レオン対ロビン
『ふと気になったんだが』
あれはいつのことだったか。
こんな会話をしたことがあった。
『僕とレオンでは、これまでの戦績からして僕の方が強いが……』
『おい待てこら、最後に勝ってるのは俺だから俺の方が強いってことだろうが』
『まあまあ、レオン。最後まで聞きましょう』
『もしも、僕、レオン、そしてロビンで優劣を決めるとしたらどうなるんだろうな?』
その時、ロビンはわたし達の輪の中にはいなかった。
席を外していたのか、酒の席だったことは覚えているからそこにロビンが来ていない時だったか。
『ロビンって、ガチでやり合ったことがなかった気がするな……』
『僕は学院で、剣闘大会と序列戦と、二度戦っているが……辛勝だった。今は、正直読めない』
『わたしもロビンと戦った経験はありませんね』
ロビンが戦っている姿は知っている。
金狼族の高い身体能力、卓越した魔法、戦士の一族としての誇り。戦いとなればそれらを武器にし、平時の穏やかでやさしい彼とは違った勇ましい姿を見せてくれたものだ。
前衛役がいれば後方からの魔法による支援を引き受け、前衛が傷つけば自ら最前線へ飛び出して敵を食い止め、立て直すための時間を稼いでくれる。のみならず、回復魔法を扱う。姿変えの魔法も扱う。様々な魔法を習得し、旅にも役立ててきてくれた。
ただの戦士のみならず、ただの魔法士のみならず。
ロビン・コルトーは卓越した万能戦士であった。
『レオン、キミはロビンと本気でぶつかり合って打ち勝つ自信はあるか?』
『気持ちの上で……なら? そういうマティアスは?』
『僕とて似たようなものだな、負けてやるつもりはない。現に試合形式では2度勝利している』
『2人が互いに競い合う時は必要以上に煽り合っているのに、ロビン相手を想定すると謙虚になるのですね』
『だって……なあ?』
『そうだ、ロビンだぞ? リアン、キミだってロビンを相手取ると考えて、完璧に勝てるという自信があるか?』
『確かに、断言というのは……はばかられますね』
ロビンは、強い。
わたし達の中ではいつの間にか、揃って一目置いている相手であった。
その理由は誰も口にはしなかったが、明白なものでもあった。
第一に、ロビンと戦えば魔法でこちらが劣るということ。
第二に、ロビンと力比べをすれば恐らく負けるであろうということ。
第三に、ロビンは戦いにおいても嗅覚や聴覚を最大限に発揮し、危機察知にとても優れるということ。
学院時代にマティアスはロビンと2度戦い、勝利を手にした。
しかし、その内容は悪戦苦闘の末の決着であった。そのころよりもマティアスは経験を積んだが、同様にロビンも経験を積み重ねてきた。しかも剣を主体にして戦うわたし達は、剣技が熟練していこうともいずれ肉体の老いによって総合的な実力が衰えるだろう。だが、魔法士は飽くなき探究心を保ち、研鑽を続ければ天井知らずで実力を伸ばしていってしまう。
時間の経過というものによって、剣士は魔法士に引き離されてしまう関係にあるのだ。
『ほんっとに、素直に、腹割ってちょっと言い合おうぜ。正直に、だぞ? カッコつけんな? ガチったロビンと戦うことになって、ぶっちゃけ、勝てると思うか? せーのっ』
レオンの号令で、わたし達は口を揃えて結論を出した。
『キツい!』
『勝ち目は薄い』
『サシでは勝機は薄いでしょう』
ロビン・コルトーは卓越した万能戦士である。
「ま、待てっ、誤解――」
「アサルトホールゲイル!! グレートロックレイン!!」
ロビンがいきなり、高等魔法を放った。
プロテクトキューブは本来、防御に用いる魔法だ。しかし、頑丈なそれは内部にものを閉じ込める即席の檻として使うこともできる。
青い輝きを放つ正方形の空間の中に、凄まじい烈風が乱れ舞った。それだけに留まらず、先端が鋭く尖った巨岩まで雨のように降る。レオンはそれを受けながら耐えていた。しかしこれはまだ、ロビンの力の一端でしかない。
「はっぁああああああああっ!」
