過保護なロビン
「いーい湯ぅ〜だーなぁー……はぁぁ……」
「何ため息ついてんの?」
「お前、シルヴィアとどうなってんだよ?」
「は、はあっ!? い、いきなり、何?」
「ヘタレたか……」
王宮の露天風呂には、俺とリュカとディーとセラフィーノ。
暑い日だったから、とリュカが入浴しにやって来ていたので迎えてやった。ディーは俺が抱えながら湯船につかり、極楽だとばかりに安らいだ顔で堪能している。セラフィーノも露天風呂は好きなようで、俺達とは少し離れたところで肩までちゃんと浸かっている。
「ヘタレてないっ」
「んじゃ、何でなーんも進展ないんだよ?」
「それは……だって」
「だって?」
「……俺は別にいいと思うけど、ひとりの男が妻をたくさん持つのはダメみたいな……風潮あるし……」
ようやく思い至ったのか、こいつ。
「そしたら、どっちか選ばなきゃいけないけど……でも選べないし……?」
「両方に振られる可能性もあるんだから、ガツガツ行けよ」
「それで失敗したらどうするんだよ?」
「そん時はそん時だろ」
「やだ」
失敗を怖れてちゃあ得るものもないっつーの。
気持ちは分からんでもないけど。
「そうかよ……。後悔すんなよ」
「しない」
「初恋は実らないって、よく言うらしいから」
「えっ?」
「さてっ、ディー、風呂上がるか。セラフィーノものぼせるなよ」
「……上がる」
リュカだけが露天風呂に取り残された。
眠る前にフィリアとディーに本を読み聞かせてやって、寝ついてからエノラとの寝室に向かう。途中、セラフィーノの部屋をこっそり覗くと、すでにベッドで眠っていた。
リュカは俺が子どもらを寝かしつけてる間に帰っていったそうだ。
キャスは小屋から帰ってこなかったらしい。イザークが様子を見に行ってから戻ってきたらしいから、何事もないんだろう。自立が早いな、キャスは。明日は漁に行こうと決め、エノラを抱き枕にして寝た。
「師匠、お客さんだよー」
「あん? 客ぅ?」
校長室でうたた寝していたら小娘が無遠慮にノックもなしにドアを開けてきた。ソファーから体を起こすとメーシャが入ってくる。
「レオン、いい?」
「おお、メーシャ。どうした?」
「お願いがあるんだけど聞いてくれる?」
「お願い?」
勧めるまでもなくメーシャは向かい合わせに配置しているソファーのもう片方へ座った。
「何だよ、お願いって?」
「出ていこうかなって思って、家」
「……家?」
「うん」
「何で?」
「……うるさいから」
尻尾の微妙な揺らぎ方を見て、察した。
酒の席で、前にリアンが夜のロビンはオオカミそのものだと言っていた。つまりはそう言うことなのかも知れない。ちゃんと挙式まで手を出さなかったらへん、ロビンは近年稀に見る男だと思うが、やはりオオカミだったのか。
「そっか……。まあ、メーシャももう大人だしな、いいんじゃねえか?」
「でもロビンがダメって言うんだよ……」
「何で?」
「心配だからって」
「過保護か、あいつは」
「だからさあ、ロビンのこと説得してくれない? 今日、クラブで来るでしょ?」
「……あい分かった、俺に任せておけ」
「でも……その、気不味いから、聞こえちゃうとか、そういうの言わないでね」
「あいよ」
「ありがと、レオンっ」
「お詫びに尻尾を――」
「触ったらエノラとロビンに言いつけるよ」
「……ハイ」
尻尾を振りながらメーシャは軽やかに去っていった。
しかし、そんなに夜のロビンは野獣だったのか。メーシャもかなり耐えてきたんだろうか。まあ、夜中に聞こえてくるのはいいもんじゃあねえよな。耳がいいから尚更聞こえたりするんだろうか。
もしかして、フィリアやマノンやイザークやセラフィーノにまで筒抜けにはなっていないだろうな。ディーは別に聞かれてたってまだまだちっちゃいからいいけども。
何にしてもかわいいメーシャのためだ、俺が説得せねば。
「ロビン、メーシャが自立したいらしいから認めてやれよ」
「ダメだよ」
あら、ばっさり。
魔法クラブが終わったところでロビンを呼び出して声をかけたら、即答されてしまった。
「何で? 俺んとこにわざわざ来たんだぞ? ロビンが許してくれないーって」
「だってメーシャは偏食だし、身の回りのこととか必要に迫られない限りはやらないし……そんな状態でひとりで生活させるなんてできないじゃない」
「……そういう問題?」
「それ以外にある?」
「……そうか」
あれでけっこうメーシャってちゃんとしてなかったか。
