エンセーラム開拓記
エンセーラム王国は、晴れ。
波、穏やかに。風、爽やかに。
本格的なサマーシーズンにはもう少しといったころ、ユーリエ学校の創立記念祭が開催された。
プログラム一発目は、毎年恒例、地母神イングイへの祈祷。
地母神は豊穣と子育ての神。ことあるごとに、リュカを通じてあれこれ祈祷している神様だ。子どもらの健やかな成長をありがとう、いつも島の作物を実らせてくれてありがとう、とこの時ばかりは感謝している。
そして。
祈祷が済んだら、いよいよ創立記念祭の始まりである。
今年は子どもらにどんなことがしたいかと意見を募り、学校職員はそれをどう実行に移すかということにあれこれと頭を悩ませまくった。好き勝手しろ、と言ってきっちりかっちりできる年ではないから当然である。
でもって何をするのか、ということだが、俺はさんざん、俺を題材にはするな、と言いつけておいた。それを逆手に取ったかのようなものを、子どもらは考えついてしまい、俺は折れざるをえなかった。
何とセラフィーノがリーダーシップを発揮していた。
いいぞ、セラフィーノ。我が家で預かってる子として鼻が高い――と、演目が違っていたなら手放しに喜んだだろう。手放しじゃなく、誉めはするんだけど。
劇だ。劇をやることになった。
総監督、シルヴィア。演出、シオン。雑用、小娘。
俺は予算係。
ユーリエ学校は国費で運営されている。ことあるごとに、校長であり、国王である俺が国の財布を握っている腹黒宰相リアンに交渉して予算をもぎ取らねばならないのだ。最初に割り振られた分だけだと何か心もとないし、子どもらがやりたいようにさせてやるためにも俺が一肌脱ぐのだ。
リアンにはちくちく言われたけど。
『どうして、前回の予算会議であらかじめ計上してくださらなかったんでしょうね? おかしいとは思いませんか、陛下? ことあるごとに金の無心をしてくる、というのは国家の運営以前に、人としてどうなのでしょうか? ここら辺、今度、わたしが学校で子ども達に特別授業でもいたしましょうか?』
なんて。
そんな風に言われた。
でも仕方ないじゃないか。
予算会議だと学校だけじゃなくて、他のあれこれについても考えなきゃいけないんだし、そういうのばっかりに気を取られちゃってついつい、会議が終わって気がついたころには「やっちまったぜベイベー」となっちゃうんだから。
まあ、でも予算はもぎ取ったのだ。
俺がちょっとリアンに口先で虐められるだけで子どもに笑顔を与えられるんなら、それだけで充分じゃあないか。俺、高望みはしない。ロックスターはいつだって、弱い人の心に寄り添うものなんだ。
「レオンハルト、今年は何をするの?」
「……まあ、うん。見てのお楽しみ……」
音楽ホールで、観劇が始まった。今回は劇をやるということなので、音楽ホールを会場とした。座席数は約1000。ちょっとぎちぎちめに、だけど現在の国民なら全員入れてしまう。全員は来ないけど。
俺は校長らしく、王様らしく、客席ど真ん中の一番いいとこでエノラと、フィリアと、ディーと座る。左端から俺、ディー、キャス、エノラ、フィリア。フィリアの右隣にはリュカがいる。で、客席の最前列にはマティアスとミシェーラが陣取っている。マオライアスを見るためだろう。
シルヴィア、シオン、小娘の3人は裏方でばたばたやってるはずだ。
リアンは俺の真後ろにいて、ロビンとメーシャもその列には隣り合って座っている。
ちなみに、だが、マノンとイザークが会場の一番後ろの端っこに座っていたのを俺は見つけている。マノンもイザークも、セラフィーノをちゃんと俺達の家族のように迎え入れてくれているから、晴れ姿を見たいんだろう。
『これより、ユーリエ学校創立記念祭、特別プログラム。観劇・エンセーラム開拓記を上演いたします』
生真面目なシオンの声が響いた。
「エンセーラム……」
「開拓記……?」