アーバインの剣を引き抜いたロビンがプロテクトキューブの内壁に激しくぶつかったレオンへ駆けた。激しい音と衝撃がし、プロテクトキューブがとんでもない反発音が出した。レオンが頭の位置だけ僅かに逸らし、ロビンの一突きをかろうじて避けていた。プロテクトキューブはそれに耐えたが、アーバインの剣の切っ先からヒビが入っていく。
「誤解なんだって、ロビン!!」
「プロミロンスロアっ!」
「待っ――」
逃げ場のないプロテクトキューブ内で、釣果力による大爆発と大炎上を引き起こした。ヒビ割れていた箇所からプロテクトキューブが破壊された。それでも外への被害を出していないのだからロビンの魔法の精度と、硬度には驚かされる。
しかし、レオンにもまた驚かされる。無傷――ではないものの、耐えていた。だが丸腰だ。丸腰のレオンを相手にこれほど苛烈に攻撃しているのだから、ロビンはよほどぷっつんしているのだろう。さすがに、レオンがこれでは殺されてしまいかねない。
「レオン!」
「リアンっ、ロビンを止め――」
「良ければ使ってください!」
剣を鞘ごとレオンに投げておいた。
こんな楽しそうなものに水を差すなんてわたしがするはずないというのに、レオンは助太刀でも期待してしまったのだろうか。
「リアン、いいの?」
「いいんじゃないですか? 誤解だそうですし」
レオンが自衛のための反撃を開始する。
メーシャが一応、魔法で家が壊れないように覆ってくれた。
「ロビンっ、待て! 待てってば! ちょっと間違っただけだから!」
わたしの剣と、ロビンが持つアーバインの剣がぶつかり合った。一度は折られた剣だったが、刀匠ダモンに打ち直してもらってから、またずっと頼りにしてきているものだ。レオンは剣よりも槍の扱いの方が得意とは言うが、決して使えないということもない。
学院にいたころは実技に関してならば、最初から最後までトップクラスだったのだから。
レオンの静止の呼びかけも虚しく、ロビンはアクアスフィアを放った。レオンがそれを内側から何かして破裂させかけたが、アクアスフィアは凝固し氷となっていた。カチカチに凍ったことによってレオンはアクアスフィアを完全に破ることができなかった。そこへロビンがアーバインの剣を振り下ろして氷ごと粉砕しにかかる。
アウラメンシスを抜きかけたが、その必要はなかった。
氷に体を固め取られたままレオンはロビンの攻撃を弾いたのだ。体を覆う表面の氷を削らせ、薄くなったところで内側から力を込めて割ってしまった。
「頭冷やせっつーの、ロビン!」
両者の剣が再びぶつかり合う。同時にロビンは槍のように細く長い土の棘をレオンの足元から生やして貫こうとした。飛びのいたレオンへ踏み込みながらロビンはアーバインの剣を振り抜く。レオンが血を流した。しかし、ロビンがいきなり何かに縛られたように動きを止めた。
「別にメーシャを誰かの嫁にやれとか、俺がもらっちまうとかじゃないから落ち着け!」
必死に怒鳴りながらレオンが起き上がる。幸い、傷は浅かったらしい。
「大丈夫ですか?」
「え? ああ、おう。つか、止めろよ、お前は!」
「ロビン、どうどう……。誤解らしいですから」
鼻息荒いロビンを宥めると、ずっと逆立っていたものがいつもの毛並みに戻っていった。が、目だけはじろっとレオンに不審の眼差しを送っている。
「どういうことなの? ください、って?」
「あのな、メーシャ……その……お前さあ、自立したいって言ってたじゃん?」
「うん」
「そんなのダメだよ……」
「ロビンのケチっ」
「まあまあ、聞くだけ聞きましょう、ロビン。メーシャも、ロビンはあなたを心配してるだけなんですから、あまり邪見にせず」
「キャスがさ、旅に出たいって……言うんだよ。一人旅したいって。でも、それは危ないからって説得してる内に、あー……成り行きで? メーシャとならいい、って言っちゃってさ……。そしたらもう、キャスもその気になっちゃって、どう?」
ロビンの尻尾の毛がまた、剣山のように逆立った。