ベリル島の小冒険
「セラフィーノ……道、合ってるの……? ベリル島は危険な魔物もいるから、礼拝堂より奥に行っちゃダメだって……」
「魔物なんて大したことない」
「でもセラフィーノ、剣も置いてきちゃってるでしょ……?」
「魔法だけでもどうにもなるから」
階段を上った先に空いていた大穴に飛び降りると、洞穴があった。コウモリの巣になっていた。そこを抜けるとベリル島の奥地の密林だった。大人も子どもも入っちゃダメだという場所だ。この辺りには全然、人の手が入っていない。
鬱蒼と茂る木々。足元の葉っぱの下には小さな虫がいっぱいいる。木々に絡まるツタが目の前を遮る。生き物の気配がたくさんある。ここは森の気配が濃い。手つかずの森だと分かる。でも海に飛び込んでからここへ来るのは良くなかった。
「マオ……足、気をつけて」
「何に?」
「……噛んでくるアリがいるから」
「えっ……?」
「多分、羽根もついてて刺激したら飛んでくるから、僕達、いっぱい食われちゃう」
上は裸だし、足元はサンダル。
これじゃあいい餌食になってしまう。
注意だけして歩き続けるけど、マオが足を止めてしまっていたのに気がついて振り返った。
「どうかした?」
「……どこ、踏めばいいの?」
「土が見えてるところとか」
「ないよ……」
「噛まれたら、人なんてあっという間に骨だけにされちゃうかも……」
「ええっ!?」
騙された。
マオは面白いくらい怖がる。
「冗談だよ、半分」
結局、マオは怖がって泣きべそをかき始めた。手を引っ張りながら密林の中を進む。
階段の謎はまだ判明していない。
あの大穴に用事があったというようにしか考えられないけど、あそこには何もなかった。ただ言えるのはベリル島の最奥にあの大穴があると仮定したら、ベリル島の海岸側から行かずにショートカットをしようとしたということ。多分、あそこには何かがあったけど、もうなくなっちゃったんだ。
何があったかは、分からない。
けれど、もう興味はなくなってしまった。
密林を通らずにあそこへ行こうとして、階段を作ったのだとすれば魔法でやったとしか考えられない。それも大急ぎで。ただそのためだけに階段は作られ、以降、使われることはなかったと考えていい。
だったら、何のために階段が作られたか、なんてことを知っても全て終わったことで面白いことなんて起こりえない。つまらない。興味も失せる。
「ギシッ……!」
「せ、セラフィーノっ……ま、魔物……!」
「あれはシンリンオオガザミ」
「来てるよ、来てる!」
木々の間から、大きなカニが現れた。カニなのに横歩きせず、まっすぐこっちへ向かってくる。剣を抜こうとし、泳ぐ時に置いてきてしまったことを思い出した。マオを後ろへ押して離させ、シンリンオオガザミに正面から向かっていく。
「セラフィーノっ……!?」
ハサミは左右にあるのに、前にしか進まない変なカニだ。突進してくるから少し圧はあるけれど、ファビオに比べれば段違いで遅い。ヘタに左右から回り込もうとすればハサミの餌食になるから、こいつは正面から向かっていくのがいい。サンダルをはいている足で口の上を思いきり蹴った。仰向けに倒れ込んだところで、人差し指を向ける。
魔弾を放てば一発で甲羅が破裂して動かなくなった。ミソを散らしながらシンリンオオガザミが動かなくなる。
「終わり」
「……えっ」
シンリンオオガザミなんて弱い。
ハサミのついている足を関節のところからもぎ取った。土魔法で地面から鉄を主成分にした鍋を作り出して、中に水を張る。そこら辺の枝に火をつけて鍋の下に入れ、もぎ取ったシンリンオオガザミのハサミを放り込んだ。
「お昼にしよ、マオ」
「……セラフィーノって、何でもできるの……?」
教わったことは一通りできるから、頷いておいた。
