センセーショナルのため
首尾よくマオの家の近くにレストが降り立つ。
「クォォォッ」
「しっ」
翼を畳んだレストが鳴いて、静かにさせた。きょとんとした顔のレストを撫でながら、マオが出てくるのを待つ。月が出ていないから見渡しが悪い。昼間、掘り起こされていた土には何かが埋められていた。小さな看板が地面に刺さっているのがうっすら見える。花壇かも知れない。
マオの家は二階建て。ガラス窓まである、屋敷と言っていいくらいの家。丸いガラスをたくさんはめ込んでいる2階の窓を眺めていたら、そこがそっと開いた。マオの部屋だ。そっと顔を出した。あまり眩しくないよう、小さめの光を出して回して見せる。何度も部屋の中を振り返りつつ、マオは身を乗り出してはやめてを繰り返す。
……もしかして、降りられない?
ちょっと飛び降りればいいだけなのに。
周囲を気にしながら窓の下まで行き、魔縛の糸を放った。それを窓に引っかけ、巻き上げながらそっと上がっていく。
「マオ……早くして」
「せ、セラフィーノ……それ、どうやってるの?」
「行こ。捕まって」
「お、落っこちちゃったりしない?」
「落ちても回復魔法使えるから大丈夫」
マオを抱っこするようにしがみつかせ、また魔縛で降りた。
レストに飛び乗って、目星をつけていた製糖場へ向かった。サトウキビを盗んだというのは知っている。でもサトウキビはそのままじゃあ砂糖にするのは難しいから、砂糖にする方法も盗むはずだと考えた。
夜の製糖場は何だか不気味だった。
社会科クラブで来たことはあったけど暗くなる前だったから、その時はこんな印象は抱かなかった。遠くで波の音が聞こえ、近くの林の木々が風に揺らいで葉が掠れ合う音がする。暗がりの中に泥棒が潜んでいて襲いかかってくるんじゃないかという想像が膨らむ。
「本当に、大丈夫なの……?」
「大丈夫」
マオに服を握られた。製糖場の中に入った方が犯行の瞬間をきっと掴める。そっと近づき、重い扉を僅かに開けて中に入った。物陰にマオと一緒に隠れる。魔影を発動すると、レストがどこかへ行ってしまうのが分かった。笛はあるから、必要になったらまた吹き鳴らせばいい。
ずっとマオは不安そうにしていた。部屋から抜け出したのがバレないかとか、泥棒相手に戦えるかとかの不安だと思う。あまり口にはしないけど伝わってくる。マオは臆病だ。
ずっと、じっと、待つ。
もしかしたらもう泥棒はいないかも知れない。
あるいは別のところへ盗みに入っていて、ここには来ないかも知れない。
泥棒を捕まえられなかったら、どんな記事を書こうと考えた。
ベリル島の岩壁にある階段は結局何もなかった。あと気になるのはこの島の結婚式で、どうして紙に宣誓文を書くのかとか、リュカの占いは本当に当たるのかとか、イザークは喋れるのかとか、ジャルはどうしてあんなに大きいのかとか……? どれもパッとしない。それに大人はあんまり気にしてない。
センセーショナルな記事は、どうすればいいんだろう。
「んぅ……」
ふと気がつくと、マオが眠っていた。
僕にもたれかかってきた体勢のままで眠っている。
今夜はハズレだったかも。
朝になる前に帰らないとバレてしまう可能性があるから、明るくなってきたら帰ろうか。でもあとどれくらい、夜は続くんだろう。
何だか僕も眠たくなってきた。
寝てしまおうかなと思った時、製糖場の重いドアが、ガタガタと音を立て始めた。明かりが見えた。火だ。松明のようなものを持った人が中に入ってくる。気づかれないよう、そっと物陰から除く。慎重にドアを閉めて、その人が製糖場の中を見渡す。
人間族。
男。
年は分からないけど大人。
日焼けしてないのを見ると、この島の人じゃないか、やって来たばかりの人。
泥棒かも知れない――。
