癒しの一時は家庭にあり
「諸君っ! マティアス・カノヴァスというすけこましのカッコつけ野郎が不本意なことにちゃんと島に住むことになった! 無礼講だ、歓迎してやろうぜぇぇぇっ!」
うぇぇええええええい、と威勢のいい声がしたところで乾杯した。
顔を引きつらせていたマティアスだったが、必殺・四方八方飲み交わし攻撃を俺が指示すると腹を決めたようだ。次々とエールを持った酒豪どもがマティアスのところへ迫り、腕を組みながらの一気飲みを求める。片っ端からマティアスはそれに応じていく。
お前もそこそこ飲めるのは知ってる。俺と同程度に飲めるということは。
だがしかし、今日は集会所の常連の中でも、特別、酒に強い50人を招集したのだ。俺を含めた酒豪51人衆を相手に朝まで意識を保つことなどできはしない。酔い潰したところであれこれとしてやる、覚悟をしやがれ、マティアス!!
「これがエンセーラムの歓迎だ、大いに喜べよ、マーティアースくぅぅーん? ハーッハッハッハ!!」
大王様ごっこ、楽しかったです。
とりあえずマティアスを歓迎してから、また日常に戻ってきた。
1年間の謹慎処分を受けたロジオンをラーゴアルダから連れてきた。戦略魔法の暴発事故をずっと気にしていたようだったが、島に来てからふらっとどこかに消え、夕方に姿を見せると表情が少し晴れていた。そしてマノンやイザークと久しぶりの再会をしていた。
マティアスの結婚式は来年、ディオニスメリアで執り行うそうだ。しかも、王都ラーゴアルダで。招待されはしたのだが、ミシェーラがマティアスと結ばれる瞬間は見たくないから具合が悪いとか、何とか言って欠席するつもりでいる。代理にリュカを寄越そうと思う。ミシェーラの式ならリーズも来るだろうし。
ロビンとリアンも、晴れて、何の憂いもなく結婚することとなった。もちろん、これはエンセーラム王国で。後から知ったのだが2人の結婚式には絶対にミシェーラが来ると言い張っていたそうだ。マティアスとの式の前を予定しているから、エンセーラムにやって来て、式に参加して、それから今度は王都に戻ってミシェーラの式――ということになるそうで。
その前にはディオニスメリアとエンセーラムで正式に国交を結ぶことになり、あれこれと人のやり取りが始まった。リアンには忙しい年になっちゃいそうだ。
俺もあれをどうするとか、これはどうしようとか、そういうことの意見を求められて王宮内に設けられた俺の執務室に縛りつけられることが増えた。しかし、そこまでの頻度ではないから、学校で教鞭を執っている。休日は工房に入り浸って、楽器製作。とうとう、いよいよ、出荷用のグランドピアノが作り上げられた。
これであとは、その片手間に少しずつ作っていた方の楽器に本腰を入れて取りかかることができる。実はこっちの方が俺にとっては本命だったりするのだ。
「フィーリアっ、パパだぞー」
「きらいっ」
「嫌いって言わないでくれよー、フィリアー。なーあー?」
「きらいなの」
相変わらず、フィリアには嫌われている。何でだよ。
不意打ちで変顔してやればけらけら笑ってくれるのにさあ。
「ディー、ディーっ……俺の癒しだよ、お前は……」
2人目のディーは、幸いなことに俺を嫌ってはいないようだ。マジでかわいい。超かわいい。フィリアも天使だったけど、ディーも天使だ。世の中にはこんなにもたくさんの天使が溢れていたなんて。
マティアスとロジオンは、王宮に泊めてやっている。
ロジオンは俺の身内も同然――つか、厳密には身内そのものなんだし、マノンもイザークも王宮にいるから安心できるだろうと思った。
マティアスは近々、追い出すつもりではあるが家もないのに追い出すわけにもいかないし、マオライアスもいるから急いで追い立てることはない。とりあえず家が建って、そこに住む準備ができてからだ。
