転入生セラフィーノ
丁度、学校の長期休暇が明けて新年度になるころだった。
オルトの要望通りにセラフィーノを学校に入れることにした。1年しかいられないし、年齢的にも丁度いいだろうし、ということで上のクラスに編入だ。ちなみに、このクラスにはマオライアスがいる。
俺は学がないから下のクラスを小娘と一緒に受け持っている。だから昼休みに、セラフィーノの様子がどうだったかと、シルヴィアとシオンに尋ねることにした。初日は緊張するもんな。俺も変な緊張してるし。変なこと教えたらファビオに首を刎ね飛ばされるんじゃねえかとか。
が、そんな不安はどこ吹く風で。
「セラフィーノはとっても優秀ですわ。と言うか……今さら、この学校で教えるべきことがあるかどうかも危ういほどですわ」
「シルヴィア殿の言う通りです、レオンハルト様。恐らくユーリエ学校のカリキュラムは彼にとって、低次元なことでしょう」
「授業態度とかは?」
「少々、周囲からの好奇の眼差しを気にしているようでしたが、難しい問題を彼だけがあっさり解けてしまって瞬時に一目置かれてしまいました」
「一部の女子生徒は彼の美貌にも惹かれているようでした」
「ほーん……? セラフィーノはエルフだから綺麗すぎるもんなあ……」
丁度、セラフィーノがエンセーラムに来た翌日から学校が休み明けだったから、島の生活にも馴染めてないはずだ。そこでいきなり30人くらいの子どもと混ぜたんだから、環境の変化とやらで何かあるかも知れない。オルトは笑って過ごしてしまいそうなことでも、ファビオに知られたら後が怖い。
なもんで、久しぶりに昼休みだけど職員室を出ていった。
ちょっかいを出す相手として、大人気の俺はすぐさまガキどもに囲まれて弄ばれる。そうしながらセラフィーノはどこにいるんだと目を光らせた。――が、校庭のどこにもいなかった。後で分かったことだが、教室にいたそうだ。俺としたことが、くたびれ損だった。
「そう言えば……セラフィーノは、クラブはどうするのでしょうか?」
午後の授業が終わったところで職員室に引き上げてくるとシルヴィアがお茶を淹れながら呟いた。
ユーリエ学校に放課後の課外活動を導入した。魔法士になりたいなー、とか、魔法に興味があるなー、というのはロビン先生の魔法教室へ。マレドミナ商会で働きたいなー、とか、外のことに興味があるなー、というのはリアン先生の社会科教室へ。その他、俺の音楽教室や、シオンの壁新聞を手伝わせるための新聞教室などを日替わりで開催している。
今日はシオンの新聞教室だったはずだ。壁新聞の紙面を埋めるべく、シオン編集長の下、こんなことを書いたら面白いんじゃないかという企画会議をしたり、記事集めのために島中を奔走したりする、多分、1番大変なクラブである。
ちなみに、音楽クラブだけは毎回、ベリル島の音楽ホールでやっているので大人気だ。半数以上は来ている。ピアノの鍵盤を押すだけでも楽しいらしい。
「ちょっくら、聞いてみるか」
新聞クラブに参加していない子どもがジャルの船で帰ろうとする中から、セラフィーノを呼び出した。クラブがなければ下校だが、セラフィーノは王宮で面倒を見ることにしたから呼び止めたっていいのだ。俺が帰る時に一緒に帰るだけだし。
「セラフィーノ、まあ座れ」
相変わらず、父親以外には心を開いてないっぽいセラフィーノ。校長室に招いて、おやつにスティックサトウキビを出した。サトウキビは度々、レヴェルト邸に持っていっていたから食べ方が分からないということはない。大人しくサトウキビをしゃぶり出す。
「クラブっての、やってるんだよ。学校が終わってから、何日かにいっぺんだけ勉強以外のことを皆でやるんだ。かけもちしてもオーケーなんだけど、お前、何やりたい? 音楽、新聞、魔法、社会、運動、工作と……6つあるんだけど」
「何でもいいの?」
「いいぜ?」
「……全部?」
「全部?」
「……全部」
ダメじゃあないけど、けっこう忙しくなりそうな。
夕方前に学校は終わるけど、クラブは日暮れまで終わらなかったりすることもあるし。
「……ま、いっか。じゃあ、今日は新聞クラブだな」
新聞クラブが始まっていた教室にセラフィーノを連れていって、シオンに後は託した。新聞クラブは大変だ。ネタ探し、壁新聞に掲載するに値する文章作成、新聞記事のための取材、その他諸々エトセトラがつきまとう。いつまでもシオンひとりに壁新聞を担当させてたらヤバいだろうなと思って、壁新聞を引き継いでやれる人材も育てなければならない。そういう意図を持ってクラブに追加した。
でもセラフィーノは学校に来るのも初めてで、いきなりあんなめちゃんこキツいとこいっちゃって大丈夫かね。必死になるとけっこうシオンって人が変わるようだし。
「…………」
心配だから、こっそり覗いてみた。
「これでは主体的すぎて感想文と同じ! 公正・公平な、第三者の視点を持った記事にしなければなりませんのでボツです!」
「資料の根拠がこれではとぼしすぎる! 誤った情報を掲載しては、その誤った情報を国中の人が真実だと思ってしまうのです! ボツ!」
「レオンハルト様への敬意が足りませんので文言を変えなさい! ボツ!」
ボツの嵐だ。
うなだれていく子ども達。
何これ、とばかりにその様子を眺めているセラフィーノ。
「あっ……セラフィーノ、あなたは初日ですから、どんなことをやるのか眺めて理解してください。次回までに原稿を持ってきていただきます」
大丈夫かねえ?