そっとマオの口を塞いだまま、揺り動かして起こした。目をこすりながらマオが動き、僕を見て、それから明かりに気づいたのか、ビクッと体を動かした。しーっと、唇に指を立てて見せておく。
きっと泥棒だ。製糖場で働いているのは女の人ばかりだし、仮に島の人でも夜中に来る理由はない。片手に持った松明の明かりで、男の腰に長めの剣がぶら下がっているのが見えた。細身だ。ああいう細い剣を好むのはディオニスメリアの剣士に多い。
絶対に、あれが泥棒だ。
製糖場の中を歩いて、泥棒は置かれている道具を見ている。鉈を持ち上げては戻す。湯煎するために二重になっている金属ボウルの上だけ持ち上げ、また戻す。道具だけ見たってきっと分からない。それから圧搾する時に使っているさらし布を手にして、それを広げてから周囲を見た。ぐしゃぐしゃに畳みながら懐にしまいこんでいる。
泥棒、決定だ。
足を伸ばして立ち上がろうとしたら、マオに引っ張られて止められた。
顔を向けると、首を左右にぶるぶると振っている。ここで怖じ気づいてたら意味がないのに。マオの両手首をまとめるようにして持った。魔縛でそれを縛りつける。
「えっ?」
「しっ」
シャツを脱いでねじり、マオの口に噛ませて頭の後ろで結んでおいた。しーっとサインは出しておく。マオの顔がひきつっているけど、泥棒に見つかる方が騒ぎ立てて身体の自由を拘束されるより怖いらしい。
マオが大声を出せないようにし、ついでに手も縛り上げることができた。
これでマオに邪魔されることはない。泥棒は物色を切り上げて、そうっと出ていこうとしていた。物陰から出たら、マオがくぐもった声を漏らした。それで素早く泥棒が振り返り、松明の明かりに照らされる。
「何だ……半裸の、ガキ……?」
「作物泥棒」
剣を抜いて切っ先を向けた。
「エルフ……? お前、エルフか?」
男の声色が変わった。だったら何だ。お父さんと違うことへのあてつけか。
「薄汚え獣人に魔人がいるかと思ったら、エルフのガキか……。生ゴミの中にこんな宝石が混じってるなんて思いやしなかったぜ……」
片手で泥棒が剣を抜いた。鞘と剣が擦れる金属音がする。松明のオレンジの光を反射した剣は綺麗に磨かれていた。武器の手入れができないのは三流。手入れができているなら二流以上。ただの泥棒じゃあない?
「しみったれた盗人のマネゴトするよかあ……エルフのガキぃさらって、奴隷商に売りつけた方が稼ぎがいい。大人しくしろ、傷物になったら価値が下がるぞ」
剣を抜いたまま、泥棒が一歩近づいてきた。
「さあ……大人しくその剣捨てちまえ」
「断る」
「あ?」
「センセーショナルのために、やっつける」
宣言してから、エアブローを放った。松明の火が風に吹かれて消える。泥棒がうろたえた。魔影を使う。暗闇でも位置が分かる。駆け出して正面へ迫り、ぶつかる前に側面へ跳んだ。背後へ回り込み、その背へ飛びついて喉元に剣を当てる。皮膚を薄く切るように刃を押しつける。
「武器を捨てろ」
「っ……な? 何が……? はぁっ……?」
「捨てろ」
さらに刃を押し当てると泥棒は手から剣をこぼした。光球を作り出して製糖場を照らす。両手を挙げて泥棒は降参の姿勢を取っている。
「何が目的で泥棒をしてる?」
「…………」
「答えろ」
「…………」
薄ら笑いが泥棒の口元に広がった。
その直後、後頭部に衝撃が奔る。同時に剣を握っていた手を泥棒に捕まれて、投げ落とされた。体を起こそうとしたが両肩を押さえつけられる。2人目がいた。泥棒の、仲間。
「大人しくしろ」
首に何かを押しつけられたかと思うと、ガチャンと音がした。
「奴隷の首輪だ。埋め込まれてる魔石が爆発すれば、お前の首は飛ぶ。しかも最新版だ、その魔石は装着者から魔力を奪い続ける。その分だけ、爆発する時の威力は跳ね上がる。大人しくしろや、小僧」
2人の泥棒が見下ろし、ニヤついた嗤いを見せていた。