後ろから、横から、何やら視線を感じた気がする。
俺、知ーらない。
「昔、昔――というほど昔ではない、ついつい数年前のこと。
ディオニスメリアを出発し、遠く海の向こうクセリニア大陸を旅した6人組がいました。
ひとりは、名前をレオンハルト。
ひとりは、名前をエノラ。
ひとりは、名前をリュカ。
ひとりは、名前をリアン。
ひとりは、名前をロビン。
ひとりは、名前をマティアス。
彼らは旅を終えてディオニスメリア王国、ジェニスーザ・ポートに帰り着きました」
ナレーションはシオンらしい。
舞台上に6人の子どもがわらわらと出てきた。
「わたしには野望があります! 国を作りたいのです!」
リアン役が大仰なジェスチャーを交えながら言う。ちらっとリアンを振り返ると、身を乗り出すように魅入っている。口元に浮かんでいる笑顔が、純粋なものなのか、黒いものなのか、いまいち分からない。
「俺にも野望がある! 幸せな国を作りたい!」
俺役――であろうセラフィーノが、またまた大袈裟な動きでポーズを決めながら言う。いやー、俺、役者だけは美化されてるなー。言った覚えがないことが思いっきり脚本に組み込まれてるみたいだけど。
ていうか、ジェニスーザ・ポートに来た時点ではリュカはいなかったんだけどなあ。
まあいいか。事実を基にしたフィクションだし。そう、これはフィクションなのだ、多めに見ようじゃあないか。うん。
劇は進行した。
旅を終えた6人は手分けをしながら、エンセーラム王国を作るために奔走をする。
色々と事実と異なるところはあるが大筋だけは何となーく守っていた。この劇の脚本はシルヴィアとシオンが考えたそうだから、あまり外れることはないんだろうが、シオンが関わってるせいか、俺がやたらめったら美化されてしまっていた。いや、俺だけでもないかな。
役者は全員、子ども。まさしく児童劇団。
可愛らしいもんだと思う。キャスはたまに、ほんとはこうだよね、と俺に耳打ちをしてきた。ディーは大人しくじいっと劇を魅入っていた。フィリアはよく見えないけど。
リアンがマレドミナ商会を興す。
俺とエノラとロビンで島に上陸して、探検してジャルとレストを仲間にする。手に汗は握らない、巨大ワームとの戦いもちゃんと押さえていた。セラフィーノに話してやったことだな。
ベリル島の岩壁にある階段の正体が明かされると、会場からひそひそ声が溢れていた。皆、地味に気にしてたりしたのか?
島にリュカが神官となってやって来る。そして、今や主要な作物である米を持ち帰る。地母神ありがとう、なんて台詞が入っていた。地味にリュカも美化されている気がする。中身はアホの子なのに、この劇のリュカはスーパーマンだった。
そして俺とエノラの結婚式。
プロポーズシーンまでやっていたが、これまた事実と違っていた。男らしく俺が求婚していたのだ。これ誤解されないかなー、なんて思いつつエノラを見たがあまり表情は読めなかった。
結婚式にやって来た来賓の中で、ジョアバナーサの女王さんも登場していた。何故かこれはリアリティーに満ちていた。マオライアスらへんが影響してるんだろうか。でもちっちゃいころにマオライアスはリュカと一緒にジョアバナーサを離れてそれっきり女王さんには会ってないっぽいしな。いや、幼児にさえ、あの女王さんは強烈な印象を与えていたのか? あり得るな、すげえあり得る。
結婚式の後、俺が消える。
場面転換をしたら何故かマティアスのシーンになる。マティアスを演じるのはマオライアスだった。どんな顔でマティアスとミシェーラは見ているんだろうか。
何やらピンチに陥ったマティアスの前に、颯爽と現れるこの俺とロビン。
3人で悪者をやっつけた。友情シーンが描かれる。完全なフィクションだな、この辺は。誰が考えたんだか。ていうか、結婚式の後に俺が出かけたのはヴラスウォーレン帝国であって、マティアスのところじゃないんだけど――ま、いっか。
