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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#35 俺とセラフィーノと島の暮らし
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行動派のセラフィーノ






「師匠、いい加減、言いたいことあるんだけど」

「あん?」


 ペーパーテストの採点作業をしながら、小娘が言ってきた。


「……いつになったら、師匠がわたしに、教えてくれんの?」

「リュカからオーケーもらったかよ?」

「まだだけど……」

「んじゃあまだだな」

「でもセラフィーノには教えてるんでしょ?」

「教えてるっつーか、単なる稽古相手で……」

「それでも教えてるようなものじゃん」

「お、セラフィーノは今回も満点か。あいつ、いつも満点なんだよな……。いっそのこと、難易度上げたくなるよな」

「何を仰っていますの? 他の子がついていけなくなってしまいますわよ。セラフィーノは勉強を学ぶためにここへ通っているわけではないと、あなたが仰っていたのに、どうして彼に張り合うのですか」

「へいへい、すんません……」


 シルヴィアに叱られた。お、次の答案はマオライアスか。さてさて、マオライアスは……ケアレスミス多いな、おい。惜っしいミスばっかり……。


「師匠ってば」

「あいあい、何だよ?」

「わたしにも稽古つけてくれたっていいじゃん!」

「……今度な」

「今度っていつ」

「今度は今度……予定は未定……」

「ちょっと!」



 採点が終わる。満点はセラフィーノ他2名。まあ、おおむね、全体としてもよくできてた感じかな。また卒業シーズンが近づいたのを感じる。嫌なんだよなあ、色々と。毎回、もう泣きやしねえと思ったら泣かされるから。まあ、最初の卒業式ほどの号泣はしてないものの、キャスの時はヤバかったな。


 あれ、来年ってフィリアも入るし、フィリアの代の卒業式って余計にヤバくなるんじゃねえか……?



「本年度の卒業試験も、例年同様にいたしますか?」

「そうだな……。あっという間だな……」

「そうですわね。けれど、その前に進路調査がありますわよ」

「告知はいつにしましょうか?」

「……来週?」

「では再来週に、進路調査訪問ということになりますのね。セラフィーノは……どうされますの?」

「あいつはレヴェルト領に帰るし……やる必要はないだろ」


 採点も終わり、茶を飲みながらのまったりタイム。クラブが終わったら、子どもらを送り届けて解散だ。今日は社会科クラブだからそう人数は多くないし、楽な日だ。


「失礼。クラブが終わりましたので、ご報告に」

「お疲れさん。よし、解散。帰るぞー」


 終業。

 教室から溢れ出た子どもらを舟へ乗せた。




「お帰りなさいませ、レオンハルト様、セラフィーノ坊ちゃん」

「ただいま」

「えと……お、お客様が、来ているんですけれど」

「客?」

「はい……レオンハルト様と、セラフィーノ坊ちゃんに」

「俺と、セラフィーノに?」


 思わず目を見合わせた。

 一体どこの誰かと思って客間へそのまま向かうと、そこにはファビオがいた。



「ファビオっ!?」

「ファビオ……」

「表へ出ろ、セラフィーノ。怠けていなかったか、確認する」


 抜き打ち訪問だった。

 いつもセラフィーノに稽古をつけてやっている中庭へ出ると、ファビオは真剣を抜いた。セラフィーノも持たされていた剣を引き抜く。テラスにはフィリアがテーブルへ突っ伏すようにして座っていて、顔だけこちらを見ていた。5歳のくせしてあのだらけっぷりは一体誰に似たんだか。


「いつも通りに、来い」


 ファビオが言うとセラフィーノは飛び出して、攻め立てた。剣と魔法とを駆使しながら、俺と稽古をしているよりも激しく。だがファビオはそれを一撃もまともに受けずに捌いてしまう。相変わらずの強さだった。そして、セラフィーノの僅かな隙を穿つように強烈な蹴りがぶち込まれてセラフィーノが転がる。俺だったらそこでやめちゃうのに、終わらない。

 素早くセラフィーノは反撃の魔法を放って、追撃に出ようとしていたファビオの出鼻をくじこうとした。しかしファビオは剣の一振りでそれを引き裂いていた。セラフィーノの剣とかち合い、ファビオが押し切った。魔法でさらにセラフィーノを追い立て、攻め続ける。



