明かされる小さな不思議
「何がエンセーラム四天王だか……」
「いつの間にか、そんな噂が流れてたんだね……」
「しかもレオンの特徴ごと、な」
「ふふ、格好良くていいじゃありませんか。ねえ、リュカ?」
「うん、かっこいい」
マティアスとロビンは複雑な顔をしていた。
産業スパイの誘拐犯2名は拘束した。俺の国で奴隷を調達しようとした輩なんぞ極刑にしてやりたいもんだったが、さすがにそれは止められてしまった。気に食わないが、リュカに任せたところ、反省するまで拘留ということにしたそうだ。
礼拝堂の地下室に閉じ込めたそうで、脱走をはかろうとすれば雷神の裁きが下るんだとか。神官の加護ってやつは便利なもんだなと思う。反省したかどうかだって、嘘なら見抜けるそうだから心の底から反省していないと出さないらしい。
「マオから聞いたところ、そもそも捕まえようとしたのは……壁新聞のセンセーショナルな記事とやらを書くためだったそうだ」
「俺もセラフィーノから聞いた……」
「センセーショナルな、記事?」
ロビンが露骨に眉をひそめた。リアンは呆れ顔をし、リュカは渋い顔をしていた。
「壁新聞クラブで……シオンが書かせてんだよ、壁新聞の記事。だけども、基本的にボツになるし、直しが多いしで、一発で掲載許可が下りるってのはまずない。そこでセラフィーノとマオは、一発オーケーをもらうべく、言わばスクープを求めて俺らが気をつけろよ、って言った作物泥棒に目をつけちゃったわけだ」
「実態は産業スパイですがね」
「ったく、ガキらしくねえよな、セラフィーノ」
「は?」
「え?」
「おや?」
「ええっ?」
いきなり、4人が俺へ変な目を向けてきた。
「何だよ?」
「レオン、キミがそれを言うのはおかしいだろう」
「そうだよ。僕、レオンほど子どもっぽくなかった子とか見たことないし」
「そうですねえ。こればかりはあなたに、そんなことを言う資格はないと思えます」
「俺もそー思う」
「…………」
そう言えば、そうなっちゃうのか。
でも俺は中身は大人だったわけだし――って言い訳は口に出せないし。
「ま、とにかくセラフィーノもマオライアスも無事で良かった、っつーことで! 解散!」
そういうことにしておいた。
ぞろぞろと部屋を出ていく中で、マティアスだけが残った。
「どした?」
「……キミがセラフィーノをぶったろう? あれが、少し意外だったと思ってな」
「ああ、まあ……口より先に手が出ちゃうらへん、悪いことしたとは思うけど――」
「いや、責めてるわけじゃない」
「って言うと?」
「僕も……今朝、マオをぶとうとした。バカなことをしたことや、危うかったことや、その危機管理ができなかったことや、友のセラフィーノを置いてけぼりにしてきたこと……色々なことに対して、気が昂って。だが、それより早く……ミシェーラが手を上げたんだ」
「ミシェーラが?」
「それから、マオを抱き締めて……キミとそっくりの行動だった。それはいいんだが……マオはミシェーラの子ではない。だと言うのに、あんな風に怒って、慰めて、寄り添って……僕は良い女性と夫婦になれたと思う」
「当てつけか、ぶっ殺すぞこら」
「違うっ、そうじゃない」
「けっ……」
「安心したというだけのことだ」
「安心?」
「正直……マオのことは隠していたから、内心で、嫌がっていたりするんじゃないかと思っていたし、僕もミシェーラに引け目があった。彼女を娶って迎えてから、ずっと。だが、杞憂だったんだと……今回のことで、分かったんだ。キミだって、セラフィーノを本当に心配したからこそ、ああしたんだろう?」
マティアスも去っていった。
正直、セラフィーノの姿を見るまでは、平静そのものだった。まあ大丈夫だろうと、思っていた。だが大きいとは言えない樽の中から引っこ抜かれるように出てきたセラフィーノを見た時、ハンネを思い出した。
ずっと前、フェオドールに奴隷として捕まえられて、陵辱されて、焼け死んだ少女。
あの時の肉が焦げていく臭いがこびりついているように蘇ってきた。
