口の滑ったレオン
「キャス、悪かった」
「……えっ?」
「ただただ、ダメの一点張りじゃ、何もならねえもんな。すまん」
謝ることから始めた。
もうキャスに嫌いとか言われたくない。わだかまりをなくすべく、頭を下げた。
「う、うん……いいよ、じゃあ」
「キャスーっ!」
素直なキャス、かわいいっ!
抱き締めたが頬を突っ張られた。頬ずり拒否っすか、そうですか。
「じゃあ、一人旅してきてもいい?」
「ダメ」
「えっ……」
「現時点では」
「……げんじてん、では?」
俺は考えた。
キャスは一人旅をしてきたいと言うが、何をどう考えてもそれは認められない。俺は3歳のころからじいさんに戦うための手ほどきを受けてきた。だがキャスはそんなことは一切していない。
付け焼き刃で仕込むなんて論外だ。生兵法は大怪我の基である。
「意地悪じゃないし、俺はもう心を入れ換えたから、お前を行かせたくなくてダメだって言ってるんじゃない」
「うん……?」
「いいか、キャス。外は危険がいっぱいだ。この島で確実に三本の指に入る俺だって、何度も死にかけてきた。それほど危険なものはあるんだ」
「レオンが1番じゃないの?」
「嬉しいこと言ってくれるけど……まあ、そこら辺はよく分からん。その時々で、誰が勝つかなんて分からないし。俺か、マティアスか、ロビンか、リュカか、そこら辺で誰かがきっと1番だ。順不同」
「三本指なのに4人……」
「いいんだよ、そういう細かいことは。なんなら五本指でもいいから」
「そうなると誰が入るの……?」
「……シオンか、リアンか? あっ、イザーク入れてもいいかも……?」
「リアンも強いの?」
「あいつは聖剣アウラメンシスっつーすんげえ剣を持ってて――じゃなくて。とにかく外は危険がいっぱいだ。最低限でも小娘くらいの実力はないとダメだ」
「小娘……あっ、ミリアム?」
「そうだ。でも、お前はあと何年か、十何年か待ってから出発なんて嫌だろ?」
「うん」
「だから、ひとりでなんて行かせません」
言い切るとキャスはむくれた。
すまんと謝っておいて、でもダメー、とか言ってるようなもんだしそんなの想定内だ。
「で、だ。今度はキャス、お前の話を聞く」
「どういうこと?」
「そもそもどうして、一人旅したいんだ?」
「……楽しそうだなって思ったから。レオンが旅のお話とか、してくれたでしょ?」
「じゃあ、ひとりじゃなくてもいいんじゃねえ?」
「でも最初はひとりなの。だってレオンも、最初は一人旅だったんでしょ?」
さて、どうなるかね。
メルクロスからスタンフィールドに、学院へ入学するために向かったのが最初の旅とするならファビオと2人だった。単なる送りであって旅じゃないと言い張るのであれば、竜退治のために呼び出されてメルクロスへ弾丸帰郷したのが最初の旅になるかも知れない。学院を卒業してから色々と寄り道しつつ、カハール・ポートまで向かったのを最初にするのであれば一人旅だった。
そこら辺を話してやると、キャスは眉間にしわを寄せた。
こういう表情もかわいいなあ、キャスは。ますます、一人旅なんてさせたく――ああいやいや、これはリアンに言わせちまえば小鳥扱いだ。良くない、良くない。自制しろ、俺。
「ひとりの旅もいいもんさ」
「うん」
「だけど、誰かと旅するのも、同じようにいい」
「うーん……」
「だから最初は、安全策でさ。旅に慣れてきたぞ、万が一はあるかも知れないけど自分で大体は解決できるぞ、ってそう思えたら……改めて、また一人旅に挑戦してみりゃあいいじゃんか。どうだ? ひとりで見る景色なんて、ひとりで眺めて綺麗だなー、って思うだけだ。でも誰かと一緒なら、一緒にその綺麗な景色を語り合える。もしかしたらキャスの目には留まらなかったすごいものを見つけて教えてくれるかも知れないし、キャスだけが見つけたすごいものを教えてやって優越感にも浸れるかも知れない。そういう楽しみがある。どう思う?」
しばしキャスは考え込んだ。
辛抱強く待った。ひとりじゃない方がいいだろ、と熱弁したいのをこらえる。多分、逆効果になる。
「ひとりじゃなかったら……誰と行けばいいの?」
「えっ?」
「え?」
考えてなかった。
「……レオン?」
やべっ、またキャスの瞳に不審感という火が宿り出した。
「考えないで言ってるの……?」
「ち、違う……」
「じゃあ、なーに?」
何この迫り方……?
