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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#5  穴空きと獣人蔑視
39/522

戦いに備えて

「なあに、キミもレヴェルト卿に家名を貸されているのだから身分の違いなど無視していい。

 むしろ意外だったぞ、恋愛についてだけは奥手だったなんて。彼女のどこを――ああいや、これは実ってから、ゆっくりとのろけてもらおう」


 うぜえ。


「僕の故郷だと、狩ってきた獲物の大きさで愛を伝えるっていう風習もあったりするんだけど……」

「むしろその方がレオンには合っていそうなものだ」


 うぜえうぜえ。


「そんなじゃねーよ……いい加減にしろ」

「まあ聞け、レオン。悪いようにはしない。まず、キミに足りないのは色気だ」

「色気……って言っても、レオンまだ……」

「ああ、色気の出せる年ではないだろう。だが、それは補えば良いだけのことだ」



 ぺちゃくちゃとマティアスがモテについて語る。

 主にファッション面だ。何とかという生地で、仕立てる時はこうするのだとか、合わせる小物はどうこうとか、女をいかにしてリードするのかとか、せいぜい下の毛も生えかけくらいのくせにあれこれ語る。

 意外にもロビンはそれをメモしている。


 マセてんな、こいつら。



「講義はこれくらいにして、実践といこう」

「は?」

「実践……?」

「僕がキミの勝負服を見立ててやろうと言っているんだ。さあ、出かけるぞ」


 否定するほど、こいつらの勘違いが深まるから大人しく連れて行かれることにした。



 スタンフィールドは学院を基盤に発展した。貴族が多くいるから、貴族向けの商売をするやつがいる。もちろん、そうでない相手向けの商売もやっているが、ここでは高級なものも、安価なものも、比較的簡単に手に入ってしまう。


 マティアスはその内の、高級紳士服店へ俺とロビンを連れて行った。

 ロビンはいざ店の前へ来ると尻尾でためらいを見せていたが、マティアスはお構いなしにロビンの手首を掴んで入ってしまう。俺はその後ろから、ロビンの尻尾をさわさわした。


「キミに派手なのは似合わないな。高貴な印象を持たせつつ、落ち着いた雰囲気のものを……」

「いらねーって」

「キミは服装に無頓着すぎる。何だ、そのよれきったシャツは」

「何だって……」

「去年のダンスパーティーだって、キミは欠席していただろう? その時用でもいい、しっかりした服を一着くらいは持っておけ」

「レオン、ミシェーラさんをゲットするためだよ」

「ロビンはこういう服あんのかよ?」

「え? いや、僕は……」

「ないのか、ロビン。ダメだ、今年のダンスパーティーをどうするんだ」

「俺とロビンはサボりだっての」

「何だと? 今年は認めんぞ、ロビンもあつらえる」

「ええっ? で、でも僕……」

「店主! 採寸だ」


 パチンとマティアスが指を鳴らすと、手を揉みながら困り顔をしていた店主がぴしっと背を伸ばした。

 こういうところは、さすがに貴族様だ。入学初日に手下を10人くらい作れるくらいには、マティアスは人を動かす力を持っているし、貴族様としてのセンスだとかも備えている。


 あれよこれよとマティアスは店主に命じ、俺とロビンは着せ替え人形のようにされるがままになる。



「よし、ではそれで仕立ててくれ」

「はい、かしこまりました。お支払いは――」

「まとめて僕が払う。いくらだ」


 やっと解放された俺はロビンにしなだれかかりつつ、尻尾をもふる。採寸されて、体にたくさんの種類の生地や、色を合わせられ、何が好みだとか言われて、そんな面倒なもろもろですっかり疲れた。ロビンの尻尾も感度が悪くなってる。疲れのせいだな。



「ダンスパーティーに彼女を誘う。それを当面の目標としよう。それくらいならばムリではかなかろう」

「あっそ……」

「去年はマティアスくん、踊ったの?」

「もちろん。引く手数多で困ってしまったよ。誰と踊ったかも忘れたほどにね、はっはっは!」


 うっぜえ。

 どこにでもモテ自慢のうざいやつはいるのか。



 服屋を出ると、今度は見たいものがあると言われて武具屋に連れて行かれた。

 だがマティアスらしくない、少し汚い――言っちゃえば、庶民向けのようなところで意外だった。まあ、武器に庶民も貴族も――あ、一応あるのか。


「お前らしくないな」

「行きつけでは、見栄えばかり立派で本当に良いものを見れんからな」

「かっこいい……」


 そしてもうひとつ意外なのは、ロビンが目を輝かせて――鈍器ばかりがずらりと陳列されているところを見ていたことだ。魔法士養成科にいるが、ロビンは獣人族。身体能力にすぐれる戦士の一族。ああいうのに惹かれる価値観を植えつけられでもしているのか。


「なあ、マティアス。ロビンが見てるのって……」

「かなり重いぞ、あれは……。重量武器の、さらに重いやつだ」

「持てるのか、もしかして……?」

「どう、だろうな……? ロビンはあれで獣人族だからな、腕力が意外とあるのかも知れん……」


 囁き合っているとロビンがこっちを振り向いて、慌てて手近にあった品を見ているふりをした。



「こそこそする必要あるのか?」

「うるせえな、お前だって同じことしてんだろ」

「それはレオンがやったからだろう」

「何言ってんだよ、人のせいにすんなよ。つーか、とっとと選べよ」

「何だ、その言い方は。キミの安物の剣もついでに見繕ってやろうと僕は思って――」

「いいんだよ、別に。武器ひとつで何か変わるのかよ。つーか、お前は立派すぎんの持ってんだろうが、すぐに新しいの買うとかそんなだからお貴族様なんだよ」

「もういっぺん言ってみろ、その発言は僕だけをけなすには留まらないぞ。キミの愛しのミス・ミシェーラまで巻き込んでいるんだ」

「だーから違うって」

「やれやれ、キミは素直じゃないな」



 もうやだこいつ。

 つーか、ミス・ミシェーラ、ミス・ミシェーラって……お前の方こそ、ミシェーラ姉ちゃんのこと特別扱いしてねえ? それとも貴族流の礼儀ってやつなのか? ああん?