そうしてマティアスはお嫁さんを連れて帰ってくる。
6人で一緒になって、エンセーラム王国を守りながら平和に暮らすのでした、ちゃんちゃん。
コンパクトにまとめられつつ、情報量満載の劇が終わる。
真っ先に立ち上がって拍手しまくってブラヴォーと連呼しておいた。それに客席の者も大体が続いてスタンディングオベーションだ。一旦、幕が降りる。と、その幕の前に改めて子ども達が全員出てきた。やりきったという顔をしている。
シルヴィアが出てきて、お淑やかに一礼する。
「皆様、ご鑑賞ありがとうございました。本日の劇は、子ども達が主体となって作り上げたものです」
挨拶をしてから、またシルヴィアは一礼。
「それではここで、子ども達の代表としてセラフィーノよりご挨拶をしていただこうと思います」
「よっ、セラフィーノ!」
調子に乗って声をかけたら、舞台上のセラフィーノがぎょっとした顔で俺を見てきて、ちょっとむっとした。キャスに肘で小突かれ、後ろからリアンに頭をこつこつと叩かれた。茶化してるんじゃないしぃー。
こほん、と咳払いをしてからセラフィーノは一礼してボーイソプラノをホールに響かせた。
「本日は僕達の劇を見てくれて、ありがとうございます。僕はこの国が大好きです。
この国に暮らす人達は、よそ者の僕をすぐに迎え入れてくれました。やさしくしてくれました。友達もできました」
これ多分、原稿をあらかじめ作ったな。
セラフィーノにしては言葉がちょっち年相応になりすぎてる気がする。添削はシオンか? シオンらへんだろうなあ。でも、シオンはこれを読め、って強制するタイプでもないし、内容そのものへの添削はあまりされてないだろう。
「この島々の溢れている自然が大好きです。森は活き活きとしていて、海の幸も豊富です。
そしてこの国の王様である、レオンハルト先生のことも大好きです。いつも僕達のことを考えてくれています」
照れるじゃないか。
よせよ、照れるだろ。
「レオンハルト先生は……デリカシーがなかったり」
「えっ?」
ステージの袖からシオンが顔を覗かせたが、何かに引っ張られたように引っ込んだ。
「ずぼらだったり、物事が適当だったり、教育者という立場なのに言葉遣いが正しくなかったりします。
王宮では暇になるとメイドのマノンをからかって遊んだり、お風呂上がりは素っ裸で風に吹かれたり、夜の集会に出かけると酔っ払ってふらふらで帰ってきて、王宮の子ども達に構おうとして嫌がられていたりします」
何を暴露しちゃってんの、セラフィーノくんっ!? 事実ではあるけども! こんな原稿、シオンが通すはずな――ここでいきなり変えてきた? 確信犯? マジでっ!?
「でも、そんなレオンハルト先生が王様だから、この国の皆が自然体で活き活きと暮らしているんだと思います。ダメなところはたくさん目につくけれど、レオンハルト先生はここぞという時はこの劇よりも格好良くて、やさしくて、頼りになります。
僕の大好きなこの国は、きっとレオンハルト先生がダメなところをがんばって隠しながら王様としてがんばっているから、素晴らしい国になっているんだと思います。劇にはその気持ちを込めました。これからも、いい王様でいてください。
……ありがとうございました」
ちらっとステージ袖を見てから、セラフィーノは前を向き直って頭を下げた。
拍手は湧いたが、俺は顔を上げられなかった。
「レオン、泣いてるの?」
「だって公衆の面前であんな暴露されちゃあさあ……。キャス、慰めて」
「いい子、いい子」
「キャース〜……ええ子やなあ、自分……」
キャスに言われておちゃらけて答えたが、羞恥心なんかで涙が出るような豆腐メンタルじゃない。でもほんと、涙腺は緩くなってるんだなあと思った。鼻血は出なくなったのに。
余談だが。
エノラには旦那として恥ずかしい、と。
リアンからは一国の主として恥ずかしい、と。
それぞれからかるーくお説教を受けました。




