信頼の差
「片づけ、これで終わり?」
「ええ、どうもありがとうございます、リュカ」
「うん」
いっぱい出ていた音楽ホール用の椅子を片づけると、がらんとした。
これで今日はおしまい。レオンからは打上げの宴会に来い、って言われてる。ご馳走が出るから行こうとは思ってる。けど、シルヴィアと2人きりになったから、これを早くおしまいにするのも何だか嫌だった。
「ようやく創立記念祭に一区切りついて良かったですわ……。毎日、準備ばかりでここのところ、少し体が疲れていましたの。劇も皆さん、良かったと仰ってくださりましたし」
「……疲れてるなら、ビリビリしてあげよっか?」
「ご遠慮いたしますわ。あなたのそのお力はわたしなどより、他の方に使うべきですから。わたくしのこの疲労は、毎日、体を使って労働をしている皆さんに比べれば微々たるものです」
「そう……」
「では行きましょうか」
シルヴィアが出口に歩いていく。
俺もその後ろについた。
「シルヴィア」
「何ですの?」
「打上げ、行くの?」
「どうせ行ったってレオンハルトさんに管を巻かれるだけですから顔は出しませんわ」
「帰るの?」
「ええ」
「……帰って、何するの?」
「特別なことは、何も……。夕食をいただいて眠りますわ」
「そっか……」
音楽ホールを出た。
泥棒が島に出たばかりだから、ちゃんとカギをかけた。壊そうと思えば壊せるし、カギがなくても俺は開けられそうな錠前だけどないよりマシだと思う。
「リュカは打上げに行かれますの? 王宮前広場でやるのでしたっけ……? でしたら、わたしは舟へ乗りますから、そこまでは一緒ですわね」
「うん」
歩き出す。音楽ホールから王宮前広場までは、数分だ。
数分でシルヴィアと今日はさよならしなくちゃいけない。
「……リュカ? 何となく足取りが重いようですけれど、どうかなされまして?」
「シルヴィア」
「はい?」
「お、俺、ずっとシルヴィアのことがさ」
「ええ」
「……す、す、すす、好……」
「す……?」
「好き……」
「すき……?」
「スキヤキっ!」
「すきやき?」
「っていう、すごいおいしいのがあるんだけど、知ってる!?」
「そう言えば何度か、レオンハルトさんの話に出てきたような気はいたしますけれど……わたくし、卵を生食するのはちょっと受け入れがたいのでご遠慮しています。確か甘辛いソースでお肉やお野菜を煮込むお料理でしたっけ」
また言えなかった!
今日こそちゃんとって思ってたのに、思ってたのに!
梳きバサミとか、隙ありとか、すきま風とか、何でいつも余計な言葉くっつけちゃうんだ、俺。
またレオンに「ヘタレたか」とか言われちゃう……。
「リュカ?」
「うわっ……!?」
呼ばれて気づいたら目の前にシルヴィアの顔があって、思わずのけぞった。
「……たまにおかしくなられますのね」
「っ……」
「言いにくいことでもありますの? 悩みを打ち明けられる立場である、あなたの悩みを聞いて差し上げるなんて……それほど偉い女ではありませんけれど何かあるなら、口にするだけでも違うのではなくて?」
好きって言えばいいだけだ。
それから、結婚してほしいって。
でももしも、嫌だって言われちゃったらこうやって喋ることもできなくなっちゃうし、シルヴィアにも嫌われちゃったりするかも知れない……。
「……リュカ?」
でも、でも、でも。
言わなきゃ何もならないし、またレオンにバカにされるだけだし……。
「シルヴィアっ」
「はい……?」
「結婚、したい!」
「まあ……」
言えた!
「正直……お、驚きましたわ。あなたがそんな感情を持っていただなんて……」
「俺も……最初はよく、分かんなかったけど……好き、なんだって……分かった」
「それで……」
「うん」
お願い、ソア、サントル、どうにかして。
やっと言えたんだから、シルヴィアに、いいよって言ってほしい。お願い……!
「お相手は、どちらの方ですの?」
「えっ……?」
「はい……?」
あれ?