 って小一時間問いつめたい。

 まあ、ミシェーラ姉ちゃんが姉って俺の口からは絶対に言えないから、言うつもりはないけど。


 でも赤ん坊だった俺――ことレオンハルト坊やをミシェーラは毎日、毎日、飽きもせずに見に来ては頬をつんつんしたり、指を出して原始反射を楽しんだり、火の玉でお手玉をして見せてくれたりとしていたんだ。何かもう、親戚の女の子的な感じに思っちゃうよな。

 本来というか、産まれ方というか、肉体的な事情となると絶対に間違った見方なんだろうけど。


 年下の坊主に喧嘩吹っかけて勝負にもならないで負けたマティアス・カノヴァスなんていう貴族に、うちの娘はやらねーぞ、みたいな。

 そんな気持ちも出てくるよな。マティアスがどう思ってるかは知らんけど。




 しかし、ミシェーラは綺麗に成長してるな。ママンに似てきてる。

 胸部装甲もママン譲りっぽい感じがしてるけど、まあ、うん、まだ……うん。


 マティアスに言いつけてミシェーラに声をかけてもらったけど快諾だったらしいし。

 ブレイズフォードとかいうとんでも貴族様のパワーを使うより、よっぽど気が楽だ。しかも意外と頭も回るみたいだし、魔法の腕だって上の方なのかも知れない。レオンハルト、姉ちゃんが立派になって嬉しい。きゃぴっ。なんちゃって。



 ……はあ。

 マティアスとロビンが、変な勘違いさえしなきゃ良かったのに。




「レオン、どっちがいいと思う?」

「僕はこっち」

「ん?」


 呼ばれて振り返ると、マティアスが2本の剣を前に腕を組んでいた。

 出されているのは、細めのものと、デカめのもの。尻尾を振りながらロビンは肉厚で幅広い方を指差している。どっちも大して変わりゃあしなさそうだ。


「自分で選べよ、そんくらい……」

「ロビンがいいという方は、少し重くてな。だが、こちらは軽い」

「中間の探せよ」

「いや、こういうのは決断力だ。僕はどちらかに運命を感じている」

「僕はこっちがいいと思うけどなあ……」


 決断力があるなら人に聞くなよ。運命を感じているならさくっと1本選べよ。

 って言っちゃいけないのか? これはいいような気がするけど……それにしても。



「これ、いいもんなのか? あんまそうは見えないけど」

「何を言っている、これはかの高名なソードスミス・アーバインが鍛えたんだぞ」


 知らねえよ、そんなん……。

 ソードスミスって何だよ、高名とか言われてもピンとこねえよ。



「いいか、アーバインというのは代々、その名を受け継ぐ刀鍛冶の一族だ。

 大勢いる一族の中から、一番腕の立つ者がアーバインという名を受け継いでいるのだ。

 アーバインが鍛えたとされる伝説の武具は数々あるが、有名なものは竜殺しに使われた――」


 云々かんぬんとご講釈を垂れてくる。


「そんな有名なやつが作ったのが、どうしてこんな何の変哲もない感じなんだよ?」

「…………それは、だな……」

「量産品だと思うよ」

「量産品とかあるのかよ……」

「その言い方はよせ、アーバインが作ったことには違いないんだぞ!」


 憤慨するマティアスをはいはいと流していると、へそを曲げた。

 仕方ないから、どちらにしようかな、というおまじないを教えてやる。意外にも素直にそれをやって、マティアスは細い方を手にした。無骨だが、無骨なりに作りはしっかりしていそうだ。マティアスが普段、腰に提げている綺麗な剣と幅も長さも同じくらいだ。買い替える意味があるのかどうか……。



「そう言えば模擬戦では魔法士養成科の学生も、武器を使うことが認められていたんだったな。ロビン、どうせなら買ってやろうか?」

「え……でも、そんな……」

「こうして2本揃っていたのは偶然かも知れないが、運命だったかも知れないんだ。兄弟剣かも知れん。僕とキミで揃えておけばいいことがあるかも知れないぞ」

「いいの……?」

「勝つべくして勝つためだ。そうだろう、レオン?」

「……好きにしろよ」



 結局、渋るロビンに出世払いをしろ、と押しつける形でマティアスはゴツい方の剣を買い与えていた。

 申し訳なさそうにはしていたが、尻尾の方は素直でぶんぶんと振られていたから嬉しいんだろう。マティアスらしく、剣に飾り緒みたいなものまでつけて、それもお揃いになるとちぎれるんじゃないかってくらい尻尾は振られる。メトロノームかよ、ってくらいに。



 まあでも、模擬戦は完璧に勝つ。

 そのためにサボり気味だった魔技の練習も再開したし、フォーシェ先生のとこにも通いまくった。


 そう、俺はまだ、やつらを許しちゃいねえ。

 最高の尻尾を持つロビンを薄汚い、卑しいと言ったクソ野郎どもを。



 ぶちのめす日まで、あと2日。

 こんなに待ち遠しいものがある時間なんてのは、数年か、数十年ぶりだった。



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