プレゼント
「ロビンを借りるぞ」
「行ってくるね、レオン」
「お、おう」
模擬戦が明日に迫り、今日も休日。
朝からのんびりしてたらマティアスが来て、ロビンを連れて行った。
やけに仲がいいな、あいつら。まあ同年代の友達がいるってのは良いことだろう。俺なんて、肉体的な同年代の友達はクララだし、実年齢だとぶっ飛びまくってるオルトくらいだからな。
どっちとも、肉体年齢と精神年齢の都合でちとアレだけど。
2人で俺にお節介焼こうとしてるのか?
……だとしたら、どうにか誤解を解く方法を考えねえと。
はかられてミシェーラ姉ちゃんと一緒にでもされちゃたまらねえ。
これが終わればそっとフェードアウトして、そう言えば昔はそんなことあったよね程度の距離感に落ち着きたい。中学生のころは仲が良かったよねー、みたいな。そんなことを言い合えるやつってのは、大体、もう会わなくなる。俺の経験則。
ほんとに仲が良ければ何だかんだで定期的に顔は合わせるようになるもんだ。
脱線した。
ミシェーラについての誤解だ。これをどうにかしねえと。早めに。
告って玉砕した、とか嘘ついとくか? でもって、触れたくないからミシェーラにも確認するな、とか言い含めておけば自然と距離は取れそうだ。玉砕したとあれば、1回アタックしろとか言われないだろうし。いやでも、それだと俺が女に振られたということになるな。
別に前世でもモテてたわけじゃないけど、さっぱりモテなかったわけじゃない。
童貞のまま死んだにせよ、彼女はひとりふたりくらいいた。ただ、思ってたのと違ったとか言われて、エッチに漕ぎ着ける前に一方的に振られただけで……。
何で今さらそんなの思い出しちゃったかなー、俺。
ヘコむわあー。何だよ、思ってたのと違った、って。別の好きな人ができた、って。俺のこと好きだったんならそのままでいろ、っつーの。何で平気で他人になびきやがるんだ。浮気と変わらねえじゃんか。なのに、筋を通して別れを告げたんだからもう別れなさいよ、みたいな。何様だ。女性様か。
あーあ、あーあーあーあー。
やーなこと思い出しちゃったなー。
こういう時は釣り糸垂らしてのんびりまったり――
「やっほー、レオン」
「ファッ!?」
いきなりドアをノックする音がしたかと思うと、ミシェーラが開いていたドアから顔を出した。
「み、みみ、ミシェーラ……?」
「あれ? マティアスに聞いてないの?」
「何を?」
「明日の模擬戦の、連携の確認をしようって」
すでに、はかられていた、だと……?
そしてミシェーラ、男の部屋にずけずけ入るもんじゃありませんっ! 弟として許しませんよっ!!
「へえー……何だかいいね、この部屋。何でも手がすぐに届きそうな位置にあって」
ま、確かにあの家は広かったもんな。
俺はいつもいた部屋以外に知らねえけど。
「うわ、この棒って何?」
「銛」
「もり?」
「……それで魚とか突っついて、獲るんだよ」
「これで? へえ……」
「剣より、それ振り回す方が得意」
「ふふっ、面白いね。へえー、そっか」
変わらないな、ミシェーラ。
部屋をくるくると回りながら見渡している。でも成長している。
「あ、そうだ。練習、やる?」
「……どっちでも」
「聞いてるよー、レオンって喧嘩して同級生をやっつけてるんでしょ?」
「……喧嘩売られたから買ってるだけ」
「ダメだよ、ちゃんと友達とは仲良くしなきゃ」
「どうでもいいだろ……」
「良くないよ」
「何で?」
「だって、皆が仲良しになれば世界は平和になるんだから」
あ、俺ミシェーラ姉ちゃん大好きだわ。
こんないい笑顔で世界平和とか言えちゃうなんて、ラブ・アンド・ピースを感じちゃう。
「どうかした?」
「……何でも」
「そっか。うーん……でも、折角来たし、このまま帰ってもなあ。……レオン、遊びに行こ?」
「……いーかない」
「行くの。はい、行くよ」
強制連行された。
振り払うのは簡単だったけど、やっぱミシェーラ姉ちゃんには笑っててほしいもんなあ。
「そー、れっ!」
「だーから、ノーコンなのに張り切るなって……!」
ブーメランをミシェーラが投げる。明後日の方向へブーメランは飛んでいき、あちゃー、と言ってるのを尻目に追いかけて走る。スタンフィールドの周囲は、荒れ地だ。特に何もない、荒野だ。そのだだっ広い場所で、ミシェーラと遊んでやって――いや遊ばれている。
地面に落ちたブーメランを拾う。投げるのは上手だが、狙いをつけるのがめちゃくちゃミシェーラ姉ちゃんはヘタだった。遠くまで飛ぶけど、とんでもない方に行く。
「投げるぞー」
「思いっきりねー!」
「はぁぁ……」
ミシェーラの方へ、ブーメランを投げる。空を切り裂くように飛んでいく。
右へ右へとミシェーラが走り、無事にキャッチできた。こんな風に遊ぶのは、もしかしたらもっと早かったかも知れない。あるいは、一度もないままだったのかも。
そう考えると不思議な気分だ。
ブーメランでひとしきり遊んでから、ミシェーラはそこらに転がっている岩のひとつに腰掛けた。
「やっぱり体動かさないとね。寮が学院内だから、外に出ることってなくなりがちで」
「あー……そうなんだ」