いつ、どこで、こんな圧迫の仕方を覚えたんだ。俺のかわいいキャスが、俺を脅せるようになっているなんて……。物悲しいやらちょっぴり嬉しいやら、レオンハルト、複雑っ。
「レーオーンー?」
「え、えっと……」
「…………」
「無言の圧力、やめよ? 俺とお前の仲だろ? なっ?」
「考えなしじゃないなら早く言ってください、レオン。ほらっ」
「いやいや、そう急かしたってな……?」
「3秒以内じゃないとでまかせってしまーす! いーち、にーい、さーん! ほらーっ!」
「っ……め、メーシャ!」
「メーシャ?」
「そ、そうっ。め、メーシャもな? 自立したい、自立したい……ってロビンと、ちょっと揉めてる感じだから。それにメーシャはすごいぞ? 鼻もいいし、耳もいいから、はぐれたって安心だ。しかもロビンから魔法を教わったから、安全だし。特にな、航海魔法って知ってるか? でっかい船を動かすための魔法だけど、そういうのが得意なんだよ。だから海でも安全! メーシャはいいぞ、すごいぞー? それに昔っからキャスとも仲良しだし、旅の道連れには最高じゃんか! 女同士なら気兼ねなくていいし! なっ!?」
「メーシャと、一緒に旅……」
「そ、そうっ。いいだろ?」
すっげえ、背中で汗かいてるのを感じる。
「いいかもっ、メーシャとの旅ならひとりじゃなくてもいいっ!」
「ほんとかっ!?」
「うん」
「よーしよし、俺もメーシャなら安心だし――」
「でっ? メーシャって、どこか行きたいとかってあるの?」
「……そ、そこまでは、どうかナー……?」
「じゃあ今からメーシャのところ行って――」
「あー、タイムタイムタイムっ!」
「どうして?」
「ほ、ほら……あー……まださ、メーシャも、キャスと旅ってのは考えてもなかった段階だから? いきなり具体的な話ってのも……な? こういうのは段階を踏んでくもんだ。俺が近い内に、具体的な話ができるよう……あー、うん、話つけるから……ちょっと待とう。なっ?」
「うん、分かった」
セェェェェェェ――――――フっ!
だけど、依然追い詰められてるぞ、俺!
メーシャはただ、ロビンとリアンの営みがうっさいから国内の別のとこで一人暮らしをしたいっていうだけのことだ。キャスと一緒に旅してきてくれなんて、いきなり言えない! て言うか、ロビンが絶対、障害になる! ぎりちょん、リアンは味方になってくれるかも分からんけど、ロビンはメーシャのこと大事にしてるからきっと反対してくる!
……どうやって、説得しよう。
「メーシャとー、たーびぃぃ〜♪ おーんなーのぉ〜、ふたーりーたぁぁ〜びぃぃ〜♪」
ああ、拳をきかせて歌っちゃって……。
これで出任せでした、なんてことになっちゃったらキャスん中で、かろうじて保てた俺の株価が大暴落しちまう。どうしよう、どうにかしねえと、どうんかするんだ!
そういうわけで、俺は土下座の準備をしてロビンハウスへ乗り込むことにした。
「頼もう!」
「いらっしゃい、レオン。どうしたの?」
「……ロビン、折り入って頼みがある」
「頼み……?」
「おや、レオン。どうかされました?」
「あ、レオン。いらっしゃーい」
ロビンファミリー集合しちゃった。
でも俺はキャスの信用のためなら、プライドなんて余裕で放り投げられる。
「ロビン!」
「う、うん」
「妹さんをくださいっ!」
あれ、テンパりすぎて何か違うこと言っちゃった?
いや、でも端的には、合ってる? よな?
「――プロテクトキューブ」
青い光を放つ立方体がいきなり出現して、俺とロビンだけがその中に取り込まれた。
「えっ……?」
「レオン……」
何か、今まで聞いたことがないくらい、ロビンの声が低いんだけど。
つかめちゃくちゃ、尻尾の毛が逆立っちゃってない? ピィィーンとお空に尻尾が立ってますよ?
「エノラがいるのにさ……人の妹をくださいって、おかしいよね?」
「ろ……ロビン……? ロビンさん……?」
「ここからは、僕が出そうとしない限りは出られないから。覚悟、してよ」
獣の目えしてはる。
「ま、待てっ、誤解――」
「アサルトホールゲイル!! グレートロックレイン!!」
いきなり大魔法じゃないっすか!?




