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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#35 俺とセラフィーノと島の暮らし
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許せないこと






「ありゃっ……? どこ行ったんだ、あいつ?」


 漁へ行く前にセラフィーノの部屋を覗いたら、ベッドがもぬけの殻だった。早朝だってのに、一体どこ行ったんだか。でもファビオも超早起きだったな、そう言えば。朝の自主稽古的なことでもしてるのかな。邪魔しない方がいいか。


「さあて、今日の漁は……荒れそうだな、何か」


 外を見ればどんよりと分厚い雲が出ていた。風も強い。

 まあ潜っちまえば関係はないけど、漁船は出ないだろうな、これは。でも波が荒いと持ってかれそうだし、今日の給食は肉メインだな。キャスにもそう言っておこう。



 王宮の中庭でレストの笛を取り出す。レストの笛を、あれ?


「ない……? あれっ?」


 どこやったっけ?

 いつも風呂入る時にぽーんと外して、でもって、風呂上がりに指輪だの何だのと一緒に寝室に持ってって、ついさっき着替えた時にポッケに入れておいたはずだったのに。あれ、入れたっけ? あれ? 風呂場? 脱衣所に忘れてる?



「どうかされましたか、レオンハルト様?」

「マノンっ、いいとこに。昨日、俺、脱衣所に笛忘れてなかった?」

「いえ……ありませんでしたよ? あっ、お洋服がちょっとほつれていたので、今日、直しておきますね」

「レストの笛がねえんだよ。知らねえ?」

「笛ですか……? ああ、あの小さい、音の出ない?」

「そう、それ。知らない? フィリアとかディーが悪戯で持ってったとか? あっ、でもディーは一緒に風呂上がったしな……」

「そう言えば……セラフィーノ坊ちゃんが、こそこそしていたような……?」

「セラフィーノ?」


 昨日も一緒に風呂入ったけど、先に上がってたな。

 あいつが持ってった?


「……ないだろ」

「ありませんよね」

「ちょっち素直すぎるけど、ありゃよくよくファビオに躾けられてるし、そんなくだらねえ悪戯――」


 不意にオルトの顔が浮かんだ。

 あの食えない、人を操ることに関しては俺の知る限り、もっとも上手い腹黒領主。教育係のファビオの影響だと思しきところばっかり見てきたが、あいつの子どもでもあるんだよな。しかもだ、母親はアホエルフのソルヤ。アホっぽいとこはあまり見えないが、無表情で思ったことをそのまま言うところはくりそつだった。


 ファビオはもしかして、オルトの腹黒で愉快な性格(ダメなとこ)とソルヤのアホな性格(ダメなとこ)がセラフィーノに遺伝するのを危惧して、厳しく躾けていたんだろうか。



「レオンハルト様?」

「……とりあえず、笛、どっかにないか探しといてくれ」

「はいっ、分かりました。でもお笛がないとレストを呼べないんですよね。どうされるんですか?」

「今日の移動はジャルか、舟だな……。この時間、水夫いねえよな?」

「イザークさんにお願いしたらどうですか?」

「あいつ、今は朝飯作ってんじゃねえの?」

「あっ……」

「……自分で漕ぐか」


 荒れ気味の海を漕ぐのはしんどいけど。

 俺って王様だったよなあ……?




 小舟を自分で漕いで、エンセーラム諸島を半周。トト島にようやく着いた。急いで小屋に向かったら、キャスがすでに火起こしをして魚を焼いていた。


「あ、レオン。おふぁよー」

「つまみ食いしながら喋るんじゃありません。ごめんな、遅れたわ」

「どうしたの?」

「レストの笛なくしちゃってさぁ……。で、今日は海も荒れてるしで、舟漕いでくんのがまた大変で……」

「来なきゃ良かったのに」

「そんな寂しいこと言わないでくれよ……」


 とっくに漁を終わらせてたか。

 俺が遅れたことと、海の大荒れで早めに漁を切り上げたからだろうな。


 とりあえず一緒に朝飯の支度をして食う。

 キャスはあまり王宮に帰らなくなって、こっちの小屋で過ごしてる。王宮に帰るのは何日かに一度だ。行き来するのも面倒臭いだろうし、ここはじいさんとの思い出もいっぱいだろうから離れたくないのかも。



「ねえレオン」

「うん?」


 魚の身を包丁で叩いて、薬味を混ぜていく。

 こいつを丸めてスープにぶち込めばつみれ汁だ。キャスもじいさんも大好きなつみれ。


「レオンってさあ、いっぱい旅してきたんでしょ?」

「まあな。いっぱいってほどじゃあないけど……」

「楽しかった?」

「苦楽半々、ってとこだな……。やれ奴隷商、やれ山賊、やれホラー女、やれテロだ何だって……色々ありすぎた。でも楽しいこともあるよな。その土地にしかねえ酒やうまいもんがあったり、絶景があったり。足腰も辛いし、夜寝て起きたら体中が強張っちゃっていやーな時もあったけど……」

「そういう時、どうするの?」

「無理やりストレッチして出発」

「ええっ?」

「早く歩いて街にでもつけば宿屋にベッドがあるから、それを目指して歯ぁ食いしばるわけだ」

「へえー……そっかあ、そうなんだ……」

「つっても、キャスだってじいさんとちょっとは旅歩きしたろ? ちっちゃい時に。それでジェニスーザ・ポートで会えたわけだし」

「覚えてないもん」


 まあ、ちっちゃかったし仕方ないのか……?