でもロビンもけっこう世話焼きだしな、何だかんだで甘やかされて身につかなかったんだろうな。俺も寮にいたころは何かとロビンが部屋の整理整頓とかやってくれてたから気にしなかったし。洗濯とかまでやってくれちゃってたりしたこともあったし。
「それって、メーシャにも言ったのか?」
「言ったよ。自分のことを自分でちゃんとできないのに出てくなんて許しませんって」
お前は母ちゃんか、っつーの。
「朝だって弱いし……」
それはほら、お前がオオカミなもんでよく寝れないんだろうよ。大目に見てやれ。
「なのに、朝寝坊注意したら、逆に怒ってくるし……」
うん。だからね、それはお前とリアンの営みがね、うん。
「マティアスくんのこと好きとか前は言ってたけどさあ、相手にされてないの気がついてちょっとやさぐれた感じで魔法の研究に没頭したりしてて……放置したら、フォーシェ先生みたいなことになっちゃうかもって思うと、尚更ひとりにはしておけないし……」
「それは確かに良くないな。俺、もう絶対にスタンフィールドとか寄りつけねえよ。フォーシェ先生がイヒヒとか笑ってどす黒い液体がぼこぼこ沸騰する鍋をかき回してるみたいになってたらって思うともう……」
「僕も、ちょっと用事があっても会いたくないかなあ……」
失礼千万かも知れないが、何かもう、フォーシェ先生のことはそっと触れずにいた方がいいんじゃないかとさえ思う。今、何歳だったっけ、とか考えたくない。ついでに嫁入りもまったく想像できない。悲惨な想像ばかり膨らむから、頭を振って思考を振り払った。
「…………」
「…………」
お互い、思考を落ち着けたところで。
「お前が過保護すぎるんだろ。メーシャもいい年なんだから多めに見てやれよ」
「レオンから言われたって認めらんないよ」
俺達は珍しく平行線だった。
ロビンって頑固な時は頑固だからなあ……。すまん、メーシャ。
粘っても意味がなさそうだと悟り、どちらからともなくソファーを立った。校長室の引き戸をがらりと開けると、職員室の俺の席にセラフィーノが座っていた。シルヴィアとシオンはいるが、小娘はいない。クラブ終わりの子どもらを送って、そのまま帰宅したんだろう。
「待ってたのか、お前?」
「……うん」
「そうか。んじゃ、帰ろう」
レストの笛を吹いて呼びつけ、ロビンと別れた。セラフィーノはレストに乗るのが好きなようで、乗せてやるとすぐに高くなった視界できょろきょろと周囲を見る。飛び立ったところで顔を覗き込めば、目を大きくして口角が子どもらしく上がっているのも見える。
しばし、ゆっくりとエンセーラム諸島を空から眺めて遊飛行した。色も入ってなければ、透明で、歪みや濁りなんかもない綺麗なガラスとかを作れればゴーグルみたいなものを作れるのだろうが、生憎とそこまでのものは作れない。だから風が強いと目を開けるのもちょっと辛くなるが、レストはゆっくりめに、しかし力強く飛んで良いように景色を眺めさせてくれた。
「レオン先生」
「学校出たら、先生なんてつけなくていいぞ」
「……レオン」
「おう。何だ?」
「ひとりで生活できるように……ちゃんと自分のことを自分でやれたら、家族から離れて暮らしてもいいの?」
「お前、聞いてたのか?」
「……聞こえちゃった」
いやいや、聞こうとしなきゃ聞こえねえだろう、さすがに。
「そうだなあ……。それってファビオからってことだろ?」
心の広い俺は盗み聞きについては咎めないでおいた。そこまでデリケートな話でもなかったし、そんな話だったらちゃんと人払いをするし。
尋ねるとセラフィーノは素直に力強く頷いた。
「あいつは頑固すぎるやつだし、人一倍お前には厳しくしてるだろうから……それだけで、一人立ちするってのは難しいだろうな」
変にごまかしたって仕方ないから、思った通りに言うとセラフィーノは少し肩を落とした。
「そんなにファビオ嫌いか?」
「……嫌いじゃない……」
お、ちょっと意外な答えが。
「んじゃ、何で?」
「痛いから……」
スパルタさえしなきゃ別にいい、っつーことなんだろうか。
「まあ、ほら……別に嬉々としてお前のこと痛めつけたいんじゃなくてさ、立派になってもらいたいがゆえだから。お前が大人になってちょっと広い心を持ってつき合ってやれよ。あいつに認められるとけっこう、嬉しくなるもんだぜ」
しばらく上空を飛んでから降り立った。
メシの前に軽く稽古をつけてやって、イザークのうまいメシを食って、今日はマノンが何回ドンガラしたかを推理してからかってから露天風呂に入る。
明日は休みだけどリアンに捕まって執務室送りだろうな。あ、そん時にロビンを説得するよう頼んでみるか。俺は愛しき尻尾の味方だからな。