そんな状態でセラフィーノが――よくよく考え直せば大丈夫なはずなのに――いきなり動いた。首輪を爆破させられるんじゃないかという最悪の想像が脳裏をよぎって、ハンネの亡骸がフラッシュバックした。そのせいで、少し感情的になりすぎた。
で、手が出てしまった。
オルトから預かってるからとか、セラフィーノに何かありゃファビオにヤバい目に遭わされるからとか、そういうのは関係なしに、ただただ失うのが怖くなった。
みっともないことをしたと思う。
反省。
「…………」
よし、反省終了。
「セーラフィーノ〜、おーい」
セラフィーノの部屋へ入ると、ベッドに座っていた。初めて子どもらしく、俺に泣き顔を見せてくれたセラフィーノは、何やら照れたようにちょっと顔を背けた。
「お説教されんのと、学校サボってぶらぶらするのと、どっちがいい?」
「……サボる」
尋ねるとあまり悩まれずに返事をもらえた。
「よし、じゃあサボるか。いいとこに連れてってやるよ」
「いいところ?」
「とっておきだ。っと、その前に笛、返せ」
言うとセラフィーノがポケットからレストの笛を取り出した。それを受け取り、首から下げたところで中庭へ出てレストを呼び寄せた。
向かったのは、レストが生まれたワイバーンの巣穴だった。
ベリル島の最奥部で、高い岩壁によって囲まれた場所だ。その岩壁の上へ降り立ち、滑らないように手を繋いでおく。
「晴れてると、もっと景色がいいけど……雨の日も乙だな。いいとこだろ? ベリル島の山からじゃあ、他の島まで見渡せないけど、ここからなら見えちゃうんだ」
「……来たことある」
「はっ?」
「そこの階段……どうしてあるんだろうって、マオと調べにきた」
「階段?」
セラフィーノが指差した方を見れば、確かにあった。
そう言えば、あったっけ。まだこの島に来て間もなかったころ、雨になる度にワイバーンの鳴き声が聞こえてきて、何かと思って見に来た時にショートカットしたんだった。で、密林を突き抜けてくるのはタイムロスになるからって、ジャルからここの下につけて、岩壁をロビンが魔法で階段に作り変えて駆け上がったんだった。
「あー……これな」
「知ってるの?」
「ああ」
話すとセラフィーノはじっと聞き入った。それから、あれこれと他のことも尋ねてきた。
「結婚式で、紙に宣誓文を書くのは?」
「ああ……あれは確かに、この島独特だよな。俺がさ、エノラと結婚する時にやったんだよ。俺が想定してたのとは違うんだけど、まあ結婚しますからお互いよろしくっていう約束と、神様にもこういうことでやっていきますんで、っていう報告を兼ねて……みたいな意味合いだな」
「リュカの占い、本当に当たる?」
「どうだろうな……。まあ、でも当たるって評判だから占いの日は礼拝堂に行列とかできるんだろうし」
「イザークって喋れる?」
「喋る、喋る。あいつってな、あいつが喋ったことにあんま関心ないやつには口が軽くなるんだよ。リュカとか特にそうらしいぜ」
「ジャルはどうして、あんな大きいの?」
「あー……んー、それは何でだろうな……。口がでかいから、食う量が多くてデッカくなるんじゃねえか? つーか、そんなのお前気にしてたの?」
「……ダメ?」
何故か少し口を尖らせてセラフィーノが言い返してくる。
「ダメじゃない」
「何で笑ってるの?」
「お前、けっこう可愛気あったんだなって」
雨にずぶ濡れの頭を軽く叩いてやる。
「あっ……レオン、あっちの空」
「ん?」
セラフィーノが空を指差した。
目を向ければ、雲が途切れていた。そう言えば心なしか、雨も弱まってきているような気がする。しばらく待っていると、雨は小降りになってきて、どこかに鉛色の雲が流れていってしまった。青い空が広がって、虹がかかる。
「虹のふもとって、どこにあるんだろう……」
「さあて、どこだろうな……」
「レオン」
「ん?」
「……ありがと」
「おう」
何に対してかはいまいち分からないけど、素直に受け取っておいた。
虹はやがて消えた。セラフィーノが飛び込みをしたいと言い出したから、服やら何やらをレストに括りつけて、一緒に岩壁の上から海へ飛び込んだ。飛び込んでは階段を駆け上がっていき、また飛び降りるという繰り返しを飽きもせずにセラフィーノは繰り返して笑っていた。