 大きくなっちゃったな、キャスも。まだまだ小さいけど、それでも幼児だったもんな、最初は。



「ねえレオン」

「おうよ」

「島の外、行きたい」

「ああ……んじゃあ、リアンに言っとくから、マレドミナ商会のどっかの支部に――」

「そうじゃなくて」

「あん?」

「一人旅、してみたい」


 じいさん。

 俺は20年くらい前の、じいさんの気持ちがようやく分かりました。こんなちっちゃいお子様をひとりで危ない世の中に歩かせるとか、行ってらっしゃいなんて逆立ちしても言えない。


「ダメっ」

「何で?」

「危ないから」

「大丈夫だよ」

「ダメなもんはダメ。ごっそさん!」


 また笛を取り出しかけ、ないことを思い出した。

 若干まごつきながら立ち去るのは格好悪かったが、仕方ない。



 ベリル島に戻るのも一苦労だった。王宮前広場の桟橋に辿り着いて、係留したとこで降りる。セラフィーノを連れて学校――あっ、雨降ってきた。何か、ヤーな感じだな。


「レオン!」

「んっ? リュカ?」

「どこ行ってたんだよ!?」


 広場の方からリュカが走ってくる。


「どこって、漁だけど」

「漁? あ、そっか――じゃなくてっ、大変だよ!」

「何が?」

「セラフィーノが誘拐されたって!」

「はあっ?」

「しかも、奴隷の首輪まで……つけられたって」




 王宮の一室に人が集まっていた。

 エノラ、マティアス、ロビン、リアン、ミシェーラ、マオライアス。そこに俺とリュカが入ってくる。


「どういうことだ。何が起きてる?」

「マオライアス、言え」

「……っ」


 目を腫らしていたマオライアスにマティアスが言いつける。泣きじゃくっているマオライアスを、ミシェーラが後ろから肩に手を置いて寄り添っている。


「マオライアス!」

「怯えさせてどうするんですか?」


 苛立っているマティアスをリアンが宥め、ため息を漏らした。


「関係あんのか? セラフィーノが誘拐されたとか言うのと、マオライアスが」

「ええ、先ほど彼から聞きましたが……わたしからお話しましょう」



 リアンが語り出した。

 セラフィーノがマオライアスとともに昨夜抜け出して行って、作物泥棒(産業スパイ)を捕まえようとしたらしい。それで見事に遭遇し追い詰めたは良いが、仲間がいて不意を突かれて奴隷の首輪をセラフィーノは嵌められた。マオライアスはずっと隠れていたから難を逃れ、セラフィーノがどこかへ連れ去られるのを見ていた。

 で、トウキビ島にはロビンの家があるから、まずはそこへ駆け込んで知られることとなった。


 そういうことらしい。



「まずはセラフィーノの居場所を見つけるのが最優先だな」

「そうですね」

「匂いとかで辿れないのか?」

「メーシャが探してくれてるよ。だけど明け方からの雨で、どうなるか……」

「奴隷の首輪か……。カギさえありゃいいけど……」

「なかったら……どうするの、レオン?」

「お前と同じこと……も難しいかもな、セラフィーノは……」


 魔技を教えようにも、セラフィーノは魔法が達者だったはずだ。すでにちゃんと魔法が扱えるやつは魔技を覚えられない。かと言って、奴隷の首輪はカギさえなければ壊すこともできない。



「とにかく、セラフィーノの捜索だな」

「あまり大事にしては、セラフィーノを盾に要求を通そうとしてくることもありますが、どうしますか?」

「少人数でやってくれ。優先するのはセラフィーノの保護と、奴隷の首輪のカギだ」

「今日中に、セラフィーノを保護しろ」



 それぞれに動き出して、部屋を出て行った。

 俺とエノラとリュカ、それにミシェーラとマオライアスが残る。この緊急事態でこってり説教される時間なんてないだろが、マオライアスも責任感なり罪悪感なりは抱いてるだろう。その証拠にしっかりとめそめそしている。


「マオライアス」


 呼ぶとビクッと震えてマオライアスは俯いた。


「ごめんなさい……」

「俺は怒ってねえよ、別に。……もしかして、レストの笛とか、セラフィーノが持ってったりしたか?」

「うん……レオン先生はずぼらだからって……」


 素直なこと言いやがる。

 マオライアスの頭を撫でてやると顔を上げた。


「悪いのは人攫いの方だ、気にすんなって。俺だって最初に奴隷にされかけた時はお前らよか小さい時だったけど無事だし、2度目の時は……お前らと同じくらいの年だった。どうにかなるから、あんまり、めそめそすんな。男の子だろ」


 ミシェーラが俺を見てくる。心配してる顔だ。ミシェーラ姉ちゃんはやさしいから、マティアスに子どもがいたって受け入れて、セラフィーノが遊びに行ったっていつも笑顔で迎えてくれてる。こんなミシェーラを心配させたことだけがマオライアスの今回唯一の罪だな。後でこってりマティアスに叱られるだろう。



「リュカ、行くぞ」

「うん」

「行ってらっしゃい、レオンハルト」

「エノラ、俺、今日は学校行かねえからお迎えの舟来たら伝えるようにしといてくれ」



 俺の国で、奴隷の仕入れなんかさせやしねえ。


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