シンリンオオガザミは殻ごと火にかけて熱を通すと、鮮やかな赤色になる。鍋から取り出したハサミの殻を剥けば、そこにはぎっしり身が詰まっている。味つけなんかしなくても塩気があって、カニの風味がいっぱいに口の中へ広がる。指でほじくりながら、大きなハサミの身をつまんで食べた。
「……ねえ、セラフィーノ。どうして、セラフィーノはこの島にきたの?」
シンリンオオガザミのハサミを食べたところで、マオが尋ねてきた。
「ファビオと離れたかったから」
「ファビオって?」
「お父さんに仕えてる」
「レオン先生の……リュカみたいな?」
「あれより、もっとちゃんとしてるけど……シオン先生みたいな感じの方が近い」
「ふうん……。でも、どうして離れたかったの?」
「痛いから」
「痛いの……?」
「痛い」
「だから嫌いで離れたかったの?」
嫌いじゃない。
でも一緒にいたくない。
離れたかったのは本当だったけど、レオンと一緒にここへ来てからは何だか、物足りない。レオンも稽古をつけてはくれるけど、ファビオより甘いから全然やってる意味がない。
何だか変な感じだった。ファビオは痛いから嫌だったのに、痛くなくなると物足りない。全力を出せなくてつまらない。
「……セラフィーノ?」
「嫌いじゃない」
「そうなの……?」
『まあ、ほら……別に嬉々としてお前のこと痛めつけたいんじゃなくてさ、立派になってもらいたいがゆえだから。お前が大人になってちょっと広い心を持ってつき合ってやれよ。あいつに認められるとけっこう、嬉しくなるもんだぜ』
レオンの言葉を思い出す。
ファビオに認められたいってことなのかな。
よく、分からない。
「階段のこと、結局上っても分からなかったね……」
「……もういいよ、あんなの」
「どうして?」
「だって何もなかったから」
「ダメだよ、シオン先生に壁新聞の記事で一発オーケーもらいたいんだもん」
「もらえないと思う……あれじゃ」
「今さら……? じゃあどうすればもらえるの?」
「いつもセンセーショナルなものって言ってたから……そういうの」
「せんせーしょなる……」
「大人が気になること」
「どういうの……?」
それは分からないけど、ベリル島の岩壁にある階段なんて大したものじゃないと思えてきた。
だけど大人が気になること、気にしていること。それって一体、何だろう。
『作物泥棒がいるらしいから気をつけるんだぞ。何かあったら、すぐに空へ緊急報告用の魔法を打ち上げるんだ。いいな?』
あっ。
そうだ、レオンだって、マオのお父さんだって言ってた。
「作物泥棒」
「作物泥棒?」
「捕まえて、作物泥棒のこと書けばいいんだ」
「そっか――って危ないよっ!」
「危なくない」
「危ないってば」
「ただの大人なんて、僕なら相手にもならない」
「……ほんと?」
その自信はあるから、頷いておいた。
作物泥棒を捕まえてどうして、そういうことをしていたのかを聞き出して記事にまとめたらシオン先生だってきっと一発オーケーを出してくれる。これは絶対だ。
「どうやって捕まえる?」
「捕まってないなら、どこかに隠れてる。でもどこに隠れてるか分かってたら捕まってるはずだから、見つけるのは難しい」
「うん」
「だったら、泥棒をしてるところで捕まえたらいい。きっと夜にやってるから、夜になったらこっそり抜け出そう」
「ええっ? 夜なの……? 暗いし、怖――」
魔法で明かりを作り出すとマオは黙った。
「夜でもこれは明るいよ」
「……でも見つかったら怒られちゃう」
「捕まえたら、それで誉めてもらえる」
「そっか……」
「夜になったら、迎えにいくから。眠ったふりをして外で待ってて」
「どうやって来るの? 夜は舟も出なくなっちゃうよ」
「レストの笛がある」
「でもそれ……レオン先生しか持ってないんじゃ……?」
「こっそり盗む。ずぼらだから、お風呂の時にくすねておけばいい。バレない」
「レストに、ちゃんと乗れる?」
「乗れる」
作戦は決まった。
密林を歩きながら、どこに泥棒が現れるか相談して考えた。