「心配ですの?」
「うおっ……おどかすなよ、シルヴィア」
そっと開けていたドアをちゃんと閉める。
「一体、何をしていらっしゃるのかと思いまして」
「セラフィーノがさあ、クラブどうするーって尋ねたら全部とか言っちゃって」
「全部?」
「で、いきなり新聞クラブだろ? 大丈夫かねえ……?」
職員室へ戻ると、ティーポットに茶が残っていたからもらっておいた。
「他のクラブならともかく……新聞クラブと社会科クラブに関しては、この2つをかけもちするのは少しくたびれるかも知れませんわね」
「だよな」
社会科クラブは基本的にリアンの講義めいたこともやっているが、何かと島中を連れ回して見学させたり、その発表会をさせたりとけっこう本格的だ。さすがリアンというべきなのか、新聞クラブは長続きするやつとしないやつが出てくるが、社会科クラブは離脱者を出したことがない。俺よりもリアンの方が普通に尊敬されてる。遊び相手にされることも少ない上に慕われてるんだから。
ガキどもに弄ばれるのは、俺か、シルヴィアか、小娘。あと運動クラブを担当させているマティアスくらいだろう。マティアスに関しては俺のネガキャンがじわじわと効いているからだろうが。
「けれど……セラフィーノはお勉強はできるのですから、大勢の人と関わるようなことをさせてあげた方がよろしいのではありませんこと? それでしたら全てのクラブに参加というのは良いかも知れませんわよ」
「それもそっか……」
「ところで明日の授業のことで少しお話したいのですけれど」
「おう。何だい、副校長」
シルヴィアと仕事の話をしている間に小娘がガキどもの送りから帰ってきて、まだ話し込んで、新聞クラブが終わってしまった。本日2度目の送りには俺も行き、セラフィーノと一緒にベリル島で降りて王宮へ帰る。
「学校、楽しかったか?」
王宮前広場を横切りながら尋ねるとセラフィーノは首を傾げて見せた。
「楽しくなかったかよ? あっ、やってることのレベル低いか? まあ、そこはご愛嬌で、お前も周りのやつに教えてやってくれ」
「ファビオが……」
「あん? ファビオ?」
「ファビオが……毎日、稽古をつけてもらえって言ってたから、したい」
俺をちらっと見てくる。その頭へぽんと手を乗せておいた。
「んじゃあ、晩飯の前に軽くやるか」
「やる」
イザークがきっちりかっちり管理してくれている王宮の裏庭で、セラフィーノに軽く稽古をつけてやった。ファビオにちっちゃいころから毎日鍛えられていただけあって、年齢不相応の剣の冴えを見せていたが俺の敵ではない。軽くしてやってたのに、終わりにするかと声をかけたら、つまらなそうな顔をしていた。
ほんっとに、ファビオのスパルタが身に染みすぎてるんだろう。不完全燃焼とばかりの顔をしていた。
しかし王宮の露天風呂だけは気に入ったようで、けっこうはしゃいでいた。さすが、風呂に慣れ親しんでいただけあって反応が良かった。普段は俺とディーとキャスとイザークくらいしか使ってない自慢の露天風呂に、新たな愛好者が生まれたのだった。




