ってるんじゃないかとさえ思えた。口数がそう多くないセラフィーノと打ち解けるために、積極的に一緒に風呂へ入ってきたように。セラフィーノもファビオと本当のところは仲良くしたいんじゃないか。だから、風呂に入ろうと――
「断る」
「おいこらファビオ」
「熱い湯に浸かるのは苦手だ」
台無しだ、こいつ。
と、思っていたのにいきなりセラフィーノが水魔法を部屋中にぶちまけ、ファビオがずぶ濡れになった。
「……そのままじゃ、風邪をひく」
けっこう行動派なセラフィーノだった。
ていうか、俺まで濡れてるんだけど。