何か違う気がする。
「それは伏せておいた方がよろしかったですか? けれどリュカが結婚したいだなんて思う女性がいたなんて、本当に意外で驚かされますわね。恥ずかしいことではないのですから、恋の悩みならご相談してくださってよろしいのですよ。これでも学校の子ども達からたまにですけれど相談を受けたりもしていますの。子どもの恋愛と大人の恋愛は違うと思いますけれど、少しくらいなら力になれるかもしませんわ」
「……うん」
俺、シルヴィアに結婚したいって言ったのに伝わんなかった……。
「リーアーン〜……どうすればいいのぉ……?」
「珍しく飲んでいますね、リュカ。そんなにショックでしたか? プロポーズが伝わらなくて」
「リュカ、恐ろしいのはその後だぞ。プロポーズしてから、次から次へと、結婚したければ力を示せとばかりに、第一の刺客や、第二の刺客が現れてだな……」
「マティアス、邪魔っ! リアンに相談してんの!」
肩を組んできたマティアスをひっぺがして押した。
「いやー、でもリュカがとうとうヘタレずにいったか。……まあ、勘違いを訂正できないっつーヘタレっぷりは発揮されたみたいだけど。お前、こういうのはうじうじすんのな? イノシシみたいに突進するしか能がなかったのに」
「レオンもうるさいっ! 邪魔っ!」
「お前っ、俺を邪魔とは何だ!?」
「まあまあ、レオン。リュカからすればデリケートな話題ですから」
「リアン、どうすればいい……? 俺もう分かんない……」
「いえいえ、進歩ですよ、リュカ。誤解は正せば良いだけなのですから。ただ、こうなってしまったら、使える手段がありますよ」
「つかえる……しゅだん?」
「ええ。古来より、この方法は有効であると言われていました」
「ほんとっ?」
「ええ。それはずばり、恋の悩みを、その恋する相手に相談をすることです」
「何それ?」
「うわ、古典的……」
「よくある手だな、確かに」
レオンとマティアスがそれぞれ反応した。
「でも……そんなのしたら、バレちゃうんじゃない……?」
「いえいえ、バレていいんです。どれだけ好きかというのを相談という名目で打ち明けるんですよ。すると、その好きな相手の特徴なども相手は興味を持ちますから、そこでリュカが彼女に惹かれているところを伝えるんです。相手が親身になるほどに、リュカも心から打ち明けるほどに、その恋する相手が自分だと気づいた時に、恋に落としやすいという寸法です」
理屈はよく分かんないけど……レオンもマティアスもうんうんって頷いてる。ロビンは小首を傾げ、何か言いたそうに口元だけ苦そうにしている。
「リュカ、包み隠さず、臆することなく、存分にシルヴィアさんに相談なさい。行動を起こさなければ得るものはないのです」
「分かった、リアン……!」
「リュカってリアンには素直だよな……」
「信頼の差だろうな」
「俺、主なんだけど」
「リアンって、色々と、手懐けるのが上手だよね……」
「おお? てことは、ロビンも手懐けられちゃったってか?」
「だが夜のロビンは本物のオオカミそのものと聞いているぞ? リアンは主導権を握れているのか?」
「そ、そういう話、あけすけにすることじゃないでしょ……?」
「言えって、ロビーン」
「ロビン、この際だ、いいじゃないか。僕らの仲だろう?」
「尻尾をなぞるだけで簡単操作のロビンが存在しちゃってるのか? んん?」
何かちょっとバカにされたような会話が聞こえたけど、すぐに意味不明の話題に移っていったから気にしないでおいた。
次の日は学校が休みだったから、朝の祈祷と掃除をしてからすぐシルヴィアの家に行った。それで相談をしたいって言ったら、シルヴィアの目は輝いた。
リアンが言ってた通りに、シルヴィアはどんなところが好きなのかとか詳しく聞いてきたから、けっこう恥ずかしかったけどちゃんと言った。ミリアムまで何故か混じってきちゃっていたけど、仲間外れにするのも可哀想だから3人で話した。恥ずかしさは増えた気がする。
「ところでリュカってさ? 何か熱っぽく話すけど、けっこう恋とかするタイプなの?」
「うん。けっこう好きになる」
「まあ、そうでしたの……」
「で、でっ? その、今好きな人って何番目に好きになった人で、順位つけたら、今まででどれくらい好きな感じなの?」
「んー……3番目か、4番目……で……順位つけたら……どーりつ、1位?」
「同率……」
「1位……?」
「だって2人とも、結婚したいくらい好きだし」
「……でも2人と結婚なんて」
「そうですわよ、夫ひとりに、妻ひとりですわ」
「えっ?」
「いや……普通でしょ?」
「でも、ソアは3人も妻いたし……」
「それは神話。わたし達は人でしょ」
「……し、シルヴィアも、ダメだと思う……?」
「もちろんですわよ」
俺はシルヴィアも、リーズも好き。
だから2人と結婚したい。
でもシルヴィアはひとりの男が、2人もお嫁さんをもらうのはダメ。
…………。
これって。
ダメってこと?