 やりすぎじゃねえか、と思う。

 だがセラフィーノはこれが当たり前なのか、傷つきながらも凌いでいる。形勢逆転はムリだろう。それでもファビオはやめなかった。結局、ファビオの剣が横向きにセラフィーノの顔をぶち抜いて吹っ飛ばしたところで、剣は鞘に戻った。うずくまりながら、まだセラフィーノは立とうとしていたが崩れ落ちた。



「やり過ぎじゃねえの?」

「黙っていろ、レオンハルト」

「大丈夫か、セラフィーノ?」


 痛々しいセラフィーノに手を貸して立たせてやった。


「……我が主より伝言だ」

「お父さんから……?」

「ユーリエ学校の卒業式が終わり次第、スタンフィールドへ向かい、入学試験を受けろ。騎士養成科だろうと、魔法士養成科だろうと構わないということだ。わたしは帰る」

「は? 泊まってけよ、一晩くらい」

「時間が惜しい」

「……船、もう出ねえぞ。時間的に」


 さっさと立ち去ろうとしたファビオだったが、そう声をかけると足が止まった。



「オルトは、何企んでるんだよ?」


 夕食の後、ファビオを呼び出して話をした。


「今回、わたしがここまで出向いたのはセラフィーノの成長を確かめるためだ。昼に島へつき、まっすぐここへ来て話は聞いた」

「誰に?」

「お前の妻だ」

「……んで?」

「我が主より、セラフィーノの成長をわたしが認められた場合は、学院へ行くように伝えよと仰せつかっていた。戦いにおいては大きな成長は見られなかったが、人との関わり方においては成長をしているとわたしは感じられた。それだけだ」


 相変わらずつんけんした物言いだこと。


「でも学院って、まだ入学適齢は……」

「お前とて入学しただろう」

「まあ……それはそうかもだけど」

「騎士養成科へ入ったならば、剣闘大会三連覇。魔法士養成科ならば、魔法大会三連覇。そして序列戦は4年次より序列第一位を三連取。……それを課す」

「無茶苦茶言ってねえ?」

「それくらいできずにどうする」


 どうもこうもできるだろ、セラフィーノなら。

 求めてるレベルが高すぎるだろ。


「厳しすぎやしねえか? そんなだからお前、セラフィーノに避けられてるんだぞ?」

「避けられようが構いはしない。全てはオルトヴィーン様の――」

「セラフィーノのためじゃねえなら、そこまで強要してやんじゃねえよ」


 出会ったころから変わらない、ルビーみたいな赤い瞳が俺を見据えた。


「貴様に意見される言われはない」

「今は、俺がセラフィーノの親代わりだ。よそ様のご家庭のことにゃああんま口出ししねえがな、俺は自分のガキのためなら誰だろうが文句言ってやんぞ」

「……オルトヴィーン様の御子なのだ、セラフィーノは。こうなるのが最善だ」

「んじゃあセラフィーノがそうするのが嫌だ、っつったらどうなんだよ?」

「言わぬ」


 キィ、と高い音がして振り返った。セラフィーノがドアを開け、入ってきていた。



「セラフィーノ……」

「何だ、セラフィーノ?」

「レオン、僕は学院に行くから」

「だってお前……」

「ファビオ、僕はお父さんの言うことはちゃんと聞く」

「それでいい」

「……だからレオンも、怒んないで大丈夫。それよりファビオ、お願いがある」

「頼み?」

「……お風呂に、一緒に、入りたい。ここのお風呂は広くて眺めもいいし、気持ちがいいから」



 呆気に取られたようにファビオの目が一瞬だけ大きくなった。

 思い違いをして、勝手に突っかかっていただけなのかも知れなかった。セラフィーノは、ファビオが嫌いだと言ったことはなかった。離れたかったのだって、痛いから、としか言わなかった。稽古が痛いから。でもそれ以外の不満は、めちゃくちゃ厳しく躾けられていながら口にしたことがなかった。


 一緒に風呂へ入りたいと言ったセラフィーノは、むしろ――ファビオを気に入ってるんじゃないかとさえ思えた。口数がそう多くないセラフィーノと打ち解けるために、積極的に一緒に風呂へ入ってきたように。セラフィーノもファビオと本当のところは仲良くしたいんじゃないか。だから、風呂に入ろうと――



「断る」

「おいこらファビオ」

「熱い湯に浸かるのは苦手だ」


 台無しだ、こいつ。

 と、思っていたのにいきなりセラフィーノが水魔法を部屋中にぶちまけ、ファビオがずぶ濡れになった。


「……そのままじゃ、風邪をひく」


 けっこう行動派なセラフィーノだった。

 ていうか、俺まで濡れてるんだけど。

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