ちなみにマティアスはこの島では収入がない身になってしまった。それでミシェーラをちゃんと養えるんですかあ、とロジオンと一緒になっていびってやったが、やつはあろうことか、自信満々で、国防をしてやろうと言ってきた。
要するに、マティアスがちょろっと指導していた、例の休日素人軍隊の教官をまたやって、かつ、有事の際に戦うための人員を育ててやろう――ということだ。お前が言うことかと、そうは思ったのだが適任だろうということでそういうことになった。マティアスのブートキャンプはなかなか、効果もあるっぽかったのだ。
並行して職業軍人も募集していくそうだ。あんまり物騒なのは嫌だが、もしもを考えて備えなければならないので仕方ない。
そして、ロビンがエンセーラム王国に永住する(だろう)ということになって魔法教育も始めることにした。実力のある魔法士は国力を左右するらしい。ロビンほどの魔法士がいるのは心強かった。それに今はロジオンもいる。
ロビンの魔法教室を開催することにして、準備を始めさせた。小さいころから魔法のトレーニングをすることが大事らしいから、ユーリエ学校で授業が終わった後に、いわゆるクラブ活動的な課外時間をもうけることにするのだ。
ロビンは学院で学び、それからあちこちを旅することで、生活と、実践に役立つ魔法を熟知している。
一方、ロジオンは学院で学び、それから騎士団に入って深く狭く魔法を研究していたので、ロビンがカバーしていないより専門的な部分を熟知している。
そこでロジオンが去ってしまうまでに、ロビンはあまり詳しくないジャンルを教わるそうだ。ロジオンもまた、ロビンからより実践的な魔法について教わる。そんな関係が築かれたようで、これからも安泰と思いたい。
余談だがロジオンも、もふリストとしてロビンの尻尾を絶賛していた。さすがだぜ。
そして――ロジオンは例の戦略魔法について、俺に協力してほしいと言ってきた。どうして俺だけが生き残れたのか、というのが興味の対象らしい。フェオドールの魔剣について教えてやるくらいしか俺にはできなかった。魔剣で実験をするなんて危険な気がしてならなかった。
暴発の原因についても、これから究明していかないとならないようだ。謹慎処分が解けてから本格的にやるそうだが、もしかすれば左遷されるかも知れないともボヤいていた。左遷そのものは気にしないらしいが、それ以外のことで悩みはあるそうだ。
何でかリュカと仲良くなってたが、まあいいだろう。
あいつってどうして、ここまで人に好かれやすいんだか。単純だからか? そうかもな。
「ようやく、色々と落ち着けたな……。気を揉むことは少なくなったし……」
「ご苦労さま、レオンハルト」
「ん」
王宮の寝室で酒をちょっと飲みながら、エノラとまったりする。癒しの一時だ。
「……何となくだけれど」
「うん?」
「また、レオンハルトのことだから、どこかへ行きたがる頃合いじゃないかと思ってる」
「……ほう?」
確かにそんなことを言われると、今度はラサグード大陸から南の方とか行ってみたいかも知れない。でもぷらっと出かけりゃあ、きっとまた面倒臭いことに巻き込まれるんだろうなあ。
でもまだ見ぬ食べものがあるかも知れない。
面白いこともあるかも知れない。
ロマンだ。
きっと、旅や、冒険につきまとうロマンが俺を待っている。そんな気がする。
「そうなったら、また待っててくれる?」
尋ねてみると露骨にため息をつかれた。
まだいいかなー、とは思うけど何年保つことやら。
「そろそろ落ち着いてほしい……」
「ムリだな、そりゃ」
「だと思ってる」
「よくご存知で」
「いつもレオンハルトは、どこかへ出かける度に危険な目に遭っている。これまでは帰れたからと言って、また無事に帰れるという保証があるようには思えない。……だから、心配になる」
杯を置いて、エノラが手にしていたのも取り上げ、ベッドに押し倒した。
心配すんなよ、という気持ちで仲良ししておいた。