「うん。しかも魔法士養成科って、学院の下の方だからあんまり日が射すところも多くなくてね」
俺は地べたへ胡座を組んで座り込む。
天気が良い。雲ひとつない空がどこまでも広がっていて、太陽が輝いている。
「ミシェーラは……こうして、人と遊ぶこと、多いの?」
少し気になることを訊いてみる。
俺がパパンに連れ去られていった後、ミシェーラが、あの家がどうなっていたのか。
「学院に入ってからはないよ」
「……入ってからは?」
「弟がいるの」
「……それって――」
「ロジオンって言ってね、レオンよりも小さくて、今、4歳なの」
「ろ……じ、おん」
「うん。元気かなー? かわいいんだ」
ああ、そうか。
そりゃそうだ。赤ん坊だったレオンハルトが、7歳になってて。
今の俺と同じくらいだったミシェーラがこんなに成長してるんだから、そういう変化もあるはずだ。
もうとっくに時間は経ってて。
ミシェーラがほんの短い間、一緒にいた赤ん坊は過去のものになってて。
ちょっと考えれば当然だ。蒸し返すようなことは、しなくていいんだ。
そのロジオンって弟がいて、今はそいつをミシェーラがかわいがってるんなら、それでいい。
「おねえちゃん、おねえちゃん、って後ろをくっついてきて」
「……ふうん」
「6年間は会えないけど、毎年プレゼント――あっ、もう買わないと間に合わないかもっ? レオン、レオン、ちょっとつき合って!」
「何で俺……」
「いいから、ほらっ! ブーメランあげるから!」
昨日から連れ回されすぎな気がする。
玩具のブーメランを押しつけられ、腰紐にくくると手を引かれてスタンフィールドに戻った。
雑貨屋まであるとはちょっと思ってなかったが、何度かミシェーラは来ているようで勝手知ったる顔で店内を見ながら歩き回る。うーん、と唸りながら羽根ペンを手にしては戻し、帽子を見つけては首を傾げ、変態がつけていそうな仮面を見て目を輝かせたのを止めておいて。
「何がいいかなあ……?」
「さあ?」
「あっ、本とかどうかな? あの子、物語を聞かせてもらうの好きなんだ。眠たくなっちゃうのに、読んでっておねだりしてきて、先が気になるのに眠くって、うとうとしながら聞くの。うん、これにしよう」
俺がついてきた意味について。
とか思っていたら、その本を手に、またミシェーラは店内を見ながら歩き出す。
「まだ買うの?」
「うん、もうひとり、弟がいるんだ」
「もうひとり?」
「うん。レオ――レオンハルトって言うの。偶然だけど、生きてたらレオンと同じ年なんだよ」
心臓を不意に握られたような感覚がした。
息が止まりそうになる。ミシェーラは気づかない。
「赤ちゃんの内に、死んじゃったんだけどね。
でも、初めての弟だったし、かわいかったなあ……。
メイドのマノンがね、忘れちゃうのは可哀想だからってレオの誕生日になるとお花を用意するの。
それを見て、あたしも……レオに、何かしてあげられたらいいなってプレゼント用意するの。
天国で喜んでくれたらいいなあって。ねえレオン、レオンだったら、何が欲しいかな?」
振り返ったミシェーラが見せる笑顔は、やっぱり昔のままだ。
今も昔も、新しい家族が増えたって、彼女は弟のレオンハルトを忘れていなかった。
「……そうやって、覚えてるだけでいいんじゃん?」
「えー? つまんないよ、それじゃ」
「じゃあ、甘いお菓子とか」
「あ、お菓子いいかも。ここには……売ってない、かな? あれ、でも日持ちしないから送れない……?」
「砂糖菓子なら日持ちするんじゃない?」
「それいいね。じゃあそうしよーっと。先にこれ、買ってきちゃうね」
やさしいな、ミシェーラ姉ちゃんは……。
姉ちゃんの弟に生まれてきたのは本当に幸せだよ。
それに、知らない間に弟まで生まれてたなんて。
生憎と前世では、俺の兄弟は兄貴しかいなかった。姉ちゃんも、弟もいやしなかった。兄貴と喧嘩する度に、俺が兄貴だったら弟にゃやさしくするはずだった――なんて思ったこともあった。
近くにあった船の模型を両手で持つ。
せいぜい、全長30センチほどの帆船の模型だ。意外と細かいところまで作られてる。
「ミシェーラ」
「うん? どうしたの?」
「……ミシェーラの弟のレオと俺って、同い年なんでしょ?」
「そうだよ?」
「……名前も似てるから、ミシェーラのもうひとりの弟の方に、俺からもプレゼント贈ってくんない? これ」
「いいよ、悪いよ」
「いいからいいから。お金ならあるし、何かの縁ってことで」
銀貨3枚出して模型を買い、砂糖菓子も別の店で買って、ミシェーラの寮まで運んだ。顔も知らない兄貴だろうけど、本当のことは隠したままだけど、ロジオンって弟が喜べばいい。4歳なら――いや、今度誕生日で5歳になるっていうんなら、それくらいの年頃なら、誰からだろうとプレゼントは喜んでくれるだろう。
距離を取るはずでいたけど、ダメだった。
でも、死んだことになってるんなら生涯黙っていよう。
俺はミシェーラ姉ちゃんが笑ってれば、それだけでいい。大したシスコンになっちゃってるもんだと、帰り道で気づいて自嘲したが気分は悪くなかった。




